285 連動するし転移するし奥の手だし
クリスは起きてきたマルヴィナに鍵を渡した。
設計書は彼女の侍女、いやもう秘書と言っていいだろう、キリリとした顔の女性に渡す。マルヴィナが指揮スキルを使ったからか、顔付きが変わっている。
最初はカロリンの後ろでハラハラしていたらしいのに、今では集まる人や書類をテキパキと捌いていた。もちろん、マルヴィナがそれを許している。
他にも補佐する人が増えた。自然とマルヴィナの周りに集まって、各々の意見を進言している。家庭教師だった男性や、引退した騎士もいた。そんな大勢を引き連れて、クリスは城について説明を始めた。
その一行を気にせず、職人らが城を出入りしている。内装を仕上げているのだ。都市の北部からは農民もやってきた。砦内に畑があると聞いて指導に来たのだそうだ。
窓から見える景色を眺めながら、マルヴィナは笑った。
「こんなことってある? わたし、先生に教わった歴史の中で、こんな話を見たことも聞いたこともないわ!」
「そうでしょうとも。お嬢様、いえ、マルヴィナ様。これは歴史的快挙ですよ」
そう言わしめるだけの、一日にして建った城だった。
クリスは駆け足で城内を説明し、最後に地下遺跡へ向かう扉の鍵を渡した。
「これを使うことがないように願っています」
「ええ」
「経路はこの紙に。写しは信頼する騎士へ」
「そうね。ブレフト、あなたに任せましょう」
「わ、わしですか?」
元騎士団長だったという初老の男に渡す。彼は驚いて仰け反ったものの、ハッとした顔で写しを受け取った。
その時、騒がしい声が届いた。
「偵察部隊からの知らせです! 南から進軍の兆しあり!」
マルヴィナがぐっと手を握った。皆を見回して頷く。彼女はクリスがさっき説明した主塔のバルコニーへ走り出ると、声を張り上げた。
「敵軍発見! 総員、第一次防衛態勢に入りなさい! 市民は避難を! 都市にも連絡を入れなさい。斥候部隊は――」
「一部を先に出発させました! 兵士らは砦に詰めています。今より我等は第一次防衛態勢に入ります!」
マルヴィナがスキルを発動しているのが分かる。クリスは彼女の背後で「こんな風に発動するのか」と納得した。ビリビリと強い気持ちが伝わってくる。
クリスがもしも家つくりスキルを常時発動していなければ、彼女の指揮スキルに飲まれていたかもしれない。事実、ほとんどの人が彼女の声を聞いて動き出した。冷静さや敏捷さがアップしているようだ。各自が自分の役割をこなそうとしている。
指揮スキルに従っていないのは、同等のスキル持ちぐらいだろう。あるいは、ニホン族も含まれるのだろうか。カロリンは中級スキルしか持っていないが、他の人のようにマルヴィナの指揮下に入った様子はない。
でも、その上で、カロリンはマルヴィナを助けると決めたようだ。
「わたしは決着が付くまで、ここで見守るわ。あなたは――」
「くりちゅーっ!」
「ほらね? そんな気がしたのよ。さあ、クリス、行ってきて」
「カロリン、大丈夫だよね?」
「当たり前じゃない。だって、このお城、誰が作ったと思っているの」
クリスは満面の笑みで頷いた。
そんな気がしたのはクリスもだった。帝国軍が動くきっかけは迷宮内にある。連動しているのは明白だ。向こうで何かあったからこそ仕掛けてきた。
クリスは、すりすりと頬ずりするククリを手に掴み、振り返った。この数日、クリスから離れずにいたエルウィークが待っている。
「行きましょうか」
「そうだね。いよいよか」
「イサ、プルピも離れないでね」
「ピピピ!」
「分かっておる」
「くく、ぴゅー、ちゅる!」
「オッケー。ピューしちゃって!」
エルウィークの手をしっかりと握り、クリスたちはククリによって迷宮最下層に転移した。
転移先はエイフの傍ではなく、カッシーの背後だった。ハパや精霊たちもいる。
「よーし、ククリちゃん、ばっちりだよ!」
「くく、えらーい!」
「偉い偉い。ハパさんもククリちゃんを褒めて!」
「おー、偉いぞ、ククリや。ほれ、もうおぬしの仕事はお仕舞いだ。イサに乗っておれよ」
「ピッ?」
「子守りは頼んだぞ」
「ピルゥ……」
ククリはイサに乗ってライダーごっこを始めた。緊張感の欠片もない。でも、余計なやる気を持たれるよりはマシで、クリスは「ごめんね」と視線だけでイサに頼んだ。
このちょっとした会話を、見てもいないエイフは気付く。
「クリス、来たか」
「うん」
「僕も一緒なのだが?」
「エルウィークは攻撃系スキルがないんだ、カッシーの近くにいろ。クリス、ここへ」
「クリス嬢のスキルだって攻撃系ではないと思うがね」
エルウィークは現役冒険者であるエイフに言い返しながらも、ちゃんとカッシーの背後に寄った。彼はエイフらに倣って、クリスの本名を口にしなくなった。大抵は紳士的に「クリス嬢」と呼ぶ。たまに「クリス」と呼ぶ時は、探り探りの雰囲気だ。
ひょっとすると他人と壁を作っているのではなく、壁を破れないタイプの人なのかもしれない。
クリスは余所事を頭から振り払い、広間の中央で対峙している人たちに向かって歩いた。こちら側の先頭にいるのはエイフだ。彼を補佐するようにクラフトとイフェが立っている。
迷宮核と思しき物体を挟んで対面にいるのが、ニホン組だろう。剣を手に、強者の気配を漂わせる青年が一人。その横にやけに色っぽい格好の女性が立っていて、背後には黒いローブを頭からすっぽり被った男がいる。
彼等の後ろにも数人いるようだが、クリスからはよく見えない。小さな子もいるようだ。彼等がエルウィークの心配していた子供たちだろうか。
クリスは半眼になりつつ、エイフの横に立った。
エイフはクリスを見ないまま、口を開いた。
「ククリはどこだ?」
「イサに乗って遊んでる。呼ぶ?」
「呼んでおけ。カッシーが言い聞かせていたが、次は大勢での移動になるかもしれん。お前の近くにいる方がいいだろう」
「分かった。ククリ~、こっちおいで」
「ピピピピ」
ククリを呼んだが、返事をしたのはイサだった。さすがは子守り担当だ。スーッと飛んできて肩に止まる。
もう片方の肩にはプルピが立ったままだ。ククリはイサから降りると、ふわっと浮かんでクリスの頭の上、定位置に陣取った。
「ぴゅー、ちゅる?」
「まだ。わたしがOK出すまで絶対にやっちゃダメだからね?」
「あい」
すると、相手側から声が上がった。
「それが、お前らの『奥の手』ってことか? だが、ここを通るのは俺たちだ」
「先に辿り着いたのは俺だと言ったはずだ。横から獲物を奪う行為は、盗人だとも言っている。言葉の通じない奴だな」
「うるせぇよ、さっさと、それを返せ」
左手を前に出して、ちょいちょいと動かす。寄越せという合図だ。
クリスはチラリとエイフを見た。彼の手に何かある。よくよく見ると丸い小さな玉を持っているようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます