262 迷宮の地図を作成、そして合流へ




 エイフたちは五階層で止まったままだ。

 できれば早めにクリスを連れて行きたいぐらいだと話していた。というのも、徐々に探知ができなくなっているからだ。視覚や音でしか周囲を判断できない。

 どうやら階層ごとの遮蔽ではなく区画ごとに分断されているようだ。ところが、四階層へ降りたクリスには「遮蔽」が感じられなかった。それで期待されている。


 カッシーも精霊のおかげなのか、スキルの効きが悪いということはなかった。とはいえ、精霊は気まぐれだ。常にいてくれる保証はない。今のところは必ず誰かが一緒にいるけれど、気儘なので自由にふらふら飛んでいく。それぞれの能力も違うことから「必ずこれができる」とはいかない。

 クリスだってマッピング作業をしながらだから、そうそうスピードは上げられない。それでもなんとか二日かけて四階層を制覇した。


 その頃になると冒険者が大勢入ってきた。迷宮は改変後に魔物が多くなる。だから彼等が来てくれてクリスたちは助かった。四階層では護衛がてら一緒に来てくれる冒険者もいたが、それでもきつかったのだ。すでにエイフのような金級冒険者らのパーティーがある程度の道筋を示していてくれても、だ。

 今後はクリスたちが五階層に入っている間に、半金級以下の冒険者らが四階層までの魔物を間引いてくれるだろう。落ち着くまでに時間はかかるけれど、魔物の氾濫スタンピードを起こさせないためにもここが踏ん張りどころだ。



 更に調査班も入るようになった。迷宮に横穴ができている件を調べるのだ。

 このチームには、手持ち無沙汰になったセシルも入っている。遺跡と繋がったら都市全体が脅かされる。そのため遺跡専門の学者として呼ばれた。いつぞやの護衛も一緒だった。


「クリスの地図は見やすい。立体地図も付けてくれているだろ。すげぇ助かる」

「ザカリーの言う通りだよ。遺跡調査の場合、空間の大きさを書き込むんだけど、調べるのが本当に大変なんだ。君は短期間にこれだけの情報を集めたのだから、すごいよ」

「えーと、スキルのおかげです」

「ああ、家つくりスキルね。初めて聞いたけれど凄まじい能力だよ。立体地図なんて、そうそう描けないよ。それに――」

「先生よ。そろそろ出発しねぇと。くっちゃべってないで班長を追ってってくれ」

「あっ、そうだった。じゃあね、クリス。そうだ、君は今日から五階層に入るんだってね。気を付けて」

「はい。じゃあ、そちらも気を付けてください」


 相変わらずのセシルを見送る。ちなみに、クリスたちは健脚なのもあって毎日のように宿に帰っている。それもそろそろ終わりだろうか。とうとう五階層に入った。



 五階層では周辺を探索し終えたエイフたちが待っていた。


「この階の端にも行ってみたが、今のところ横穴は見つかってない。と思うが、なにしろ俺たちは見落としが多いからな」

「申し訳ない。わたしの探査士スキルがこうも効かないとは」

「いや、クラフトを責めたわけじゃない」

「まあまあ。五階層は特に効きが悪い。わたしの飛行スキルも不安定だったからね」


 イフェが取りなす。三人はなんだかんだで仲良くなってきたようだ。特にクラフトがエイフに対して敬語を使わなくなっている。

 クリスはホッとしてカッシーと顔を見合わせた。イサも肩の上で「ピピ」と鳴く。


 精霊たちはここまで深い階層には滅多に来ないらしく、物珍しそうだ。何故かハパが引率者のように振る舞っている。それを呆れた様子で眺めているのがプルピだ。ククリは「力の温存」という適当な理由を付けて、クリスのポケットの中に押し込んでいる。


「クリスとカッシーはどうだ? スキルは発動できそうか」

「僕は精霊との会話ができてるから問題なさそう。治癒スキルはどうかな。後で試してみるよ。弓は物理系に近いスキルだから問題ないと思うけど、ちょっと魔物狩りついでにやってみるかな」

「じゃあ、わたしが護衛として一緒に行こうか」

「クラフトさんが来てくれるなら安心だ~」

「クリスはどうする?」


 エイフはすでにクリスのスキルが問題なく使えていると分かっているようだった。でも他のメンバーのために聞いたのだろう。


「わたしの家つくりスキルも使えそう。下りた途端になんとなく階の全体像が分かったし。今までと同じ感覚だね。んー、広さは四階層と変わらないかな。あと、端っこに横穴が二つある」

「あるのか」

「その一つに、何か違和感があるんだ。そこに行ってみたい」


 エイフが眉を顰める。


「違和感があるなら、俺が先に見てくる」

「んー、そういう危険な感じじゃないの。えっと、待って」


 クリスはテントを取りだして「安全地帯」を作り、中に入った。それを見た皆がハッとした顔になる。


「集中したいから、ごめん。待ってね。んーと」


 クリスはクッションの上に座り込んで目を瞑った。うっすらとした全体像が浮かぶ中、気になった箇所に焦点を当てる。

 やがて、くっきりとした立体の設計図が脳内に出来上がった。そう、設計図だ。迷宮は家。誰かの家だ。そう認識するや、あっという間に迷宮全体の設計図が出来た。


「紙、それとペンを――」

「分かった。これだな。画板はどこだ、ああ、イサも持っているのか。よし」


 今、クリスは家つくりスキルを発動していた。家を作るわけではないのに、自然と発動したのだ。その集中ぶりにエイフがすぐさま反応した。


「すごい、なんだ、あの速さ」

「物差しも何もないのに真っ直ぐな線が引けるとは……」

「すげーでしょ。あれがクリスの家つくりスキルなんだよ」

「ピルルル」


 背後のガヤガヤとした言葉を遠くに、クリスは一気に五階層の地図を描いた。更に続けて、六階層七階層と描いていく。


「ひぇ、あれって下の階じゃん」

「なるほど、クリスは迷宮を家と見立てたのだな」

「プルピさん、分かるの?」

「わたしを誰と思うておる」

「プルピ様っすね。クリスがよく言うから覚えちゃったな-」

「やれやれ、自ら敬称を付けろと命じておるのか? 情けない精霊だ」

「爺は黙っておれ」

「む、我を誰と思うておるのだ」

「ハパさん、そのくだりはさっきやったからね。あとクリスが集中してるんだから静かにしよ? ね?」

「うぬぅ」

「ハパさん、僕が前に言ったのを覚えてる? 真の英雄は最後に登場するものだって。最後の美味しいところ、持ってこ?」

「あい分かった」


 おかしな会話を耳に、クリスは十階層まである迷宮の全体像を描ききった。もちろん、横穴の場所についてもだ。



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