277 精霊合金の万年筆、馬鹿げたスキル
改めて万年筆を見る。
透明軸というが、光にかざすとうっすらブラウン色をしている。薄い琥珀のようにも見えた。
樹脂製の軸はしっかりとして、クリスの手に馴染む。
ペン先は精霊合金だという。いわゆる混ぜ物の金属だ。最初は鈍い金色に見えたそれは、太陽の光の下で見ると全然違った。
「ピンクだ……」
「うむ。カロリンが、クリスは意外と可愛いものが好きだと言っておったのでな」
「う、うん、大好き」
「この軸を作ろうと決めた時、ならばペン先もクリスに合う色にしようと考えた」
「うん、すごくいい。とっても可愛いし、綺麗だし」
クリスは涙が出そうになった。自分の知らないところで二人がクリスのためにと考えてくれていた。合金で、しかも描き易いペン先にするなど、きっと大変だったろうに。
「これはな、世界樹の花を混ぜたのだ。虹色の花だ。それを混ぜた金属を精霊虹合金とも呼ぶ。光の下で動かしてみよ」
「うん。あっ、ピンクが光る!」
「そうであろう? 他にも精霊金やら銅を合わせた。ちょうど良い案配にするのが大変なのだ。だが、わたしにかかればこんなものよ」
「うん、うん」
プルピ大好きと、彼を引っ掴んで抱き締めた。もう片方の手はもちろん大事に万年筆を握ったままで。
バタバタ暴れるプルピをテーブルに乗せ、興味津々のイサとまだ寝ぼけて横になっているククリを端に寄せ、クリスはインク瓶を取りだした。
最初にインクを吸わせる時は厳かな気分になる。ドキドキしながら、竜の鱗が入った特殊インクを万年筆に吸わせる。
「ラメがキラキラ光って、綺麗」
「うむ、透明軸は良いものだな」
「インクの劣化を考えると、目一杯入れない方がいいかな」
「安心せよ。そのインク瓶以上の遮蔽ができる。世界樹の樹液であるぞ。魔力素など、一滴たりとも逃すものか。むしろ増幅できるのではないか」
「おおう、すごい」
ペン先に使われた精霊合金もクリスが理解している以上に良い品質なのだろう。顔を近付ければ、精霊たちでないと分からないような細かい模様が刻まれている。
クリスはふうと一息吐いて、精神統一した。試し描きといえど、用意した紙は最高級のものだ。心して描く。もし一発描きができたなら、そのまま紋様紙にしてしまえる。もちろん、クリス専用の小さな紋様紙だ。
「【防御】にしてみようかな。家馬車を守るのによく使うもんね。幾つあってもいいし、多少失敗しても簡単だから修正が利くかもしれない」
スッとペン先が紙に乗ると、驚くことにスラスラと進む。書き心地が良いどころの話ではない。何故かスキルが発動しているかのような感覚だ。
いや、スキルが発動している。クリスの家つくりスキルだ。
「あ、終わった」
プルピが目を丸くしている。クリスは少し落ち着いていた。というのも、以前も似たようなことがあったからだ。関係のない場所で勝手に家つくりスキルが発動する。
でも、関係はあるのだ。今、ハッキリと分かった。
「わたしが家に必要だと思えば、たとえ間接的であろうと後付けであろうとスキルが発動するんだね」
「なんとまあ、べらぼうなスキルだ」
「使い方次第では問題あるよね」
「うむ。だが、使い方を間違えなければそれで良いのだ。クリスは使い方を間違えるような
「うん、ありがとう、プルピ」
まるで紋様士スキル持ちが描いたかのような速さで描き終わった紋様紙は、しっかり検分したがどこにも問題は見られなかった。むしろ、線の美しさが際立っている。全く同じ太さだ。それでいて「とめ・はね・はらい」の動きがある。これこそが紋様だ。
光にかざせばインクが煌めいている。
「保護もしなくていいんだ。描き上がった瞬間から使える。これ、すごいよ。インクの定着も込められた魔力も、なんてすごいんだろう」
「インクが素晴らしいからだ。クリスが頑張って作ったからだな」
「それに耐えられる万年筆をプルピが作ってくれたからだよ。わたしでもこんなに綺麗に描けるなんて……!」
試し描きした紋様紙は、使うまでもなく今までで最高の力を発動してくれるだろう。
クリスは最初の一枚を大事に仕舞い込んだ。
エルウィークが到着する日になった。
それに合わせてエイフが迷宮から戻る。一人抜けることを悪いと考えたのか、寝ずに頑張ったらしくて見た目が汚い。
クリスは目を釣り上げてエイフを睨んだ。
「わ、分かった。風呂に入ってくる」
「わたしとカッシーで迎えに行ってくるから」
「悪い」
というわけで、クリスとカッシーは早めに宿を出た。
昨日は試し描きをしたり紋様紙を描いたりするなどして時間を過ごしたが、他にもククリの転移実験をした。カッシーにククリを連れていってもらい、ペルの場所を覚えてもらったのだ。そこからクリスの下へ転移で戻らせると、今度はプルピを連れて転移、また戻るというのを繰り返した。
プルピが「問題ないだろう」と太鼓判を押し、クリスもついでに転移実験の最後を飾った。もちろん結果は成功。メモの時といい、もはや疑う余地はない。
「ちゃんと指示通りに転移できるようになって偉いね。ククリは賢いなあ」
「くく、かちこ」
えへんと胸を張る。斜めになっているのでドヤ顔ならぬ、ドヤ態度だ。こうして褒めて伸ばす方法で、ククリに「指示がなければ転移してはいけない」を覚えさせた。
イサも最近はククリに振り回されていない。彼は以前、小鳥ライダーをやってあげている最中に転移させられ、ナファルで何度か迷子になったという。イサは迷子になったことを恥だと思っているのか、しばらく隠していた。
イサ本人は迷ったわけじゃないと最後まで言い張った。でも、クリスと出会った経緯が「森で迷った」せいである。たぶん、彼は地図が読めない派だ。その証拠に、クリスがカウェア迷宮の立体地図を作製した時、イサは何度も場所を変えて覗き込んでいた。首を傾げたままだ。絶対に地図が読めなかったに違いないとクリスは思っている。
「イサは常に誰かと一緒にいてね。迷うといけないから。ククリは皆の場所を把握すること。まだ遠くは探知できないと思うけど頑張ろうね」
「あい!」
「ピッ! ピピピピピ!」
「うんうん、イサは地図が読めるよ。妖精だからね!」
「ピルゥ……」
門の近くで話していると、駆け足の馬が遠くに見える。都市の出入りのほとんどが馬車か歩きだ。門が閉まる時間でもないのに走らせているのは珍しい。
「あれじゃない?」
「うわっ、一騎で来るとか勇気ある~。スキル構成がいいのかな」
「戦闘向きじゃないってエイフは話してたけど」
門兵らが異変を感じて身構えるも、馬は徐々に速度を落とす。馬の扱いに長けた人だ。
やがて、門前に辿り着いた。間違いなくエルウィークだと分かった。何故ならニコラが話していた通りのイケオジだったからだ。
ちなみにエイフによるエルウィークの見た目は「そこそこのオッサン」だった。男女の違いか、あるいは興味を持つ箇所が違うせいなのか。クリスには分からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます