267 数奇な運命と情報交換と喧嘩




 プルピが自信満々に胸を張る。

 彼の頼もしさに、皆が「おおーっ」と声を上げた。ハパもだ。いつもなら何か一言二言余計なことを言いそうなのに。

 と、クリスが考えていたらハパがシートに降り立った。そして、やけに厳かな調子で告げる。


「かような時に無駄な話題が出る、ということはない。おぬしらがジェマという人間の縁で繋がったように、今この大変な時に飛び出た話が関係のないわけがない」

「なるほど、そうかもしれんな。俺も不可思議な巡り合わせや奇跡ってのを何度も経験してきている。数奇な運命を辿る魔女の話だって聞いているからな」


 エイフが答えれば、カッシーも続けた。


「僕も同じ。こんな広い世界で、前世を覚えてる僕らが出会ったんだよ? すごい奇跡だ」

「うん。となると、ハパの言う通り、後回しにしない方がいいね」

「ふむ。では、クリスよ。おぬしはインクを急ぎ作るのだ。プルピは――」

「爺が勝手に指図するでない。物づくりはわたしの範疇だ。わたしに任せてもらおう」


 胸を張ったプルピに、クリスは今度こそ拍手を送った。流れで全員が拍手することになり、ハパがちょっぴり悔しそうな様子だったのが面白い。

 更に、六階層まで行っていたクラフトとイフェが戻ってきて第一声に「どうして拍手を?」「何かの儀式?」と首を傾げていたのも何やら面白かった。






 冒険者ギルドへの報告はクラフトとイフェにお願いした。

 トライアスは、カッシーが護衛を頼んだ精霊組を連れて横穴から遺跡側に移動する。ニホン組がどう動くか分からないため、様子見だ。

 誰かが横穴を塞いだとしても、同じ遺跡内部に別の道が出来ているからいつでも戻れる。それより、迷宮から魔物が出てこないか見張る役目の方が大事だ。強い魔物が出た場合を想定し、クリスのテントを渡しておく。

 トライアス自身、危険なニホン組とは顔を合わせたくないと思っているし、クリスたちも彼が心配だった。そのための避難でもある。


 再度地上へ戻る際、セシルとも話をした。浅い階層の横穴は無害な小迷宮か、小さな遺跡の行き止まりに繋がっていたようだ。冒険者を使って、魔法系のスキルが使える者たちと結界を張るなどして対処するらしい。本格的に動くには、まだ人も魔道具も足りない状況だという。



 情報交換を済ませたクリスたちは宿に戻った。

 カロリンはもう帰ってきていて食事も済ませたようだ。クリスとエイフはレストランで食事を摂り、カッシーは精霊の分も合わせてテイクアウトで部屋に持っていった。カロリンと早く話をしたい、という気持ちもあったのだろう。

 ところが、部屋に戻ると二人とも離れて座っている。


「何かあったの?」

「カッシーがアシュトン様を悪く言うものだから喧嘩したの」

「えっ、なんで、どうして?」


 クリスがカッシーの方を見れば、拗ねた顔でソファに置いてあったクッションを抱き締めている。


「領主様がプロケッラを借りたいんだってさ! ペルちゃんもだよ? 一日金貨十枚は破格だからエイフさんに頼むって言うけどさ、それって戦争が始まるから徴発したいってことだろ」

「アシュトン様はヴィーナの竜馬に親代わりとして付けてあげたいと仰ったのよ」

「それ、本当に信じてる?」

「信じるわよ。だって契約書にそう書かれているはずだもの。一日だけのことよ」

「いくらでも誤魔化せる。そもそもさ、中身はともかく、外側が若いカロリンに後添えの話を持ちかけたんだよね?」

「ええーっ!」

「クリス、うるさいぞ。見ろ、イサが飛んでいったではないか」

「プルピは黙ってて。あと、ククリはポケットから出ない」

「あい」


 エイフは少し呆れた様子で別のソファに座った。お腹がいっぱいで動きたくないのか、ソファにだらりと寝転ぶ。


「持ちかけられたわけじゃない。『君のように素敵な女性とデートができたら、わたしも少しは若返って見えるだろうか』と言われたの」

「もっと質が悪いじゃん。お嬢様が懐いてるからとも言われたんだろ。完全に匂わせだよ」

「いいじゃないの。不倫になるわけじゃあるまいし」

「だからぁ、利用されてるかもしれないって言ってんの。僕よりカロリンの方が分かるでしょ」

「何がよ」

「恋愛経験豊富だろ。上級者じゃん」

「はん! 恋愛上級者なんかじゃないわよ」


 カロリンはぷいっと横を向き、数秒後に立ち上がった。膨れっ面のまま個室に向かう。その背中にカッシーが続ける。


「騙されてるってば!」

「うるさいわね、ほっといて!」


 バタンと音を立ててドアを閉める。一気にシンと静かになった。


 しばらくして、カッシーから「はぁぁぁ」と大きな溜息が聞こえてくる。クリスは立ったままだったのでエイフの向かいにあるソファにそうっと座った。エイフは我関せずといった顔だ。チラとクリスを見て、小さく首を振ったように見える。

 でも、クリスだって心配だ。カロリンだけでなくカッシーも。何故なら彼は落ち込んでいた。クッションに顔を埋めて悶えている。


「……喧嘩、珍しいね」

「うぅー」

「カロリンを心配してるって、本当はもっと優しく言いたかったんでしょう?」

「わっ、分かる? そうなんだよ、僕は心配してるんだ」

「うんうん」


 顔を上げたカッシーが早口で応じる。クリスは苦笑した。


「まあ、今のを聞いた限りじゃ、確かに心配だよね。まだ十代のうら若き女性をデートに誘う、そこそこの年齢のオヤジだもん。普通に考えたらまずいよね」

「そうなんだよ!」

「でも、カロリンの好みはイケオジでしょ。元々好きなタイプの人に誘われて、嬉しかったんじゃない?」

「う、そう、だよな。それは分かる」

「頭ごなしに叱られて、引けなくなってるだけじゃないかな。心配してるカッシーの気持ちはちゃんと伝わってると思う」


 カッシーはまたクッションに顔を押しつけた。


「あとね、恋愛経験豊富って言われて喜ぶ女の子、あんまりいないと思うな」

「ううう」

「人生経験はあってもさ、それと恋愛はまた違うよ。十人十色、それぞれに向き合って付き合うんだから、手探りなのは毎回じゃないかな」

「うん。……謝ってくる」

「あ、でも、もうちょっと後でね」


 カッシーはクッションに顔を埋めたまま頷いた。寄り添うようにハパが肩に乗る。

 ホッと一息ついたクリスに、エイフが小声で言った。


「クリスが冷静で良かったな」

「どういうこと?」

「いや、オヤジと付き合うと言われたらどうしようか、考えてたんだ。今のやり取りを聞いて思ったが、とても口では勝てん」

「……エイフのオカン!」

「待て、オカンというのは母親のことだろう?」

「いや、それこそ待ってだよ。エイフさん、突っ込むのそこじゃない。オカンが悪口になってることにまず突っ込もう?」

「やれやれ、こやつらは一時たりとも静かにできぬのか」

「爺、こっちへ来い。万年筆に必要な素材の件だ。こちらの方がよほど建設的な話ができるというもの」

「やれ、そうかもしれぬ」

「イサはククリを連れて部屋にな」

「ピルゥ」

「くく、や」

「寝なさい。寝ないと大きくなれない」

「……あい」


 クラフトとイフェが帰ってくるまで、三人と精霊たちの会話は混迷を極めた。


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