287 膠着状態の中での話し合い




 笑顔のまま、エルウィークは一歩前に進んだ。

 リリィが慌ててセイジの腕を取り、後ろに下げた。ナッキーは自分のスキルが使えないと知るや、じりじりと後退った。そして一番後ろにいた女性二人の背後に回る。

 女性たちの足下には女の子が横たわっていた。アカリという聖女スキル持ちだろう。まだ子供だと分かる小柄さだ。そのアカリを見て、ナッキーが声を上げた。


「まだ寝てる! あ、そうだ! ちょっとオジサン、この子を使いなさいよ」

「人間は無理だ」

「ゴーレムだけなのっ? 使えないなぁ!」

「なんだと? 俺を誰だと思ってんだ。ここまで引っ張ってきてやったのは俺だぞ」

「お前ら全員、うるせぇんだよ!」


 コノハが怒ると途端に黙る。


 オジサンと呼ばれた男は、先ほどユーヤとも呼ばれていた。会話の内容から、彼は人形士か人形遣いというスキル持ちだ。他にも何かできるらしい。更に、予知のできる人がいる。ユカと呼ばれた女性だ。彼女と同じような、見慣れない格好をした若い女性がいる。この二人の女性は、アラブの民族衣装に似たドレスを着ていた。帝国の女性は肌を見せないと聞いたことがあるので、彼女らが帝国人だろう。ナッキーたちは短い丈のドレスで肌が見えているし、どこかコスプレのようにも見えた。


 クリスが観察していると、不意にコノハが動いた。


「ちっ、これ以上ハズレスキルを育てたくないが、そうも言ってられないか」


 一瞬で剣が振り下ろされる。が、ガンッと音が鳴るまでクリスはそれに気付かなかった。


「……ぁっ!」


 少し遅れて声にならない声がクリスから飛び出た。コノハの剣を弾いたのはクリスの家つくりスキルではなかった。エイフの大剣が目の前にある。


「さすが剣聖スキルだな。速いし、重い」

「嘘だろ、俺の剣を防いだのかよ。う、ぐっ……」


 コノハがふらついた。顔色が真っ青だ。それを見た帝国人の女性が慌てて駆け寄る。

 こんな時ではあるが、クリスはつい「どうして受け止められたの?」と、エイフに聞いた。彼は視線を前に向けたまま、こう言った。


「お前の『家』の中に俺がいるからだろ? ブーストがかかったようなものだ。賭けてみたが、どうやら勝ったな」

「ちょっ、そういう行き当たりばったりなの止めてよ。万が一やられたらどうするの!」

「大丈夫だろ。死なないように体の位置は変えてた。即死じゃなきゃ、お前がポーションを持ってるんだ、問題ない」


 世界樹の慈悲の水オムニアペルフェクティオのことだろうが、この考え、行動にクリスは頭が痛くなった。内心で「脳筋め」とぼやいていたら「ピルゥ」とイサが鳴く。彼も同じように思ったらしい。

 クリスたちがぼそぼそ話す横で、今度はエルウィークがニホン組に向けて口を開いた。


「ユーヤ、お前が過去に何をやったのか、正直に話すんだ」

「またその話かよ。あれを主導したのは俺じゃねぇ。あいつらはもう死んじまったんだ。いや、何人かは戻れたかもなぁ~」

「戻れると本当に信じているのか?」

「おい、黙れよ」

「コノハ、君もだ。強引な方法で転生者を集めるなと言ったはずだぞ」

「はっ。生まれ育ちに恵まれた奴は勝手なことを言うぜ。俺は転生者だってだけで親には苛め抜かれて、五歳で空間スキルが芽生えたら速攻で売られたんだぞ。商家の奴等にボロ雑巾になるまで働かされた。ユーヤたちが助けに来てくれなきゃ、死んでた!」

「そうした事情があれば『保護』するのは構わないと言っている。話し合うべきだ」

「話し合って助かるのか? 俺に剣聖スキルが芽生えたのは十五歳だぞ。待ってられたかよ」


 ぶるぶる震えて怒りを堪えている。クリスは、コノハの苦しみが少し分かる気がした。だからといって他人の人生を無理矢理変える権利はないとも思う。


「だが、彼等が善意だけで転生者を集めたのではないと、もう分かっているのだろう?」

「……そうだな、ユーヤがこの間バラしたからな」

「おい、コノハ!」

「どうせ、もう帰れるんだ。構わないだろ。そうだ、教えてやるよ。ジュンは知りたがってたんだろ? ユーヤたちのグループが何をしていたのか話してやる。だから、それを寄越せ」

「嘘は、ついてないか」

「エルウィーク、まさか本当に魔道具を渡すのか?」


 エイフが驚く。クリスは注意深くエルウィークや皆を見回した。おかしな行動をする人はいない。チラリとエルウィークを見れば、彼は俯いて少し考え、またコノハに向いた。


「その魔道具でどうするつもりだ。そもそも、どうやって魔道具を迷宮核に取り付けたのかな? 事情を知らねば渡せないよ」

「話せば返すのか?」

「そうだな、返そう」

「エルウィーク!」

「エイフ、頼む。どうしても知るべきなんだ」

「その結果がどうなってもいいのか」

「本人らが選ぶ道だ」

「そうじゃない、この世界が崩壊するかもしれないと言ってるんだ!」


 エイフの大声を聞いて、驚いたのはむしろニホン組の方だった。「え?」という顔でエイフに視線が集まる。


「元の世界に戻ろうとしているんだろ? そのために世界樹を目指している。違うか?」

「何故、それを――」

「僕がそうではないかと考えた。以前にも、そんな夢を見た若者がいたからね」


 エルウィークの言葉に、エイフが苛ついた様子で返した。


「今はどうでもいい話だ。それより、お前らが世界樹に何かしたら、この世界そのものがおかしくなる。お前らは自分たちだけ帰れたら、残りの人間はどうなってもいいのか」

「いや、待てよ、そんなことにはならない。ならないはずだ、そうだろ!」


 コノハは振り返って帝国の女性二人に問いかけた。若い方の一人が困惑げに頷き、年上のユカという女性をこわごわ見ながら答えた。


「世界樹に願いを告げるだけで、世界樹そのものを壊すつもりはありません」

「僕の看破スキルでは嘘じゃないと出た。精霊の皆さんはどうだろう?」


 エルウィークがクリスを見た。クリスの肩に座るプルピを。そして辺りを見回す。気付かぬうちにカッシーがクリスの背後にまで来ていた。彼の頭の上にはハパがいて、他にも小さな精霊たちが集まっている。


「嘘ではない。だが、どうにも好かぬ。特にそれとそれは近くにいるのすら耐えられん」


 ハパが指差したのはユーヤとリリィだった。不思議なことにナッキーには興味を示さない。どういう基準なのだろうとクリスが考えているうちに、エルウィークが話を進めた。


「まずは事情を知りたい。取り引きだ。その上で精霊に許しを請えばいい」


 許可が得られるかどうかは不明だが、と小さく続ける。

 エルウィークはやはり油断ならないタイプの人間だ。クリスは彼が敵側じゃなくて良かったと思った。





**********


今作の最終巻となります5巻が7月29日に発売です!


・家つくりスキルで異世界を生き延びろ 5

・ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4047370845

・小鳥屋エム/イラストは文倉十先生


素敵なイラストがたくさん入った書籍版もどうぞよろしくお願い申し上げます



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