273 地下シェルターの内部
寝室は蜂の巣のようなカプセルホテル型にした。
冒険者は雑魚寝に慣れているかもしれないが、一般市民も受け入れるのなら個室がいい。
特に――クリスがそうなのだが――他人と同じ場所で過ごすのはストレスになる。ましてや「避難」という特殊な経験をするのだ。せめて寝る時ぐらいは一人でいたい。
当然、防音にもこだわった。壁となる板と板の間に防音材を挟む。
これは、フラルゴという魔力素を多く含んだ綿を、水鼠から獲れる脂に浸けてスライム凝固剤で固めたものだ。水鼠の脂とスライム凝固剤の組み合わせ次第で固くも柔らかくもなる。水ゴムと呼ばれる物質だ。この水ゴムが断熱材になり、かつ防音材にもなった。
また、フラルゴには魔力素が含まれているため、スキル持ちか魔法使いがいれば冷たくも温かくもできる。そのための回路も仕込んだ。軽魔鋼で作った針金である。
針金は職人ギルドが持参したものだ。建築ギルドは魔鋼や矢板を用意してくれた。
どのギルドも戦争に備えて以前から少しずつ資材を集めていたらしい。
寝室は一人用と二人用に分けた。二人用は夫婦で使う場合を想定している。小さな子がいても一緒に寝られるぐらいの広さだ。一人用でも小さな子が一人なら一緒に寝られる。
日本にあったカプセルホテルのように狭いと、体格の良い冒険者たちは寝返りも打てないだろうからだ。
あとは補助が必要な老人や障害を持った人用に、一階部分に広めの部屋を幾つか用意した。上階へは子供でも登れる階段型になっている。正面から見れば蜂の巣に見えるのに横から見れば段差がある形だ。一段ずつずらすことで階段の形状を取った。だから上部に行くほど奥行きに差が出てくる。この死角が勿体ないので資材部屋とした。
各部屋の入り口には、配合を変えた水ゴムのロールカーテンを取り付ける。個室ごとに空気孔があるため、入り口を閉じても完全な密閉にはならない。たとえロールカーテンでも閉められたら個室感が出るだろう。防音対策としても使えるはずだ。
階段にも水ゴムを貼って階下に響かないようにした。個室に入れるマットの下にも、振動対策として水ゴムを敷く。
このマットに使った布と中身の用意は織工ギルドに頼んだ。クリスが家テントでも使った材料を用意してもらった。彼等は会員を総動員して材料を集めてくれた。作ったのはクリスだ。家つくりスキルを発動したまま一気に作り上げた。
その他の部屋はシンプルだった。分厚い壁には防音防火対策などを仕込んでいるがそれだけである。肝心なのは頭上からの攻撃に耐えられるかどうか。それから空気孔だ。
地上からの攻撃対策だが、クリスの家つくりスキルに頼ってばかりではない。分厚い天井を作ったのはもちろんのこと、天井のコンクリートには網目状の軽魔鋼を仕込んだ。
いざとなれば、鉄工スキル持ちや盾士スキル持ちが力を注いで強化ができる。なければ、やはり紋様紙を常備しておけばいい。他にも防御に向いたスキル持ちが力を込めれば、体の延長として強化してくれるだろう。
そのために軽魔鋼を剥き出しにした場所を作った。直接触れる方が力を流しやすいからだ。
空気孔はフィルターを何重にもして作ってある。毒霧にも耐えられるフィルターだ。その代わり、一度汚染されたら取り替えなければならない。何度も毒を撒くとは考えられないが、予備を多く保管してもらう。
このフィルターは、カウェア迷宮で獲れる二色飛蝗の翅を使用した。フィルターとして優秀だからだというのもあるが、地元で手に入れられる素材の方がいいからだ。当然、水鼠やスライム凝固剤もアサルでは流通している。フラルゴは都市外にある森で採取が可能だそうだ。
地上側に作った空気孔の穴は「崩れたレンガ置き場」にカムフラージュしている。もう一つの空気孔もギルド近くにある民家の「石壁」として用意した。民家からは許諾を得ている。普段は石壁の機能を果たすので、家人は喜んで受け入れてくれた。
石壁は二重になっており、その隙間を通して空気を取り入れる。レンガ置き場もそうだが、通常の雨なら水は入り込まない。
とはいえ豪雨になれば処理が追いつかないだろう。念のため、空気孔の途中に水分を吸収する装置を取り付けた。これにもフラルゴが使われている。
豪雨以上の、たとえば水攻めされた場合は空気孔を避難所側で閉じればいい。水が捌けるまでは、酸素供給の魔道具を使用する。地下遺跡がある都市だからこそ常備していたのが幸いだった。
クリスは完成した地下シェルターをぐるりと見回した。魔道具にお金を掛けたせいで内装はごくごくシンプルになってしまったけれど、予算内に収まった。むしろ抑えられた方だ。これなら備品の方に予算をもっと回せるだろう。たとえばストレス解消のためのグッズなどだ。子供だけでなく、大人も閉じ込められたらストレスが溜まる。
他にも、テーブルや椅子といった単純な家具は作ったけれど、細かいものはギルドが買い集めるしかない。
「クリス、終わったのかい?」
「はいっ」
スキルが切れる。クリスが振り返れば、眩しいものを見たかのように目を細めるイフェがいた。何故か手を広げている。クリスが首を傾げると、彼の方から近付いてきた。
「お疲れ様、クリス」
ギュッと抱き締められて、クリスは照れた。エイフとは違う感触だ。
「わたしたちの気球の家もすごかったけれど、今回は更に磨きが掛かっていたよ」
「そう、かな?」
「そうだとも。あまりに早くて見えないところもあったんだ。本当にびっくりした」
話しているうちに、管理人室にいたギルドの職員たちがガヤガヤと集まってきた。真っ先にクリスの下へ辿り着いたのはニコラだった。
「クリスさん、すごいわ! あなた、一体何者なの。初めてよ、こんな――」
「ニコラが言葉に詰まるなんて珍しいな。いや、でも僕も驚いたよ」
「俺だってさ。うちの職人にだって、あんな手際の良い奴はいない」
「あたしらの織った布を無駄なく切って縫い上げていく様は、まるで糸の神様のようだったよ」
織工ギルドから来ていたのはサブマスターの女性だ。年配の人は、腕の良い縫い子のことを
「糸の神様に愛されている」と言う。特にエリミア国ではそうだ。
クリスは母親に「女の子は縫い物ができないとダメよ」とよく言われていた。スキルに恵まれなくとも、手に職となるからだ。そう言えば母親は「糸の神様に愛されてる人がいたのよ」とも話していた。あれは誰のことだったのだろう。
クリスは思い出そうとして、だが諦めた。皆がクリスに語りかけてくるからだ。
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