274 強心臓ニコラと翌日からの動き
クリスが地下シェルターの使い方を簡単に説明し終わったところで、イフェがストップを掛けた。
「彼女は大がかりなスキル発動を終えたばかりです。まだ小さな女の子だというのを忘れないでほしい。早く休ませてあげたいし、食事だってまだなんですよ?」
そんな風に言えば、矢継ぎ早に続いていた質問もなくなった。大人たちは恥ずかしそうに不明を詫びた。
その日はニコラが近くのレストランに連れて行ってくれた。クリスは奢ってもらえると知ってニコニコ笑顔だ。イフェは「君はもう少し駆け引きを覚えた方がいい」と苦笑した。依頼料が低すぎるとも話していたので、この程度で喜ぶクリスが歯痒いのだろう。
クリスにとってみれば、不確かなスキルに信頼を寄せてくれたことへの礼でもある。何より、市民の安全を守るための施設だ。多く受け取ることへの躊躇いがあった。
もちろん、時間払いにする仕事ではないとも分かっていた。家つくりスキルが下級スキルでないことぐらいはもう自覚している。だから、ニコラの方からの提案にも頷いた。
「試験的に作ってもらった『地下シェルター』だけれど、一応、役人の検査を受けてもらうわね。使用許可が下りたら正式に他ギルドの分も依頼します。受けてくれるわね?」
「はい」
「次は正式な依頼よ。イフェさんが心配していらっしゃるようだけれど、もちろん当ギルドでもちゃんと考えています。依頼料は二倍にするわ」
「えっ、高くないです?」
「少ないぐらいよ。ただ、ごめんなさいね、やはり領主様には支援を断られたの。だから二倍までしか出せないと思うわ」
市民を守るために使う予備費はあったろうが、それは戦費に回したいのだろう。
市民の中には事情通もいる。冒険者が迷宮に多く出入りするようになり、ニホン組までやってきた。彼等は豪快に買い物をするから、すぐに情報が伝わる。そこにきて、地下シェルターに必要な材料をギルド職員が集め回った。市民たちも自分でできることを始めているに違いない。となれば物価が上がる。
ギルドも事前に予算を割いていただろうが、何があるか分からないのだから置いておきたい。その気持ちはよく分かる。
クリスも貯金のない綱渡りの生活がしばらく続き、何度胃を痛めたか知れない。ペルとふたりして震えながら冬の夜を越した、あの辛い日々を思い出す。
「構いません。その代わり、わたしたちのパーティーに便宜を図ってください」
「そんなことでいいの?」
「それが大事なの。各ギルドが後ろ盾になってくれたら、こんなに頼もしいことはないです」
ね、とイフェを見る。彼は苦笑して、それから大きく頷いた。
ニコラはクリスたちのやり取りを眺めてから、微笑んだ。
「分かったわ。あなたの優しさに感謝を。アサルの者として、クリスさんとその仲間の方々に優先権を与えましょう。安心して? わたし、これぐらいの権力は持っているのよ」
陰の実力者らしい発言をして、ニコラはクリスとイフェを笑わせた。
優先権は読んで字のごとく、たとえ相手が領主であろうとも、優先して話を通してもらえるというものだ。たとえば必要な素材を同時に所望した場合、他の人が価格を釣り上げようともクリスが先に「元の価格」で買い取れる。
素材を売る場合もだ。常に優先される。結果として待たなくてよくなる。これは超上級者に与えられる特権だ。ニホン組と同レベルの扱いになる。むしろ――。
「ニホン組が来ても待たせるわよ?」
「うわぁ。だけど、喧嘩を売ってるようなものじゃないですか?」
「大丈夫よ。バレないようにやるわ。わたし、そういうのが得意なの。看破スキル持ちって、何故か信用度が高いのよね。有り難いわ」
どうやら自分のスキルを最大限に活用しているようだ。嘘を見抜く人が、嘘をつく。クリスはニコラの強心臓ぶりに笑った。
次の日から、クリスは他のギルドの地下シェルターを作り続けた。
イフェは迷宮組に戻った。クリスの付き添いはイサやプルピ、ククリだけだ。渋るクラフトを宥めたのは、家つくりスキルの発動を間近で見ていたイフェだった。
今回の「家」は単純な仕組みであったことや、一度作ってしまった家は次から魔力も時間も短縮されると分かっていることから、エイフも了承した。
そのエイフは、領主の屋敷からプロケッラとペルを無事に連れ帰った。「何も言われなかったぞ」と言うが、クリスは内心で「本当かなあ」と疑っている。ともあれ、都市の外に連れ出せて良かった。エイフはクラフトやイフェと共に迷宮へ潜った。
カッシーは都市外の農家に預けた馬たちの担当となった。
最初は精霊たちが面倒を見ると言い張ったので森に隠していた。彼等は新しい友達が出来たと喜んでいたが、すぐに馬を玩具にし始めた。ペルの尻尾を編んだり、プロケッラの背中で延々滑り台をしたり。それらが積み重なると、最初にペルが耐えられなくなった。
ペルが大好きなプロケッラは、ハパ経由でカッシーに不満を伝えた。
しかし、かといって精霊を排除しようとしても森の中だ。彼等は絶対やってくる。それならせめて人の目がある場所で匿っていようと、カッシーは近くの農家に頼み込んだ。
農家の厩には牛やロバしかいないが、家畜の世話に慣れた家だから扱いにも問題はない。
カッシーの交渉で、快く空いている厩を借りられることになった。その際、彼は冒険者ギルドのカードを示して「ペルアから来た冒険者で、近くの森で狩りをしている」と説明した。ニホン族であるとも、だ。
農家の人はニホン族が何かは知らなかったようだけれど「よその国から来たニホン族の冒険者」とは覚えてくれたらしい。これで接収を免れる。
さすがに役人たちも都市の外に出てまで馬を探す余裕はないだろうし、「ニホン」と名の付く人間の持ち物に手を出すほど愚かではない。
カッシーは朝か晩のどちらかに農家まで様子を見に行くことにした。都市の外に出てしまえば、ハパが運んでくれるらしい。
クリスもククリに転移を頼もうかと悩んだが――なにしろペルとは数日会ってない――プルピのみならず、皆に反対されて諦めた。
理由は簡単だ。
この大事な時に、ククリが調子に乗って変なところへ飛んだら「捜すのが大変」だからだ。最近のククリは聞き分けがいいし、プルピも転移させられていないので大丈夫だと思うのだが、クリスは素直に皆の意見を受け入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます