278 エルウィーク




 五十に近い年齢だと聞いていたが、エルウィークは四十ぐらいに見えるほど若々しかった。

 しかも、イケメンである。馬を引いて町を歩く最中も、女性の視線を集めていた。


 エイフは角のある鬼人族として、またごつい見た目で注目を浴びるタイプだ。クラフトやイフェもイケメンではあるが、角があるせいか人族の女性はちょっと及び腰の気がする。エルフ族のカッシーは美麗だけれど、そういう意味ではモテないそうだ。一般的な女性からすれば絵画を眺めるのと同じ感覚なのかもしれない。


 その点、エルウィークは穏やかな笑みを湛えた紳士っぷりである。彼がニコニコと屋台を覗けば、売り子の若い女性はぽうっと赤くなる。

 そんな寄り道をしつつ、エルウィークはギルドにも寄らずに宿へ直行した。


「早いな、エルウィーク」

「やあ、久しぶりだね」


 エイフは、ニコニコと手を広げるエルウィークのハグ待ちをスルーした。

 ぽかんとしていたクリスの背後に、カッシーが戻ってきて立つ。彼が遅れたのは、エルウィークの馬を代わりに預けてきたからだ。


「どうしたの。なんか、空気が変?」

「大人げないエイフを見ていただけ」

「ふーん。あっ、エルウィークさん、どうぞどうぞ」


 何故、誰もソファを勧めないのかと思ったらしいカッシーが、如才なくエルウィークを案内する。エルウィークは何事もなかったかのようにソファへ座った。荷物は小さなバッグのみ。きっと収納袋になっているのだろう。長旅をしてきた割には身綺麗で、お風呂に入った後のエイフよりさっぱりして見える。

 ともあれ、クリスはお茶の用意をした。正確には宿のレストランからテイクアウトしたものだ。



 その間にエイフとエルウィークは話をしたらしい。

 カッシーは席を外してほしいと頼まれたのだろう、クリスが部屋に茶器セットを運んできた時には廊下でぽつんと立っていた。

 クリスが中に入ると、エイフが話は終わったとばかりにソファへ寄りかかった。仲が良さそうにも、素っ気ない関係にも見える。不思議な感じだ。

 すると、エルウィークが視線をカッシーに向けた。


「申し訳ないが、一人用の部屋が空いていないか確認してきてもらえないだろうか。エイフに相部屋を頼んだら断られたんだ」

「当たり前だろう。女がいるんだぞ」

「女性、だ。言い方に気を付けるんだよ、エイフ」

「……女性と、女の子だ」

「女の子も厳密には良くないのだが」

「そうか?」

「そうだとも。少なくとも彼女はもう立派な淑女レディだ。君のパーティーメンバーの最低年齢は十三歳だったはずだから――」

「ああ、ああ、分かった。相変わらず理屈っぽい」


 エルウィークは肩を竦め、カッシーに頼むと告げた。カッシーは「いっすよ」と軽く答えて部屋を出ていく。それを見ていたエルウィークが呟いた。


「日本人にしては素直だな。ニホン組に誘われなかったのも分かる気がする」

「エルウィーク」

「冗談だ。さて、クリスニーナさん、今のうちに話をしようか」


 どうやらカッシーは追いやられたらしい。茶器を置いたクリスに、エルウィークが隣のソファを勧める。が、クリスはエイフの横に座った。エルウィークの真ん前だ。それを見て、彼はふふっと笑った。笑いながら、クリスの肩に乗るイサとプルピを見た。彼にはハッキリと視えているらしい。


「この機会に、ニホン組を揺さぶろうと思っている。君の協力が必要だ」

「エルウィーク、俺は反対だと言ったはずだ」

「コノハが出てきたんだ。奴が問題を起こす度に何度も呼び出しを掛けたが、ペルアには戻ってこなかった。ようやく帝国から出てきたんだ」

「俺はともかく、クリスを巻き込むな」

「だが、奴はアカリとセイジを連れ出している」


 エイフが息を呑む。よほどのことらしい。クリスが窺うように見ていたら、エルウィークが視線を寄越した。


「アカリは聖女スキル持ちだ。君より少し下の年齢だったかな。まだ幼い。セイジに至っては九歳だ。まだまだ子供なのに、勇者スキルを持ってしまったがゆえに、ニホン組が誘拐してきたんだ」

「誘拐?」

「本人らは善意だ。田舎の村で土にまみれて暮らすのを『可哀想』だと言ってな。確かに暮らしぶりは慎ましかったようだ。両親が死んで親族が多少厄介に思っていたのも本当だろう。しかし、本人の意思を確認しないまま王都に連れてきた。これは立派な誘拐だ」


 エルウィークはクリスが頷くのを待って、また続けた。


「アカリは子供のうちに親が養護施設に捨てたそうだから、まだ納得しているだろう。しかし、養護施設から王都にやってきて穏やかに暮らしていたというのに、そこからまた連れ出した馬鹿者がいる」


 彼は子供たちを心配しているのだ。だから、ここまで来た。


「誰が連れ出したんだ。ニホン族が面倒を見ていただろうに」

「リリィだ。エイフは知らないかな。魅了スキルを持っていて、厄介な子だった。コノハの手先としてペルア本部に残っていたようだ。子供二人を唆して連れ出した。ナッキーも手伝っているはずだ」

「ナッキーという女なら来ている。うちのメンバーが迷惑を被ったそうでな」

「彼女はあちこちに呪いを振りまいているからな。さもありなん」


 エルウィークの話を聞くに、コノハという男が一番の問題児らしい。二十代の男で剣聖スキル持ちだという。聖女や勇者と並ぶ最上級スキルだ。


「賢者スキルのハルが離れていて助かったよ。お前がヴィヴリオテカに連れて行ったのでタイミングが合わなかったようだな」

「あいつはニホン組のメンバーと行動を共にしていたが、思想はどちらかというとエルウィーク側だったぞ」

「そうなのか?」

「鈍足スキルのせいかと思ったが、元々鈍いというか、鈍臭いんだ」


 エルウィークは「ふふ、そうか」と笑い、クリスを見た。


「二人の子供を助けたい。それにコノハには聞きたいことがある」

「だから、わたしを餌にするんですか? 珍しいスキルを持った転生者がいるって言えば食い付くと思ってます?」

「……最初はそのつもりでいたけれどね。君は頭が良いなぁ」

「あなたも十分、ニホン組と同じレベルですよね」


 つい腹が立って突っ慳貪に返す。しかし、そんなクリスをエルウィークは柔らかく見つめる。穏やかな笑みだ。

 エイフはハラハラした様子でエルウィークとクリスを交互に見た。最初に口を開いたのはエルウィークだった。


「コノハの目的がもうすぐ叶うかもしれない。そうなったら二度と聞けない可能性もある。もちろん、子供たちのことも心配だ。本当に元の世界に戻れると信じているのなら、なおさら。とにかく、このままではいけない」

「何故、もうすぐ叶うと?」

「コノハが帝国を出たからだ。帝国との約束を果たしたからか、あるいは見付けたか」


 クリスとエイフは顔を見合わせた。ニホン組が今もっとも急いで目指す場所がある。


「おそらく、世界樹に行きやすい場所を見付けたのではないだろうか」


 カウェア迷宮の最下層だ。


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