265 弟子の苦労とギルドへ




 トライアスとのお喋りは続いたが、途中でカッシーが戻り、クラフトたちも合流して中断になった。

 魔物は多いけれど、地図通りに最短距離で進めば六階層へすぐにでも行けるという。


「横穴は俺が隧道士スキルで埋めて、定着させて固定する。ただ、横穴の先を調べてからだ。もし袋小路になってて、誰かがいたら助けないとダメだろ」


 ただ、その作業に時間がかかるのだという。というのも、トライアスは冒険者ではないからだ。横穴にいる間は干渉されないため魔物も襲ってこない。ある意味、安全地帯だ。ところが少しでも迷宮に入ると途端に魔物がやってくる。辺りを警戒しながらの作業は攻撃スキルを持たないトライアスには難しい。


 また、横穴のほとんどが遺跡に繋がっていたが、一度だけどこかのお屋敷の地下倉庫に出てしまったそうだ。横穴が完全に迷宮と同化してしまったら魔物が通り抜けてしまうし、放っておけばやがて迷宮化に繋がる。どこかの家が迷宮化するのだ。危険すぎる。


「どうしてギルドに応援を頼まなかったの?」

「婆さんがニホン組に知られるのは厄介だと言うからさ。ていうか、魔道具を転移させたのがニホン組の奴らしいからな」

「えっ」


 カッシーが驚いて椅子から立ち上がった。


「婆さんは昔、ニホン組のせいで散々な目に遭ったから奴等が嫌いなんだと。まあ、婆さんは嫌いな奴が多いけどな。帝国の皇族とか商業ギルドの長だろ、あとキラザの水利組合の奴等もだっけか」


 指折り数える姿を見て、クリスは何故か力が抜けた。カッシーもだ。緊張していた気持ちが消えていく。


「どうしたんだよ、あんた。カッシーって言ったっけ?」

「あー、実は僕、ニホン族なんだよね」

「うげっ」

「違う違う。あっちの奴等とは縁を切ってる。ていうか切りたい」

「なんだよ、そうだったのか。まあ、婆さんも『全員が悪いわけじゃない』とか言ってたしなぁ」


 悪い悪いと頭を下げる。トライアスに悪気はないし、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというタイプでもなさそうだ。クリスとカッシーはホッと胸を撫で下ろした。



 トライアスが一人でなんとかしようと奮闘していた理由にも納得がいった。

 クリスは彼に紋様紙を渡すことにした。横穴塞ぎ自体はスキル持ちで、かつ専門家の彼に任せた方がいい。それより、ニホン組が転移させたという魔道具をなんとかする方が先決だ。このまま放っておいたら、もっと横穴が増えるかもしれない。それに、都市にまで影響を及ぼすだろう。急ぐ必要があった。


 もちろんクリスたちだけでやる必要はない。最下層を目指すのに邪魔な魔物討伐は、他の冒険者にもやってもらう。


「ちょうど、発破を掛ける材料がここにあるだろ」


 と、エイフが指差したのはクラフトが手に持っていた地図だ。


「ああ、これだね」

「わたしたちも地図のおかげで迷わずに済んだよ。そうだ、我々は魔物の分布図を付けようか。冒険者にも得手不得手があるからね」

「だけどさ、それだと換金率の高い魔物ばっかり狙う奴も出てくるんじゃないかな」


 カッシーがもっともなことを言う。最後はエイフが締めた。


「ギルドに強制依頼として出してもらえばいい。迷宮で魔物の氾濫スタンピードが起こればただではすまない。俺が金級の立場で危険だと説明しよう。横穴についても情報が伝わっているんだ。トライアス一人で頑張る必要もないだろう」

「だけどよぉ、ニホン組に邪魔されないか?」

「今はいない。それに、俺たちが最初に十階層へ下りればいいことだ」


 頼もしいエイフの言葉に、トライアスは納得した。



 が、事はそう上手く運ばなかった。ギルドへの報告で地上に上がったクリスたちの目に、ニホン組の姿が飛び込んできたからだ。





 最初に気付いたのはカッシーだった。彼が震えながらクリスの袖を掴み、立ち止まった。クリスが振り返ると、頭の上にハパを乗せたままのカッシーが青い顔で固まっていた。


「どうしたの?」

「あいつがいる。あの、僕に呪いを掛けた――」


 クリスはハッとして、急いで物陰にカッシーを移動させた。先を歩いていたエイフは、慌てることなく自然な様子で回り道をしながら駆け付けてくる。

 クリスは内心で、クラフトとイフェをトライアスに付けてきて良かったと思った。特にクラフトは真面目な性格ゆえだろうが、エイフほど臨機応変に動けない気がする。クリスはクラフトを紳士で格好良いと思っているが、そこは冷静に見ていた。


「ニホン組がいたのか?」

「え、よく分かったね」

「カッシーが怯えるなんざ、他に理由がないだろ」

「そっか。あ、ハパがいない」

「ハパさんには隠れてもらった……。だって、あの子、マジでヤバいもん。ハパさんに何かあったら嫌だ」


 怖がりながらも即座に対処できたらしい。クリスはカッシーの腕を撫でた。頭を撫でるには身長が足りなかった。それを見ていたエイフが、ふと笑ってカッシーの頭に手を置く。


「よくやったじゃないか」

「うお、マジすか。エイフさんに『いいこいいこ』されるとか、カロリンに知られたら嫉妬されるな」


 照れているらしい。クリスは笑った。プルピとイサもクリスの両肩からカッシーを見上げて笑っているようだ。そして、上空にいたらしいハパが降りてきた。ふわふわと相変わらずダスターのようだ。

 皆が笑っているので寂しくなったのだろう。


「やれ、我は大丈夫だと言うておったろうに」

「だってぇ。あの子に呪われて精霊スキルが使えなくなったんだもん、怖いよ」

「ふん。さほどの相手か。イサやククリならいざしらず、我ほどになれば全く問題ないわ」

「おおー、ハパさん格好良い!」

「待て、爺。わたしとて問題ない。生まれたての精霊や妖精とは格が違うのだ」


 張り合うプルピを咄嗟に掴み、クリスはふわふわ飛んでいるハパを見上げた。めっ、と軽く叱るつもりの視線でだ。それなのに――。


「むぅ。クリスよ、可愛い顔をそのように歪めるでない」

「歪めてません!」

「……分かった、もう要らぬことは言わぬ」

「そう、良かった。プルピも静かにね?」

「……分かっておるわ。爺が黙ったのだ、わたしとて黙っている」

「ヤバい、怖い子がここにもいる」


 怖いと言ったけれど、カッシーの口調には笑いが込められていた。先ほどと打って変わって調子も戻ってきている。

 彼は深呼吸すると、また表情を変えた。真面目な顔で身を屈める。自然と釣られて、エイフとクリスも円陣を組むような格好で集まった。


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