264 弟子仲間
トライアスはクリスを見て大笑いした。
「婆さんの言ってた通り、チビッ子だなぁ、おい」
「はあ?」
「うはは。人相が悪いじゃねぇか。俺が聞いたのは『チビで鈍臭いガキだけど、誰よりも真面目だった』だぜ。旅に出て、揉まれちまったのかねぇ」
「旅に出たのを知ってるってことは、最近会ったの?」
クリスは冷静になった。トライアスも声を出して笑うのは止め、肩を竦めた。
「二月ほど前かな。突然やってきて、カウェア迷宮がおかしくなるって言い出した。でもジェマ婆さんは他に予定があるんだとよ。しかも『あたしが手を付けるほどの
「それで、あなたはこの異変に対処してるってわけ?」
「そうさ。まあ、トンネル屋の俺じゃなきゃ、難しいかもな。レベルの高い魔法使いでもいりゃ早く済むだろうがよ。けど、こんな、帝国との軋轢があるような危険な都市にまで来てもらえるかって話だ。端から期待はしてねぇ」
「……魔女様がやれば早かったんじゃないの? そう、頼まなかったの?」
「まだ、起こってない事象のために残ってくれってか。あの婆さんが、それを受けたと思うかい?」
「あー。受けないね。それに魔女様は、その力があると見込んだら手助けはしない人だ」
「だろ? さすがは俺と同じ弟子仲間だ」
トライアスが笑って手を差し出す。クリスはその手を、魔女様がよくやるようにポンと叩いたのだった。
エイフは心配するクラフトとイフェを周辺の魔物狩りに向かわせると、その場にテントを張って調理を始めた。
カッシーは精霊たちと横穴に入っていく。向こう側が遺跡だとトライアスに教えてもらい、確認に行ったのだ。
残った精霊はプルピとククリだけ。イサはクラフトたちに付いていった。彼いわく、連絡係兼癒やし係らしい。クラフトたちは荷物係だと思っているだろう。
「婆さんの弟子はあちこちにいるぜ。弟子って言っても、いろいろあるけどな。俺は隧道士っていう上級スキル持ちで、さっきも名乗ったがトンネル屋だ。この都市に生まれたもんだから、主に遺跡の管理をしている。たまに出稼ぎで余所の土地のトンネルも掘りに行くんだ。そこで婆さんに出会ったのさ。ちょうど博打で失敗しちまってな、仕事もなくて困っていたところを助けてもらったんだ」
「そういえば魔女様は賭け事もやってたなあ」
クリスの前でハッキリとは言わなかったが、書類整理をしていればなんとなく分かる。たまに届く荷物の中に手紙もあって、それを読んでは「ちっ、外れたか」と文句を言っていた。
「その時に紋様紙描きの手伝いをさせられたんだ。俺のスキルは他に『定着』と『固定』ってのがあってな。インクを定着させたり、固定したりする実験に付き合わされたのさ。いろいろやってれば、スキルも使い方次第だってのが分かってくる。おかげでアサルに戻ってから仕事にあぶれることがなくなった。応用力ってのは大事だよな」
「それは分かる。わたしも、紋様士スキルがあるわけじゃないけど、地道に描いて物になった口だよ」
家つくりスキルだってそうだ。ただ家を作るだけではない。今も迷宮の地図を手に、クラフトたちが周辺を見回っている。クリスがここを作ったわけではないのに、迷宮を家と見立てて全体像が浮かんだ、その結果が全体地図だ。もし最初から家しか作れないと思い込んでいたら、地図なんて描けなかっただろう。
「つっても、そのせいで婆さんに目を付けられてな。何かあれば、やれ仕事だなんだと投げてくる。今回も改変後に横穴ができただろ。あー、だから俺なのか、って思ったさ」
「魔女様はどんな事象が起こるかは知らなかったの?」
「大体は予想していたんじゃねぇのかな。予知能力はないが、予想はできる人だ。どこかで不穏な情報でも仕入れたんだろうよ。で、そこに弟子の一人が住んでいることを思い出した。ちょうどいいって考えたんじゃねぇか? まあ、多少は心配もしてくれたと思うぜ。あれで案外、情が深い」
「ああ、うん、それも分かる」
思い出して笑うと、トライアスも「くっくっく」と笑った。
「お前さんのこと、チビだなんだと文句を垂れてたけど『魔術紋を覚えるのが早くて集中力があった』とも褒めていたぜ。俺を引き合いに出すんだ。『お前は本当に集中力もなくて』ってな。婆さんがあんまりにも楽しそうに貶すから、俺も毒気を抜かれちまってよ」
「魔女様、無理してないかな?」
「しないだろ。お前さんも弟子なら分かってるだろうが、あの婆さんは聖女じゃねぇ。良いことをするために働くんじゃなくて、自分がやりたいことをやってるだけだ。だから帝国の戦争にだって介入しない」
弟子のいる町だから助けに来た、それだけだとトライアスは言う。そうかもしれない。でも、魔女様の不器用な優しさがクリスは好きだ。
「まあ、でも助かった。さすがに横穴を塞ぐのは大変だったんだ。同じ弟子仲間として手伝ってくれや」
「それはいいけど」
「原因は分かっているのか?」
エイフがようやく話に入ってきた。ずっと見守るように黙っていたのだ。彼はついでとばかりにお茶も差し出してきた。クリスはおろか、トライアスも当然のように受け取る。彼はごくりと飲むと、ふうっと大きく息を吐いた。
「……婆さんが言うには、誰かが魔道具を転移させたんじゃないか、って話だ」
「転移か」
「このカウェア迷宮は元々、婆さんの師匠の屋敷跡地らしいぜ。その息子だか娘が師匠の遺言状にあった『ジェマに委譲する』を守らずに貴族へ売り払っちまって、管理下に置けなくなったんだと」
クリスとエイフは顔を見合わせた。
トライアスは残りのお茶を飲み干し、悲しげな表情になった。
「そういうパターンは多いから『またか』って思っただけで何の対策も取ってなかったって言うんだからな。有り得ないだろ。しかもさ、前に別の弟子に聞いた話だけど、それと同じパターンで迷宮が出来たらしいんだぜ。そんな過去があったのに、ほったらかしにするのヤベーだろ」
「その迷宮ってどうなったの?」
「どっかの冒険者らが制覇したってよ。素材は惜しくないけど、その研究者の友人に貸していた本がなくなったのは惜しいって文句垂れてた」
クリスがエイフを見ると、お代わりのお茶を用意している。そしてトライアスのコップに入れながら、クリスをチラッと見た。
「どこかで聞いたような話だよね」
「そうだな」
「ていうか、魔女様の逸話があちこちにありすぎる!」
「ははっ。分かる。俺も通ってきた道だ。お前さん、旅をするなら俺より苦労するんじゃねぇか? しかも婆さんの弟子の中じゃ、割と優秀な方だ」
「えっ」
「あの婆さんが褒めるんだ、優秀だろ」
思わぬ言葉に、クリスは頬が赤くなるのを感じた。
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