286 ニホン組との全面対決
クリスがエイフの手をチラチラ見ていると、何故か相手の男がそれについて教えてくれた。
「迷宮核にくっついていたものだ。それを元に戻せ」
「自然に生まれる迷宮核に、どうやったら魔道具が付着するんだ。人為的に何かを起こそうと、企んでいるとしか思えん。そんなものを見過ごすわけにはいかない。迷宮が暴走したらどうする。いや、実際に改変が起こった。それもこれも、こんなものをお前らが持ち込んだからだろう?」
「えっ、魔道具? なんでそんなものがここに?」
「うるせぇよ。俺たちが後から入ったのは知ってんだろ。どうやって持ち込んだって言うんだ」
「そっちには魔法使いがいる。いくらでも飛ばせるんじゃないのか」
「それを言うなら、お前らだって転移してきたじゃねぇか。なんだ、そこのクソガキは」
クリスの「魔道具?」という質問はスルーしたのに、いきなり矛先を向けてくるのはどうか。ムッとして睨むと、男の横にいた色っぽい格好の女性がニマニマと笑った。
「あなた、お名前は?」
クリスはぷいっと横を向いた。ガキと言ったのだから、せいぜい子供っぽい態度を取る。
背後から「プッ」と吹き出す声が聞こえて、こういう時でもカッシーだなぁとクリスは思う。いや、むしろ普段通りのカッシーが出せて良かったのだ。相手のメンバーが集まっている、ということはここにナッキーもいるはずだった。カッシーに呪いを掛けた人間だ。
「躾のできてねぇ、ガキだな。おい、舐めるのもいい加減にしろよ。俺は剣聖スキル持ちだぞ」
「コノハ、ここはリリィに任せて? ねぇ、あなた、こっちを見てちょうだい」
「見るなよ、クリス。あいつは魅了スキル持ちだ」
「うん、なんとなく分かる。最初から気持ち悪い人だと思ってたんだ」
「ちょっと、何よ、気持ち悪いって!」
「ははっ、リリィの魅了に引っかからないのかよ。やっぱ、お前、ニホン人だな。さて、どんなすごいスキルを持ってるんだ?」
コノハと呼ばれる男が一歩前に出た。慌ててリリィがクリスを睨み付ける。たぶん、魅了スキルを発動させているのだろう。けれど、効かない。
この場所に転移した瞬間からクリスの家つくりスキルが常時発動になっていた。完全発動ではないが、それだけでも十分に守ってくれている。さすがに最上級の剣聖スキルを相手にしたら負けるだろうが、中級の魅了スキルになら太刀打ちできるようだ。
「すごいスキルを持っているなら、もっと格好良く見せ場を作るんじゃない? たまたま魅了スキルを跳ね返せるだけよ。リリィ、どいて。あたしがやるわ」
「げっ」
カッシーの声が聞こえてくる。同時にハパの「動じるな!」と叱る声も。
クリスの隣からは小声で指示が飛んだ。
「呪いが来るぞ。クリス、家を作るんだ。スキルを発動させろ」
「任せて」
クリスはここを「安全に稼働する迷宮としてリフォームしよう」と考えた。すぐに家つくりスキルが発動する。その瞬間、飛んできたらしい呪いの魔法をバチッと弾いた。
「うそ、なんでよっ?」
「やったーっ! クリス、最高! 頑張れ!」
「やれやれ。だが、我とて弾けるのだぞ?」
「ハパさんもすごいけどさ~。クリスだってすごいじゃん」
「君たちは騒がしいな」
「確かに力が抜けるね」
「いや、これはクリスのスキルが関係しているのではないだろうか」
カッシーたちの気楽な様子が感染したのか、エルウィークの呆れ声に続いてクラフトやイフェまで話し始めてしまった。全員、緊張感がない。クリスもちょっぴり力が抜けた。
肩の上で立っていたプルピも座ってしまう。イサはピルピル鳴いて、ククリは頭の上を転がる。
――なんだろう、これ。カオスだ。
「どういうことだ。ナッキーの呪いが効かないのか? おい、ユーヤ、ゴーレムを動かせ」
「俺は力を温存すると言っただろ。魔道具がないとなれば、あと一回分しか使えないぞ」
「くそっ。ユカ、お前、ちゃんと予知しなかったな?」
「迷宮内は無理だと言ったわ」
「アカリはまだ寝てるんだよな? ゾーイもあっちで力を使わせるから無理か。セイジ、お前が勇者スキルを使え」
「ぼ、僕、でも……」
仲間割れというより、コノハが一人で焦っているようだ。
クリスは首を傾げた。剣聖スキルがあるのなら襲ってきてもいいはずだ。そもそもクリスが来るまでに魔道具を奪い返せなかったのが不思議だった。彼等にとって、その魔道具はかなり大事な物のようだ。だったら無理矢理にでも奪い返すはず。
エイフは剣豪スキル持ちだが上級ランクになる。最上級の剣聖スキルにはどうしたって負けるというのに。
「クリス、奴にはたぶん、クールタイムとやらがある」
「冷却時間? なんだろ、それ。あの人コンピューターなの?」
「バッカじゃないの! コノハ、こいつ、ニホン人じゃないよ。さっさと倒して行こうよ」
「うるせぇ、黙れ。おい、セイジ、お前は勇者だろうが」
コノハの声にビクッと体を震わせた小さな男の子が、そろそろと前に出てくる。いかにも嫌々だ。それを待っていたかのようにエルウィークが動いた。クリスの横に立ち、ニホン組一行を穏やかな笑顔で眺めている。
最初にエルウィークに気付いたのはナッキーだった。彼女はペルアのギルド本部に出入りしていたというから、本部にいるニホン族の上層部も見知っていたのだろう。
「あっ、ジュンさんだ」
「え、ジュン様がいらっしゃったの? だったらもっとお洒落な格好をしたのにぃ」
「リリィ、うるせぇぞ。ジュンって、あっち側の奴だろうが」
「でも頭が良い方なのよぉ。だから取り込みましょうって何度も言ったじゃない」
彼等の内輪話を聞いてもエルウィークは微笑んだままだ。けれど、横にいたクリスには分かる。彼は本当には笑っていない。短い期間ではあるが、クリスが見た中でも一番ひどい笑顔の仮面だ。
エルウィークは笑みを深めた。
「セイジ、リリィに騙されて連れ出されたと聞いたよ。大変だったね」
「あ、あ、僕……」
「アカリを人質に取られたのかな? それとも、リリィが魅了スキルを使ったのだろうか。いくら聖女や勇者といったスキルがあっても、君たちはまだ未成年だ。抵抗できなかったのだろうね」
セイジの顔がくしゃくしゃになって歪む。ホッとしたような、それでいてまだ不安の残る表情だ。
「エルウィークさん、僕、どうしても帰りたかったの……」
「そう。日本に帰れると言われたんだね?」
「帰れないの?」
少年はもう帰れないことを悟っているようだ。でも一縷の望みで質問したのだろう。
胸が痛い。クリスはセイジの切ない思いに同情した。彼は、そしてアカリという聖女スキル持ちの女の子も、その気持ちを利用されたのだ。
エルウィークはだから怒っている。
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