272 地下シェルター
地下シェルターの構造自体は簡単だ。複雑な形にする必要もなく、物理的な攻撃に耐えられるよう分厚い壁であればいい。クリスが作ればもれなく結界も付いてくる。
元々、過去に大きな都市が据えられたような土地だ。地盤もしっかりしている。
逆に言えば掘るのは難しい。トライアスも「自分のような専門スキル持ちがいるといないでは全然違う」と話していた。
地下を掘るのなら、掘削や土木といった建設関係のスキル持ちが補助に要っただろう。本来なら多くの技術者が集まって作業を行うものだ。
しかし、クリスの家つくりスキルはそれらを網羅していた。
「なんて速さだ。それに、掘った土がどんどん固まって、あれは一体……」
「上級の隧道士スキルを持っているのか? あんなに速いなんて」
「固定か圧縮スキルもあるんじゃないのか」
「いや、それだとスキルが多すぎる。おかしい」
「一体どうなっているんだ」
「まあまあ、皆さん。お静かに願いします。彼女の集中力が切れたら、仕事の邪魔をしたとみなしますよ」
「イフェさん、彼等は冒険者ではありません。あまり脅かさないでくださいな。わたしからも注意しておきますから」
「厳重注意でお願いしますね、ニコラさん」
クリスは集中していたが、いつもは遠くから聞こえるBGMのような人々の声もしっかりと把握できていた。冷静なままで集中が続いている。
さて、通常なら地下室を作る場合、最初に深く掘り起こしておくものだ。それから基礎を作り、下から積み上げていくのが普通の家の作り方だった。
今回のように後から設置する場合は崩落に注意しなければならない。また、本来なら矢板を打つなどして土砂の流入を防ぎながら基礎を仕上げる。元々の基礎は当初に作られていた上物を支える計算で作られていたから、再計算が必要となるのだ。
それら全てを家つくりスキルが教えてくれる。
だからといって、全てがスキル任せではない。クリスだって常から勉強している。名称が分からなければ脳裏に浮かんだとしても正しく使えない。自動で教えてくれる情報をきちんと受け取れるのも、クリスが勉強しているからこそだ。
「よし、固定。これでジャッキを外しても大丈夫だね」
少し進めば仮支えの魔鋼を入れ、基礎石を設置してジャッキを置く。これの繰り返しだ。少しずつ掘り進めては徐々にジャッキアップする。
狭い間隔でジャッキの柱が乱立するが、これは安全のためだ。作業するには少々邪魔に思うが、万が一にも上物の倒壊を招いてはならない。
本当ならクリス以外の人間は全て外に出したいぐらいだった。けれど、クリス自身が地下にいる。それもあって見学者は排除できなかった。クリスができたのはギルドの職員を含めた全員の「一時退避」だけだ。見学者には安全ヘルメットを被ってもらった。気休めでも何もしないよりマシだろう。
イフェは「強化スキルがあるからね」とにこにこ笑い、クリスから離れるつもりはないようだった。ニコラを含めた他の見学者は、先に作っていた管理人室に入ってもらっている。彼等はその中からクリスの作業を眺めていた。
この管理人室は地上で作った。クリスはコンテナ部屋と呼んでいる。木製の箱形を作ってから内装を仕上げ、外側に魔鋼板を貼った。この時、各面を繋ぎ合わせるのは溶接で行うつもりだった。ところが、固定や硬化といった魔法の力が働いた。勝手に家つくりスキルがカバーしてしまったのだ。結果、クリスの予想以上に頑丈なコンテナとなった。
このコンテナ部屋は冒険者ギルドの裏手にある練習場を借りて作った。その後、収納袋に入れて移動させる。収納袋はギルドが用意してくれた。資材運びにも使っている。
基礎石を配置し終えると、次に型枠を設置してから隙間にコンクリートを流す。このコンクリートは前世にあったものとは少し違う。セメントや砂は同じだが、スライム凝固剤を使うからだ。それにスキルを使うことで全体の強度が上がる。
しかし、いくらスキルが万能とはいえ、どこまで固めて硬化するのかは職人の経験による。また、スライム凝固剤という特殊な溶剤を使ったところで、一瞬でコンクリートが固まるものでもない。本来ならば。
クリスのスキルはそれらを覆した。まるで時間を早回ししたかのようにコンクリートが固まっていく。硬化をどこで止めるのかもクリスには分かった。
「よし」
ここだ、そう思った瞬間にコンクリートにかかっていた力が消える。一部の型枠を外して確認するも、問題ない。クリスは急いで全部の型枠を外していった。次はもう型枠は要らないのではないか。そんな気がした。
クリスはこの手順を
冒険者向け家テントを作った時と同じだ。二度目からのテント作りが異常に早くなった。きっと、管理人室として作ったコンテナ部屋も次は、あっという間に作れるだろう。
基礎も同じ。石積みが早かったように、土を掘るのが早かったように。魔鋼の扱いさえクリスには慣れた仕事となっている。
「中心の柱もオッケー。全部のジャッキを外しても、うん、オッケーだ」
壁を仕上げ、鉄筋を仕込んだ床にもコンクリートを流し込んで固める。大きな四角い部屋を仕切るものは、今はない。端にコンテナ部屋があるだけだ。そこが入り口となる。
空気孔は二ヶ所。入り口近くと反対側に作った。それは後で仕上げるとして、もう一ヶ所の脱出口をコンクリートで補強してから内装に取りかかる。壁を作り、通路と部屋を分けていく。
途中で一度だけ水を飲まされた。イフェが優しく背後から肩を叩き、そうっとコップを差し出してくる。慌てて受け取り飲み干した。大物の闘技場を作った時ほど、のめり込んではいない。まだ大丈夫。クリスは「ふう」と一息吐いて、残りに取りかかった。
部屋は全員が集まれるスペースの他に食事室と寝室、着替え室、トイレや洗面といった水回りがある。着替え室は男女の他に、授乳や乳幼児のおむつ交換専用の部屋を設ける。管理人室の横には指揮室と物資保管室を作った。近い方がいいだろう。
排水は、更に深い場所に穴を設けて処理する。水分と汚物を分ける専用の浄化槽が商人ギルドで取り扱われており、譲ってもらって設置した。汚物タンクには薬草ポットも設置したが、処理が追いつかなくなればスキルで土に還してもらう予定だ。
水分はそのまま地下に流す。水が足りなくなったら循環できるようパイプは仕込んである。汚水をそのまま使うのに抵抗はあるかもしれないが、クリスには「灰汁取り石」がまだあった。濾過して使ってほしい。
もっとも、足りなくなったとしても生活用水ぐらいだ。それなら循環水でも我慢できるはず。万が一を考えるのなら、飲料水として別に保管する分を最後まで使わず取っておけばいい。それなら子供だけが残ったとしても生きながらえる。
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「家つくりスキルで異世界を生き延びろ」の5巻が7月29日に発売します
最終巻となり、あれもこれもと詰め込んだせいか相変わらず分厚いです
(ギリギリだと思っていたらオーバーしてるみたいで…)
ここまで書き切れたのも応援してくださる皆様のおかげです
本当にありがとうございます♥
文倉先生の描くクリスたちをぜひご覧ください!
・家つくりスキルで異世界を生き延びろ 5
・ISBN-13 : 978-4047370845
・小鳥屋エム/イラストは文倉十先生
最終巻、お手に取っていただけますと幸いです
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