279 ぶっ飛ばしたい、新たな指名依頼




 エルウィークはコノハに聞きたいことがある。それは彼自身、そしてエイフにも関係があるかもしれないという。

 その内容について、クリスは問い詰めることはしなかった。エイフ同様、彼にも複雑な過去があるのだろう。


 ちょうどカッシーも戻ってきた。

 彼に席を外させたのは、反対されるのを恐れていたのと巻き込む人間を増やしたくなかったからだという。しかし、エイフがあっさりとバラしてしまった。

 カッシーとハパは「クリスを餌にするなんて!」と大反対したけれど、クリスは少しだけ考えを変えた。

 それにイサもプルピも怒っていない。彼等もクリスと同じ気持ちだからだろう。


「聖女や勇者のスキルがあろうと関係ない。子供たちの心が心配だよ。それに、ナッキーもいるんでしょ。その親玉がコノハって男なら、ぶっ飛ばしたいじゃない」

「クリス~、君のその考え方は脳筋だよぉ。エイフさんに似てきてない?」

「おい、カッシー」

「わー、エイフさん、ごめんなさいー」

「やれやれ。うるさいぞ、カッシー」

「ハパさんだって、さっき騒いでたじゃん」


 いつもの空気が戻ってきた。イサがクリスの肩で「ピッ」と鳴く。良かったねという彼の言葉にクリスも頷いた。プルピは冷静だ。


「『ぶっ飛ばしたい』はともかく、世界樹に無理矢理立ち入る行為を見過ごすわけにはいかん。クリスが共に行ってくれるのなら、わたしも助かる」


 プルピは加護を与えた人間から離れたくないらしい。いや、クリス自身を心配しているのだろう。もし揉め事が起こった場合、何がどうなるのか分からない。その上、帝国が攻め入ってくる可能性もある。それなら一緒に迷宮へ向かおうと考える気持ちは分かる。

 エイフも同じような結論に至ったようだ。大きな溜息と共に「仕方ない」と納得した。ただし、向かうのは最下層に到達して迷宮核を守る魔物を倒した後だ。迷宮には必ず核があって、自分自身を守るための障害を作っているらしい。何かをするにしても、この障害が邪魔になる。


「コノハの気を引くのは迷宮核を手に入れてからだ。その直前に、ククリに転移してもらおう」

「う、うん。責任重大」

「ククリは連れて行った方がいいが、あとどれだけ掛かるか分からないからなぁ」


 クリスから長時間離れたがらないだろう。エイフがガシガシと頭を掻く。


「んー。じゃあ、定期連絡代わりにククリをやり取りして、いざという時に【通信】の紋様紙を使う? これ、どうぞ」

「いいのか?」


 とは、魔女様考案の魔術紋で描かれたものだからだ。クリスが取り出した紋様紙は文字部分が煌めいている。エイフはそれが上級以上の紋様紙だと気付いたようだ。


「練習で作った分だからいいよ。上級レベルの魔術紋をあのインクで描いたらどうなるのか、実験したかったの。これなら遮断を問題なく潜り抜けて届くんじゃないかな」

「だが、俺はどうにも紋様紙が苦手だからな」

「僕が行くよ。僕も迷宮制覇チームに入りたい。ハパさんも来てくれるよね?」

「ふむ。我がいれば、カッシーも活躍できるであろうな」

「ハパさーん!」


 二人が仲良くしているのをエルウィークが微笑ましげに眺める。エイフは呆れていたが、カッシーの申し出は受け入れた。


「精度が高いのはカッシーか。精霊スキルのレベルも上がったろうしな」

「やった!」

「僕はここでクリスニーナさんと一緒に待っているよ」

「そうだな。あんたは頭脳派だ。待っていろ」

「その割には馬の扱いに慣れていたみたいだけど」


 クリスが思わず疑問を口にすると、エルウィークはほんのりと笑った。


「馬術ぐらいできなければ紳士とは言えないからね。妻にもそう言われて、頑張って覚えたものだよ」


 懐かしそうな、それでいて悲しくも見える笑顔だった。それだけで分かる。彼の言う「妻」はもういない。前世の妻の話だ。彼女をとても愛していたのだろう。だから、今生でパートナーを作らないのかもしれない。

 クリスはそれ以上、立ち入った質問はしなかった。エルウィークも話さないだろう。彼の穏やかな笑顔は壁だ。そんな気がした。





 留守番組になったクリスは、紋様紙を描くことに時間を費やした。地下シェルターの依頼は終わってしまったし、一人で依頼を受けに行くのは危険だと止められたからだ。

 エルウィークは情報収集がてらギルドに出入りし、何故か仕事を割り振られているらしい。そこで得た情報がクリスにも流れてくる。やはり帝国から人が流入しているようだ。パッと見て兵士だと分かる人はいないが、冒険者の格好をした人が増えているという。



 数日後、クリスに仕事が舞い込んだ。指名依頼だった。

 話を持ち込んだのはカロリンとエルウィークだ。ついでに依頼主のマルヴィナも一緒に来た。


「ごめんなさいね、最初はわたしの方で断るつもりだったのよ」

「クリスさん、お願いします! アサルの皆を守りたいの!」

「いやぁ、君の作った地下シェルターの評判が良くてね。誰かが領主に伝えたらしいんだ。一応、依頼書を持ってきた偉そうな執事には『指名依頼でも断る権利はある』と突っぱねてはみたんだよ。そうしたら、内容を変更して再度依頼を持ち込まれてねぇ」


 おろおろするカロリン、涙ぐみながら一生懸命に頼むマルヴィナ、冷静ながらもどこか楽しげに笑うエルウィーク。この三者三様の言い分を、宿のレストランに呼び出されたクリスは半眼で聞いた。

 他の客の視線が痛い。朝の忙しい時間帯を過ぎていたのが幸いだ。それでも優雅に食事をする奥様方や商家のご隠居さんらしき男性はいる。


 クリスはゴホンと咳払いし、三人をジッと見つめて黙らせた。


「……まず、何の依頼でしょうか。最初の内容とやらは結構。ここまでエルウィークさんが来たのなら、変更後の依頼が本命でしょうから」

「あっ、わ、わたしが!」

「いいえ、あなたは慌てているわ。いつも言ってるでしょう、ヴィーナ。まず落ち着いて、冷静にならないとダメよ」

「やだ、カロリン。彼女は竜馬じゃないわ」

「当たり前よ」

「カロリンも落ち着いて。んもう。エルウィークさん、その依頼内容を教えてください」


 エルウィークは両手をテーブルの上で広げ、にこりと微笑む。


「アサルの領主は、君に『城砦』を作ってほしいそうだ」


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