269 カロリンの強さと避難場所の話
冒険者ギルドにはクリスとイフェの他にイサが付いてくる。ククリはポケットだ。
プルピは精霊界に行ってしまった。高レベルのインクに耐えられる万年筆を作るには、どうしても必要な素材があるのだという。
ハパはカッシーの相棒として、この日も彼と一緒だ。地下遺跡側からトライアスと合流する。ハパの他に、アサルにいる精霊たちがニホン組の気配を探りつつ、かち合わないよう移動するらしい。
エイフとクラフトはクリス作の地図を持ってカウェア迷宮に向かった。
そしてカロリンは――。
「分かってるわよ、ちょっと浮かれてただけ。恋を夢見ただけなの」
「うん」
「でも、依頼は依頼だからちゃんと行ってきます。それとね、わたしだってプライドはあるわ。いくらタイプの男性に言い寄られたからって、大事なプロケッラやペルちゃんを取られたりしません」
「うん、分かってる」
カロリンは一人で落ち込んで、考え、立ち直った。
強い女性だけれど、それが少し悲しい。強くならざるを得なかった過去を想像してしまうからだ。
クリスは前世で恋人に言われたムカつく台詞を心の中から追い出した。何が「君は強い」だ。強いんじゃない。強くなるしかなかったのだ。
クリスは勢いよくカロリンに抱き着いた。
「クリス、どうしたの」
「カロリンはすごい、偉い、格好良い!」
「えぇ?」
「美人だし、努力してるし、頑張ってる!」
「やだ、クリスったら。どうしたのよ」
「でも頑張りすぎないで」
「クリス……」
「頼りないだろうけど、話なら聞けるから」
カロリンは抱き着いたクリスから少しだけ体を離し、顔を覗き込んできた。クリスも彼女の顔を見上げ、それから笑った。カロリンがとても綺麗な顔で微笑んでいたからだ。
「ありがとう、クリス」
「無理はしちゃダメだよ。それから、失敗はしてもいいの。失敗ありきで挑戦した方が気持ちは楽だもん。大丈夫、挽回はできる。だって、仲間がついてるんだから!」
「ええ、そうね。そうだったわね。大丈夫よ、わたしもタダでは転ばないわ。ちゃんと、やられた分はやり返すの」
カロリンも領主の言葉を本当には信じていなかったのだ。ただ、彼が騙すとも思っていなかった。
とはいえ、相手が「ちょっと利用してやろう」程度の心づもりでも、こちらにとってみれば「騙された」になる。特に恋心を利用したのはいただけない。
「ヴィーナには悪いけれど、わたしもやられっぱなしじゃ終われないわ。せいぜい、その分の情報はいただいてきますとも!」
「うん、頑張れ! あ、だけど、スパイと間違えられないようにね」
「いやぁね、そんな真似しないわよ。わたしたちに必要な情報を調べるだけよ。帝国やニホン組とは違うわ」
「そうだね」
「昨夜ね、皆が話し合っていたのも聞いていたわ。だから安心して。迷宮についてアシュトン様がどう考えているのか、帝国との交渉が上手くいっているのかいないのかを『さりげなく』調べるつもりよ」
そう言って、カロリンは晴れやかな笑顔で宿を出ていった。
見送るクリスの背後から、イフェが移動して横に立った。クリスが見上げると苦笑で呟く。
「女性というのは、本当に強いね」
「強くあろうとしているの。最初から強いんじゃないよ」
「ああ、そうなんだね……」
イフェはどこか遠くを見ながら、噛み締めるように答えた。
冒険者ギルドに、ニホン組らしき冒険者たちの姿はもうなかった。警戒しながら入ったクリスは肩透かしにあった。ちょうどニコラがいて「大丈夫よ」と教えてくれる。それでもどこで話が漏れるか分からない。だからだろう、ニコラはクリスを個室に案内した。
早速、依頼書を見せられる。
「期限は『できる限り早く』ですか」
「ニホン組の冒険者が来たのは聞いているわよね? 今朝、うちの冒険者の一人に首実検をさせて確認したわ。彼等は下っ端なんかじゃない。帝国上層部と繋がりのあるニホン組よ。残念ながら本来の目的は聞けていない。でも、カウェア迷宮を制覇すると宣言していたの。その後に何をするのか、想像に難くないわ」
「帝国が攻め入ってくるかもしれないと? 彼等がもし帝国側の傭兵だとしたら、ギルドは迷宮に入るのを止められたんじゃないですか?」
そうしたルールがあるはずだ。冒険者が傭兵、ないし兵士になるのなら冒険者の資格は停止になる。あるいは剥奪も有り得た。傭兵は専門職であり、兵士に至っては「その国の役人」となるからだ。冒険者という職業ではなくなる。
基本的に迷宮は、その土地の領主の管理下にある。中に入る許可は領主が出すものだ。大抵は冒険者ギルドに管理権を与えて運営させる。特例がないとは言わないが、普通は他国の兵士や雇われている傭兵に許可は与えられない。
「残念だけれど『冒険者』だったわ。わたしの看破スキルでそう出たの。でも、そんなもの、いくらでも誤魔化せるでしょう?」
「そうですね」
「相手は剣聖スキルの持ち主よ。『もしかしたら』だけで止めてしまったら、うちのギルドは潰されてしまう。後手に回るしかないのは忸怩たる思いよ。だけど、それが対策しないでいい理由にはならない」
「はい」
「せめて市民は守りたいの。アサルの上の人たちは旧市街にいて、避難場所が多いから呑気に構えていられるわ。けれど、こちらの通りには数が少ないの。特に冒険者には無理をさせているのに守ってあげられる場所がない。だからクリスさん、お願いします」
「分かりました。必要な資材は揃えてもらえるんですよね」
依頼書を見ながら確認すると、ニコラはしっかりと頷いた。
「ええ。他のギルドとも話し合って、互いに融通する仕組みはすでにできているわ」
「それなら話は早いです。じゃあ、手伝ってもらう人の選定と必要な資材を書いていきますね」
クリスはニコラと話し合いながら、冒険者ギルドが「こんな感じに」と出してきた手描きの設計図にダメ出しをした。
もちろん「こうした方がいい」と提案はする。しかし、何故ダメなのかといった説明は省いた。ニコラも求めなかった。彼女は最初からクリスを信頼してくれていた。
家つくりスキルを信じているのだ。
「常駐管理者が住む家、として作ります。管理者用の部屋はどのみち必要ですから。それと、空気孔は埋められても大丈夫なようにカモフラージュを含めて幾つか用意しましょう。もしくは高くてもいいなら、酸素を供給する魔道具を設置するのもアリですね。魔法ギルドや商人ギルドが、地下遺跡用に確保していませんか?」
「あるはずよ。新発見された遺跡の調査用に仕入れると、以前の会合で聞いたわ」
「ではそれも使いましょう。あと、近くに水源がないので井戸が欲しいとありますが、これはなくても大丈夫です」
「でも、人数分の水を確保するのは難しいのではないかしら」
「大丈夫、こっちには『灰汁取り石』があります。雨水を溜めましょう。生活用水に関しては循環式で使い回します。足りなくなっても、飲み水に関しては水スキル持ちがいるでしょうしね」
水スキルは下級になる。持っている人々の割合が多い。仮に持っている人がいなくとも、紋様紙を用意していればいいことだ。一度しか使えない紋様紙を使うのは勿体ない気もするが、そこは給水タンクを大きめに作って納得するしかない。
クリスは他にも気になる点を次々あげ、ニコラは速記で指示書を作成した。
クリスも設計図を仕上げる。イフェは時折、冒険者としての立場でアドバイスをくれ、他の職員も交えた地下シェルター作りの話は進んだ。
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