268 クラフト組の情報と新たな依頼




 ニホン組は「迷宮に入る」という理由で冒険者ギルドに来ていたようだ。移動届も出したらしい。ギルドは相手が冒険者である以上、それを断れない。

 カウェア迷宮は冒険者を投入して魔物の氾濫スタンピードに備えている。そこにランクの高い白金級の冒険者が来た。たとえ相手が帝国にいた冒険者だろうと、進んで依頼を受けると言っているのだから受け入れるしかない。


 これらの情報はクラフトとイフェが集めてくれた。彼等が言うには、他に帝国人らしき姿もあったという。


「ギルドからの伝言があるんだ」

「わたしたちのパーティーに?」

「クリスにだよ。昇級の面接で、家つくりスキルについて詳しく説明したんだったね。ニコラさんが上司を説得して、君に依頼を出すと決めたようだよ」


 ということはつまり、家を作る依頼だ。クリスは知らず、笑顔になった。ところが――。


「ギルドの地下倉庫から入れる、大規模な避難場所を作ってほしいそうだ」

「避難場所?」

「帝国で活動していたニホン組が来たんだ。いよいよ危ないと焦っている。ギルドの上層部は領主様と足並みを揃えるつもりでいたけれど、なかなか許可が下りないらしいね。もう待てないと話していたよ」

「領主様が避難場所の設置にゴーサインを出さなかったってこと?」

「そうらしい。上の言い分は『下手に動いては相手を刺激しかねない。戦争時期を早めるのではないか』だそうだよ」

「何よ、それ」

「ニコラ嬢も憤っていたよ。旧市街に住む人たちに対してだろうけど『避難場所にもなる遺跡があるから彼等は危機感が薄い』とね」


 旧市街には天然の地下シェルターに通じる道がある。地盤も頑丈だ。いざとなれば地下遺跡へ逃げられる。経路も熟知しているだろう。


「なるほどね。分かった。避難場所、つまり地下シェルターか。作れると思う。人がそこで過ごすのだもの。家と同じように安心して住めないとね」

「クリスは依頼を引き受けるんだね?」

「もちろん。だって、たぶん、それはわたしにしかできない仕事だよ」


 他にも建築スキルや、それこそトライアスのような隧道士スキル持ちがいれば作れないことはないだろう。大工スキル持ちなど、多くの人が力を合わせれば地下シェルターは作れる。しかし、一気に作れるのはクリスの家つくりスキルだ。


「だって、急ぎだよね」


 クラフトが「できるだけ早く」と答える。その後をイフェが継いだ。


「それと、ここのギルドはニホン組を脅威に思っているようだった。昔から帝国に脅かされている地域だから、当然だろうね。最近では、帝国に多くのニホン組が肩入れしているという情報も入ってきて、ギルドからすれば受け入れがたいようだ」

「良かった、ニホン組を信じすぎる冒険者ギルドもあるから」

「そう。だからね、君の地図は『あえて』渡さなかった」


 イフェが微笑む。クラフトは真面目な顔で頷いた。


「ニホン組が迷宮に入って何をするのか不明だし、帝国人らしき姿もあった。とてもではないが、こんな貴重な情報は渡せない。ギルドも一枚岩じゃないからね。現にペルア国の本部はニホン族にほとんど支配されているそうじゃないか。帝国にあるギルド本部もだ」

「ニコラ嬢に地図を見せはしたけれど『まだ途中だから依頼は達成できていない』と持ち帰ってきたんだよ」

「二人とも……」


 危ない橋を渡る。クリスが眉を顰めれば、イケオジ二人は微笑んだ。


「強引なやり口を嫌う冒険者は多い。わたしたちもだ。むろん、クリスに世話になったから恩返しをしたいという気持ちもある。エイフ殿ほど役には立たないだろうが、できる限りの手助けをしたい。任せてくれるかい?」

「はい。えっと、お願いします」


 照れていると、話を聞いていたエイフが複雑な表情で割り込んできた。


「助けてくれるのは有り難いが、ちゃんと依頼料がもらえるように仕事はしておいてくれ」

「もちろん。迷宮の魔物狩りは引き続き受けるつもりだ。それに我々上級冒険者は強制依頼扱いで、その分の色は付けてもらっているからね」


 最後はクリスに向かってだ。にこりと微笑む姿がイケメンである。元々好みのため、ついつい顔がにやけてしまう。それを見たエイフが苦虫をかみ潰したような顔になる。


「エイフ、オカンの顔になってるよ」

「……っ、子供がからかうんじゃない。いいか、カロリンの件でカッシーが神経過敏になっているんだ。お前まで変なことになるなよ」

「はいはい。もう、本当にオカンだよ」

「あの、クリス? オカンっていうのは結局どういう意味なんだい?」

「あ、クラフトさんは気にしないで。ニホン族の言葉なの。覚えちゃうと咄嗟に出ちゃうから、同族だって思われるよ。危険なので禁止ね」

「あ、ああ、分かった」


 クラフトは困った様子で了承し、イフェは苦笑で頷いた。


「とにかく、わたしのやることが決まったね。まず、地下シェルターを作る。それから超上級の紋様紙を描くためのインクを準備する!」


 さしあたり、作業できるのは精霊界で摘み取った小花の乾燥作業だった。これは帰ってすぐ、寝室に場所を作って始めている。紋様紙を使ってもいいけれど、プルピによれば一晩で乾燥できるというから放置した。


「俺は目立つから迷宮に潜る。クラフト、一緒に来てくれるか?」

「もちろん」

「よし、お前がいるなら心強い。奴等より先に十階層を目指すぞ」

「わたしは?」

「イフェはクリスに付いててくれ。カッシーはダメだ。顔を知られている。相手は厄介な呪術師スキル持ちだ。精霊がいるとはいえ、回避した方がいいだろう。カッシーはトライアスと合流して横穴を塞ぐ手伝いを頼みたい。いいか?」

「うん、僕もその方がいい。スキル上げにもなるしね」


 幸い、パーティーメンバーの登録をしているので彼自身が依頼を受ける必要はない。

 カロリンやクリスのように個人で依頼を受ける場合は一時的にパーティーを抜けている状態だ。エイフたちが得た成果の恩恵は受けられない。


「みんな気を付けてね。急先鋒のメンバーがいるなら危険だから」

「ああ。こっちにはクリスの地図があるんだ。出し抜いてやるさ」

「もう……」


 やる気になったエイフを見てクリスは呆れた。クラフトにストッパーをお願いしようと視線を向ければ「大丈夫」だと視線で返される。エイフみたいな冒険者にはクラフトのような真面目なタイプが相棒としては合いそうだ。

 クリスは今度はイフェに向いた。


「エイフ殿から、君の取り扱いは聞いているよ。任せてくれるかい」

「取り扱い?」

「『クリスがスキルを発動すると集中しすぎて周りが見えなくなる。とても危ない。だから赤ん坊を育てるように見ていてやらないとダメなんだ』。そう言ってたよ?」

「う~、反論できない~」

「ははは」


 こんな風に居間で騒いでいるというのに、カロリンは個室から出てこなかった。

 カッシーもクリス同様に気にしていたが、明日の段取りもある。エイフたちと話し合いながら気持ちを紛らわせていたようだ。


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