289 迷宮核を使う




 誰も知らない。

 その答えを見て、エルウィークは一瞬強く目を瞑った。すぐに気持ちを切り替えたのだろう。前を向いた時には、またあの笑顔を貼り付けていた。


「転生者以外にも人を集めていただろう?」

「いや、それは……」

「ユーヤ、君には召喚状が出されている」

「くそっ! おい、リリィ!」


 叫んだ時には、もうリリィが動いていた。


「アカリちゃん、コノハの命がもうないの。聖女スキルでまた助けてあげて?」

「えっ、うん、分かった」


 リリィが隠し持っていた魔道具を迷宮核に付けたのは同時だった。


 エイフが止められなかったのは、コノハが空間スキルで結界を作ったからだ。彼はクリスの結界に干渉できなかったのを見て、逆も可能だと知った。一瞬でも間を稼げれば、彼には良かった。そして、その一瞬で聖女スキルが全てを無効化した。


「くそっ、迷宮核が暴走するぞ! クリス、こっちへ」

「ま、待って、カッシーも」

「僕は大丈夫、ハパさんがいるから。それよりクラフトさんとイフェさん、急いで」


 クリスたちが固まるのと同じように、迷宮核の近くにコノハたちが集まった。アカリを支えているのはセイジだ。小さな子らを囲むようにリリィとナッキーが立っている。ただ、守るというよりは人質のようにも見えた。コノハはゾーイとユカが支えている。

 ユーヤがニヤニヤと笑いながら迷宮核に触れた。


 エルウィークは何故かぽつんと一人で立っている。


 慌てて手を伸ばしたのはクリスだ。一歩届かずにいたのを、イサが飛んでいって掴む。そんな小さななりで無理だと誰もが思った瞬間、イサの体が大きくなった。バランスボールぐらいの大きさに変化したのだ。おかげでエルウィークが少し動いた。

 クリスはもう何を言う暇もなく、彼の服の端を掴んだ。

 いつもならエイフがやるようなことだ。そのエイフは、全く別の場所を見ていた。


「転移門が、開くぞ……」

「しまった。あれはこちら側の世界樹ではない」

「プルピ、どういうこと?」

「迷宮核の力を吸い込みすぎたのだ。あれは、精霊界にある世界樹だ」


 透けて見える向こう側が、見たことのない幻想的な風景になっていた。


「ふむ。何故なにゆえカウェア迷宮が転移場所になったのかと思うていたら。精霊らが多いせいではなく、ここが元々世界樹のあった場所だったのだな。名残であったか」

「爺、そのように大事なことを、今か!」

「ハパさ~ん?」

「やれ、すまぬ。そうだそうだ、聞いたことがあったわ。ここに根を張っていた時期があるからこそ、今もなお恵みをもたらしているのだな」


 昔の記憶を残しているから世界樹に近くなっていた。といっても物理的な話ではなく、魔力の糸のようなもの。あるいはビーコンだ。そのヒントが迷宮にあった。



 世界樹は、この世界のあちこちを移動するという。

 突然現れては消えてゆく存在だ。世界に恵みを与えるためだろうか。


 ともあれ、精霊界に入ろうとするコノハらを追いかける方が先だ。

 クリスはコノハの作った結界を力業で壊そうとした。が、唐突に消えてしまった。追いかけようとしたが間に合わなかった。向こうへ入った瞬間に、ユーヤが転移門を閉じたからだ。こればかりはどうしようもない。


「ど、どうしよう!」

「落ち着け、クリス。プルピ、どうだ、行けるか?」

「ふむ。残滓はある。近い場所を開けるだろう。ただ、まだ昼間だ。この人数を精霊界に通すのは厳しい」

「ああ、そうか、今はまだ昼なのか」

「夜、ということにすればいいのでは?」

「エルウィーク、どうしたんだ。頭が変になったか」


 いや、エルウィークは我に返っている。冷静だ。クリスは彼の視線を受けて静かに頷いた。


「クリスの家つくりスキルはまだ発動中だね?」

「うん。早くリフォームしたいって、うずうずしてる」


 クリスの物言いにエルウィークは笑った。それは本心からの笑顔に見えた。


「では、迷宮を『改変』してくれるかい? ここを夜の間にするんだ」

「そうか! 迷宮には夜だけの階層もあるんだったな」


 エイフがエルウィークの考えに賛同する。しかも嬉しそうだ。エイフは数歩の距離を大股で詰めると、エルウィークを抱き締めた。


「エルウィーク、礼を言う」

「今の案に? それならクリスに礼を――」

「モーリがどうなったのか、少なくとも答えは出た。エルウィークがいなければ聞けなかったろう」

「……いや。あれはただの、僕の我が儘によるものだ」

「カナエというのが、エルウィークが捜し続けている妻の名だったんだな?」

「僕が妻を捜していると、どうして?」

「いくら大雑把な俺でも、大事な人間を捜していることぐらいは分かる。あんたは結婚もせず、ただひたすら情報を集めていた。転生者が幸せに過ごしているのならそれでいいと言っていたが、あんた自身は幸せそうに見えなかった。それに転生者の名前を必ず報告させていたろ。何かあると思っていたんだ」

「そう、だったのか」


 クリスは二人の会話を悲しい気持ちで聞きながら、迷宮の家のリフォームに集中した。


 どんな家が良いだろう。この迷宮はどうなりたいのか。

 なんとなく、今まで安全だと言われていた迷宮の気持ちが分かる気がした。

 カウェア迷宮はきっと、ここでずっと活動したいはずだ。核がある以上、魔物は生まれる。けれど、それを狩って生活する冒険者がいるのも確か。

 共存の道はある。

 たとえば迷宮都市ガレルにあった地下迷宮ピュリニーのように、都市を発展させられるだけの迷宮に育てられるのではないか。


「ハパ、あなたの家の設計図をまた参考にしていい?」

「構わぬ。ここも我の家の一つとしようではないか」

「ありがとう」


 階層を増やし、魔物を分散させ、思い付く限りのアトラクションを取り入れよう。クリスは迷宮核に触れながら脳内の設計図を送り込んだ。動力は迷宮核だ。

 そっと、肩から竜の鱗が差し出される。プルピからだ。彼がエイフにもらったものだった。魔法の媒体にもなる、貴重な品だ。クリスは受け取って迷宮核に乗せた。


「そうだ、ククリ、これを『くっつけて』。絶対に取れないようにだよ」

「あい!」

 クリスの口に何かが当たる。

世界樹の慈悲の水オムニアペルフェクティオで作ったポーションだ。飲め」

「エイフ、話はもう終わったの?」

「ああ。それに過去より今だ。お前の方がずっと大事だからな」

「そうだね。僕ももう過去は振り返らない。妻がどうなったのか知りたいという欲求のために君たちを巻き込んだ。これからの時間は君に捧げよう」

「重い! 重いよ、エルウィークさん!」

「そう言えば妻にも『重い』と言われたことがあるよ。ははは」


 笑う彼に、クリスは作業を続けながら返した。


「そんなことより、エルウィークさんはニホン組のやらかしを調べ上げないとダメだよね。ユーヤって人、他にもいろいろやってるみたいじゃない。転生者以外の誘拐にも関わっているんでしょう? エルウィークさんにしかできない仕事だと思うよ」


 迷宮の改変が進んでいるのだろう、地鳴りがする。

 クリスは迷宮核に触れたまま、脳内の情報がきちんと伝わるのを感じた。階層も深くなっている。全てが終わるにはもう少しかかりそうだ。けれど、本来の改変からすれば怖ろしいほどの速さで進んでいることも分かった。迷宮核の中の情報が伝わってくるのだ。


「そうだね。僕にしかできない仕事か。……実は血統スキルについて調べようと、ニホン族の長老を訪ねてみたんだ。そこで分かったのは、過去にも同じように調べていたニホン組がいたことだ。彼等はスキルを使って長老たちが隠していた秘密を知ったそうだよ。もちろん、僕にも最初は教えてくれなかった。でもほら、僕には看破スキルがあるからね」


 それにより、長老がニホン組に情報漏洩したことや過去の転生者が何をやったのかをエルウィークは知った。






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今作の最終巻となります5巻が本日発売です

ここまでこられたのも応援してくださる皆様のおかげです

どうぞ書籍版の方もよろしくお願い申し上げます!


・家つくりスキルで異世界を生き延びろ 5

・ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4047370845

・小鳥屋エム/イラストは文倉十先生






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