261 カウェア迷宮に潜る
翌日からクリスもカウェア迷宮に潜った。
が、最初はエイフと別行動になった。メンバー登録した際に、ギルドから「地図作製も同時にできないか」と打診されたのだ。たった三日ではあったが、クリスのマッピングの出来が丁寧で良かったらしい。成果報酬なので描けずとも失敗にはならないのも有り難かった。当然、受けた。
クリスにはカッシーが付き添ってくれ、二人で低層階を歩き回った。
そして、クリスが二日で二階層分を描ききったことを知ると、ギルドの職員はおろか他の冒険者にも驚かれた。何故そこまで正確に素早く描けるのかと聞かれるが「たぶん、家つくりスキルのおかげ?」としか答えられなかった。
そう、クリスが迷宮に入った途端にスキルが常時発動したのだ。ナファルで、大きな街並みを「家」だと認識したせいか、なんとなく自分が進むべき道や家々の並びが理解できるという現象があった。あれと同じだ。
かといって、家を実際に作る時のような集中力も魔力も必要ない。常時発動型のスキルと同様に、少量の魔力が使われるだけだ。
しかも気配察知に似た能力も付随しており、魔物がやってくるのも分かる。おかげで同行したカッシーに「右から角ウサギ二匹」と指示も出せた。彼は弓を使って角ウサギを始末していった。
そんな感じで二人だけでも低層階を見て回れた。精霊がカッシーを気に入って、一緒にいてくれるのも良かった。彼等が自ら攻撃することはないが、危ない時には守ってくれるそうだ。低層階なので危険はないが、心配性のハパを中心に何度か突風を吹かせて魔物を蹴散らしてもらった。
三日目には三階層へ足を踏み入れた。低層階と違って草が生えている。石造りの迷路ではなくなり、一見すると草原や森ばかりに見える。それに地下だというのに明るかった。ほんのりと天井が光っているのだ。
この階層になると魔物の種類が増えるため、護衛としてクラフトが名乗りを上げた。が、クリスは断った。
「何故かな。さすがに弓スキルのような下級スキルだけでは難しいと思うよ。後方支援向きのスキルだよね、カッシー君」
「いや、呼び捨てでお願いしますって。あと、僕は確かに近接タイプじゃないけど、精霊スキルを持ってるんで」
「精霊は積極的に攻撃はしない。だよね?」
「クラフトさん。わたしだってそこそこ戦えるし、いざとなればテントがあるの。わたしのテントが結界の役目を果たすのは知っているでしょう?」
クリス作のテントが役立っている話は聞いている。クラフトは言葉に詰まった。
「あのね、そういう過保護は人をダメにすると思うなあ」
おずおずと指摘したら、クラフトはショックを受けたように後退った。イフェが苦笑してクラフトを掴む。「さ、もういいだろう?」と、慣れた様子で連れて行く。
クラフトは何度も振り返りながら、四階層への階段に向かった。その先に呆れ顔のエイフがいて、クラフトが近付くと何か言って頭を叩いていた。叩かれたクラフトがエイフの肩を叩き返す。そんなやり取りができるぐらい、彼等はこの数日で仲良くなったようだ。イフェが手を振るので、クリスも大きく手を振って見送った。
三階層のマッピングには二日かかった。
その間に一度だけ、テントへ逃げ込む事件があった。二色飛蝗が大量発生したのだ。大して強くはないけれど、なにしろ数が多い。クリスとカッシーは急いでテントに入った。テントは倒れることも破られることもなく中の人間を守ってくれた。
もしテントが耐えられそうになかったら、ククリに転移させてもらう予定だった。
このカウェア迷宮は探知系のスキルが効きづらいと聞いていたため、最初に検証していたのだ。カッシーの弓スキルや精霊スキルはちゃんと使えたし、クリスの家つくりスキルだって勝手に常時発動した。ついでなのでイサのスキルも使えるか実験したし、念のためククリにも転移を試してもらった。
結果は「ぴゅー、できゆ!」だ。いざという時にお願いね、とクリスは念押しした。
「すごいなぁ。このテント、マジで結界じゃん」
「だね」
「草も枯れる勢いの二色飛蝗の大移動だぜ。なのに全然平気なの、すごくない? ペグも打たれたまま残ってるし。クリスの家つくりスキルって最強だよね」
「えへへ」
クリスは全く傷付いていないテントを振り返り、感謝の気持ちで表面を撫でた。
その後もマッピングを続けながら三階層を進んだ。
もちろん、大移動してしまった二色飛蝗が戻ってくる前に対策はした。紋様紙の【成長促進】を使って草木を伸ばし、そこに【餅網】を仕掛けて一網打尽にしたのだ。最初から来ると分かっていれば網を張るのは簡単だった。ハパに頼んで上空から監視してもらい、大群を見付けたら次にイサが誘導する。誘い込んでしまえばこちらのもの。餅網にへばりついたところをサクサク倒していくだけだ。
取り逃した魔物はカッシーが矢を射って倒した。
ただ、迷宮に消える前に剥ぎ取り作業を行うのだが、これが大変だった。ピュリニー迷宮によく現れる七色飛蝗ほど大きくないが、それでも五十センチメートルほどある。これを集めて翅や触角を切り取っていくのは気持ち悪い。
クリスはひたすら「これは虫じゃない、魔物なんだから」と唱えて作業を続けた。ついでに、翅は高性能フィルターになって買い取り価格がいい。触角は討伐証明部位になる。しかも織工ギルドが高く買い取ってくれると聞いたことがあるので、それを楽しみに頑張った。
「解体してる暇もないし、残りはいいよね?」
「うん、僕も飛蝗の解体はしたくないや」
「イサに収納してもらうのも考えたけど――」
「ピャッ!」
「分かってるってば。体に触れてないと入れられないもんね。気持ち悪いから嫌なのは分かる。これを入れる袋もそんなにないし、そこまでして持ち帰りたいものじゃない」
「ピルゥ」
イサはホッとした様子でふらふらと地面に下りた。
「落ち着いたら休憩して、残りの地図を仕上げちゃおうか。で、四階層に下りて一旦上がろう」
エイフたちが先行して分かったことだが、四階層に下り立ってすぐのところに、地上へ一気に戻れる転移石があった。
鑑定スキル持ちの職員を同行させて確認したので間違いないそうだ。すでに使っている冒険者もいる。エイフたちもだ。職員が言うには、対応する魔石があれば四階層の転移石まで一気に潜るのも可能らしい。改変後はまだ見つかっておらず、冒険者たちが多く潜れば発見も早いだろうとのことだった。
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