266 一旦撤退と魔女様の蒔く種




 カッシーが小声で言うには、他にもニホン組らしき男女がいたという。

 この世界の人の服装よりも派手な格好だったり、態度があまりに堂々としていたりすると怪しいのだとか。クリスもエイフも思い当たる節があって同時に頷いた。


「ナッキーはニホン組の中でも急先鋒の派閥に入っているんじゃないかって、思うんだ。ほら、行動がヤバいじゃん? 誰にも咎められない自信があるからだよ」

「そうだろうな。同族に呪いを掛けるような人間だ、似たような仲間がいると考えた方がいい。なら、奴等が出ていくまでギルドに戻るのは止めるか」

「わたしも顔を見られたくないし、止めとく」


 エイフも冒険者として有名な方だから顔を知られている可能性がある。彼もギルドに寄るのは止めた。とりあえず迷宮に引き返すとして、ギルドにはエイフの名で【通信】を送った。同じ都市内にいて紋様紙を使うのは少々勿体ない気もするが、迷宮の異変についての情報だ。仕方ない。

 が、クリスは後で経費に入れてもらおうと、咄嗟にメモを書いてエイフに渡した。通信の途中だったにも拘わらず、彼はちゃんと「緊急の情報だったので紋様紙を使った」と伝えてくれた。クリスが安堵していると、エイフとカッシーは「クリスのおかげで緊張感がなくなった」と笑う。クリスは喜んでいいのか怒っていいのかしばし悩んだ。



 地図情報は渡せないままだが、明日にでもギルドへ行けばいいだろう。その前にトライアスにもニホン組が来たという情報を伝える。


「うげぇぇ」

「分かる、分かるよ。すっごくよく分かる。わたしもだもん」

「三回も言った!」

「カッシーだって同じ気持ちだよね?」

「うん、僕もトライアスと同じ顔になる」


 三人で分かり合っていると、横穴の様子を見ていたエイフが戻ってきた。


「精霊たちの言う通り、地下遺跡に繋がっているな。だが、どこかは分からん」

「わたしが見てこようか? 家つくりスキルを発動させたら全体像が見えてくるよ。上には遺跡専門のセシルさんもいるし、教えてもらえるんじゃないかな」

「セシルが来てるのか?」


 トライアスが驚く。


「知り合いなの?」

「同じ学校に通っていたからな。俺はニコラの兄貴と仲が良くて、セシルは姉の方と仲が良かったんだったかな。友人とまではいかないけど、顔見知りだ」

「世間は狭いねえ」


 クリスがしみじみ呟くと、トライアスが「ぶはっ」と笑った。作業の手を止め、クリスに向く。


「お前さんと会った時に同じことを思ったよ。俺たち、婆さん繋がりだろ? すげぇよな」

「魔女様はあちこちに種を蒔いているんだね」

「ああ。飛び回って、俺たちのような弟子を作ってる。俺は魔法使いじゃないのにな。でも役目を与えられた。あの人にはそんな高尚な思いはないんだろうさ。使える奴を使う。けどまあ、自分が住む町を自分で守れるのは、いいんじゃねぇかなって思うよ」

「うん」

「婆さんが言ってたチビで鈍臭いガキも使える奴だろ? スキルもないのに紋様紙を描けるって褒めていたからな。そうだ、超上級レベルの紋様も描けるんだってな。俺には無理だった。他の弟子でも成功した奴はいねぇ。スキルなしでよ、婆さんの考えた、あのえげつない魔術文字を一言一句違えずに模様まで描けるのはお前さんだけだろ」

「うーん、どうかなあ。まだ一度も描いたことのない魔術紋だってあるもん」

「ああん? 婆さんは全部叩き込んだって言ってたぞ?」

「あ、うん、覚えはしたんだ。ただ全体を、まとめて描き切ったことがないの」


 クリスは頭を掻いた。いつの間にかエイフやカッシーが隣に来ている。トライアスも穴を埋めるための道具類を完全に置いてしまった。

 クリスは精霊たちも見守る中、理由を告げた。


「特殊なインクが必要なの。だましだまし使っていた『それなりのインク』も、もうない。魔女様は地力が高いからごり押しで描けるって言ってたけどね。わたしは元々の魔力が少ないし魔法使いでもない。だから専用の素材を集めてインクを作るしかないんだけど、あの魔法都市でも見付けられなくてね。希少なのか高価なのか、どっちもかな」


 トライアスが首を傾げた。


「そんな珍しい素材が要ったか?」

「うん。『光る皮』が必要だって、魔女様に渡された手書きのメモに書いてあったよ」

「はぁ? トリフィリの精油にドリュスの炭を混ぜるだろ。あとは浄水と、ワイバーンの鱗を三日三晩かけてじっくり燃やしたのを加えたらいいんじゃなかったか?」

「えっ、ワイバーン?」


 どうやらトライアスが聞いていた内容とクリスの認識が違うようだ。クリスは急いでポーチからメモ書きを取り出した。カッシーが地面にシートを広げてくれる。その上に全員が膝を突いた。


「ほら、ここに書いてあるでしょ」

「ほーん。こりゃ、婆さんの言い回しがおかしいんだ。光る皮は直訳にしてるな。ほれ、ここに汚ねぇ落書きがあるだろ。これな、引っかけにしてるんだわ。ようは暗号だ。待てよ……」


 トライアスは解き方を教えてくれながら、考え考え、答えを導き出した。


「ワイバーンの鱗、できれば竜の方がいいみたいだな。それが光るまで燃やせってことだ。光ったら粉々にして最高級のインクに交ぜる。ほー、ラメ入りインクになるのか。こっちには、ああ、やっぱりだ。専用の万年筆が必要だとよ。インクに耐えられるだけの万年筆で描かないと普通のじゃ負けちまう。そっちの方が手に入れるのは難しいじゃねぇか」


 腕を組んでウンウン頷くトライアスを前に、クリスとエイフは顔を見合わせた。


「竜の鱗、持ってる……」

「へぇっ、そりゃすごい。良かったじゃねぇか」

「でも、光るまで燃やすって意味が分からないよ」


 そこにプルピとハパが降りてきた。皆が丸くなっているところ、真ん中にふわふわと降りてくる。神秘的に見えるのか、カッシーが陶酔したような表情でいる。トライアスは精霊の姿がハッキリとは見えないらしく、カッシーの変な顔を見て怪訝そうだ。


「つい先日似たような話を我は聞いた」

「え、ハパさんが? どこで?」

「精霊界だ。クリスが木の枝だと言い張った精霊がいたろ。あれが、草原にあった小花の使い方を教えてくれたのだ」


 小花は乾燥させると精霊たちのおやつになり、更にそれを水に浸すと香り高く気持ちが良くなるそうだ。アロマだろうか。そして「乾燥した花を燃やすと光る」らしい。


「その火で炙れば他の素材も光るらしい。そのまま燃やし続けると炭になってしまうそうだが、竜の鱗なら強いであろう? 光ったまま残るのではないか」

「えっ?」


 全員が驚いてハパを見る。トライアスもうすらぼんやり光っている精霊が真ん中にいるのは分かっているから、同じように視線を向けた。

 エイフが翻訳してあげようとしたら、プルピが手を振った。トライアスの目が驚きで見開かれたので、精霊の姿が視えるようになったらしい。

 それを見て、プルピはふうと溜息を吐き、クリスに向いた。


「光る粉の交ざったインク、強い魔力を帯びた媒体に、耐えうる万年筆。わたし以外に誰が作れようか。そうは思わんか?」


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