276 ククリメモ成功、プルピ印の万年筆




 ククリは見事、メモをエイフに届けることができた。

 本番で失敗するのではと心配したが杞憂だった。エイフからもメモがすぐに届いた。


「エイフだけ二日後に戻るって。転移石が使えるみたい。九階層に入ったところだから、だって。すごいなあ」

「ピピピ」

「あの三人、すごく強いよね」


 宿に戻るとカッシーも帰ってきていた。カロリンは最近帰りが遅い。屋敷内がごたごたしていて彼女も即戦力のメイドとして扱われているらしい。ちゃんと臨時ボーナスが出るよう契約を書き直させたと言っていたから、しっかりしている。


「僕は引き続き情報収集の係でいいのかな。まあ、だからって迷宮の下層に行っても足手まといになるだろうけどさ」

「いいんだよ。適材適所って言うじゃない」

「ピピ!」

「適材適所か。ふむ。わたしはそろそろ作業に向かうぞ」

「あ、今日も護衛役ありがとう、プルピ。いよいよ作業が大詰め?」

「そうだ。今晩は寝ずにやるつもりだ。精霊界に一度行く。クリスは気にせずにな」

「はーい」


 プルピがクリスの寝室に飛んでいくと、テーブルの上でお菓子を食べていたククリも飛んでいった。ククリは皆に褒められて満足そうに献上品のお菓子を食べていたが、さすがに満腹になったらしい。お仕事もしたので寝るのだろう。


「カッシーの方は収穫あった?」

「あー、うん。やっぱり、遺跡の方にも影響出てるみたいだ。セシル先生のところの冒険者が魔物を見たらしい。アッカス遺跡は全面封鎖だって。旧市街の地下は完全に塞いだらしい。トライアスさんが引っ張りだこだよ」

「うわぁ、大変だろうなあ」

「あと、僕に呪いを掛けた子いたじゃん」

「ナッキーだっけ?」

「うん、その子。なんか、迷宮の中が臭いとか汚いとか言って、ホテルに引きこもってるってさ。ちょっとホッとした」

「そっか。一応、その子の見張りは頼んでるんだよね?」

「精霊スキルを使ってね。そうだ、クリス、聞いてくれる? 精霊ってさ、スキル使わないと本当にサボるんだよ」

「あはは」

「笑い事じゃないんだって。仲良くなったからスキルは使わないでおこうと思ったんだけど、すっごいサボるんだ。ちゃんと約束したんだぜ? あと悪戯が好きすぎる!」

「またペルちゃんに?」

「いや、牛の方。農家の人にめっちゃ謝ってきたよ。優しい人たちでさ、精霊様のすることならしかたなかべ、って言ってんの。申し訳なくて、後で超お説教した」


 最初は精霊に対しておそるおそるだったカッシーなのに、随分と頼もしくなった。

 ナッキーの話も冷静にできている。ハパのような上位の精霊や他の精霊たちとの交流が深まるにつれ、自信に繋がったのだろう。

 それに常に精霊が付いているので、もしナッキーと出会っても対処できる。

 クリスもカッシーには【完全結界】や【解除】といった上級紋様紙を渡していた。完全結界なら呪いが降りかかっても防げるだろうし、あるいはすぐに解除すれば呪いは解ける。魔女様考案の魔術紋だから普通の上級紋様紙よりも強力だ。

 クリスもナッキーを警戒しているが、むしろ問題は迷宮に潜っているニホン組の方だった。なにしろ彼等こそが、エルウィークの言う「もっとも危険なニホン組」なのだから。






 不安になるような話を聞いて寝付きが悪くなるだろうと思ったクリスは、久しぶりに【魔力排出】の紋様紙を使った。ここ数日は何があるか分からず使っていなかった。おかげで翌朝まで目覚めることなく、ぐっすり眠れた。

 しかしその朝、目が覚めたクリスの前にプルピが神妙な顔をして浮かんでいる。


「あれ? プルピ、どうしたの?」

「出来上がった万年筆を真っ先におぬしに見せようと持参すれば、どうだ。ぐーすかと眠りこけて」

「夜はちゃんと寝なさいって……」

「わたしは寝ずに作ったのだぞ!」

「いや、それはほら、興が乗ったらそういうこともあるし気持ちは分かるけど~」


 そもそも精霊は寝なくても良かったはずだ。クリスは段々と頭の中がスッキリしてきた。

 ふ、と息を吐き、ベッドに座り直す。


「……まず、万年筆を作ってくれてありがとう」

「うむ」

「それから、材料集め大変だったと思う。お疲れ様でした」

「う、む」

「ニホン組が来て、嫌な噂もあって、皆が焦ってたよね。だから、プルピも頑張ってくれたんだね」

「……」

「頑張った成果だもん。早く見てもらいたい気持ちはよく分かる」

「……だが、朝一番は良くなかった、かもしれぬ」

「ううん。ありがとう、プルピ。わたし、感謝の心を忘れてました! わたしも喜んでもらえたら嬉しいもん。ごめんね、すぐにお礼が言えなくて」


 昨日、最後となった魔法ギルドの地下シェルターを作り終えた時、事務的な対応をされた。諸手を挙げてとまでは言わないが、それにしたって素っ気なかった。むしろ「なんでうちが最後なんだ」とぼやかれたほどで、終わったら終わったで「早すぎないか、手抜きでもしたんじゃないのか」と話しているのが耳に入った。

 すでに幾つも作ってきていたから、彼等も見学なりして様子を知っていたのだろう。そのせいで感動が少ないのは分かる。それでも普通にお礼ぐらいは言ってほしかった。

 ただ、仕事の成果に対してお礼を要求するのは、前世で社会人の経験があったクリスにはできなかった。でも、心の中は違う。やっぱり認めてもらいたい。


 クリスはプルピに対しての態度を思い返し、自分が情けなくなった。


「専用万年筆を作ってくれてありがとうございました。早速、使ってみてもいいかな?」

「うむ。試し描きは大事だ。調整は何度でもやってやろう。まずは描くが良い」

「はい!」


 渡された万年筆は以前のものとは全くの別物だった。軸が透き通っているのだ。


「綺麗……」

「そうであろう。軸を透明にできたのは我ながら最高の仕事であった。もちろん、インクが変色することはない。これはな、世界樹の樹液を固めて作ったものだ」

「えっ?」


 プルピに前回作ってもらった万年筆の軸は精霊樹を使っていた。それすら高価だというのに、今回は天井知らずの素材だ。万年筆を持つクリスの手が震えた。


「プルピさん、なんで、えっ」

「うむ。実はカロリンがな、これを作るにあたってとある情報を教えてくれたのだ」


 前世のお客さんにインクマニアがいたこと、そして透明軸の万年筆を自慢されたことをプルピに話してくれたそうだ。その時は興味を持たなかったらしいが、クリスが紋様紙を描くのに毎々丁寧に扱っているのを見て「いいな」と思ったらしい。

 そして、プルピが最高の品を作るのなら、カロリンの知っている「最高」と思えた万年筆について教えたいと思ったらしい。


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