260 情報共有




 全員が戻ってきて食事を済ませると、それぞれの話を始める。

 報告会というよりは情報共有だ。すると、問題がそれぞれで繋がっていると分かった。


「クリスが言ったとおり、横穴の件、ヤバいかも。精霊たちに根気よく話を聞いたら、前からあったのは本当だけど『できては消える』なんて言うんだ」

「昨日カッシーが教えてくれたから、こっちも助かった。俺たちも死角を確認してみたが、ふっと横穴ができているんだ。あれには驚いた」

「巧妙に隠されている感じでしたね」


 エイフの言葉にクラフトが頷く。彼等も「いつの間にかそこにある」と思ったようだ。しかも突然できたのではない。意識して初めて「あった」ことに気付いた。


「迷宮改変どころじゃない。これは迷宮スタンピードの前兆だ」

「うん? 魔物の氾濫スタンピードじゃなくて?」

「違う。迷宮自体がおかしくなっている。増殖と呼ぶ奴もいるが、安定した状態でなければ氾濫が正しい」

「もしかして、徐々におかしくなっていたのかな?」

「さてな。迷宮が耐えきれなくなって改変が起こったのかもしれん。だが、どうにも治まっていない」

「考えられる原因って何だろう」


 クリスがエイフを見ると、彼は腕を組んで天井に視線をやった。クラフトとイフェは深刻そうな表情で、カッシーとカロリンも真剣な様子だ。


「……自然に発生したのか故意かは分からんが、魔力素が乱れているのは確かだろう」

「ヴィヴリオテカのように地下の魔力素の流れが変わった可能性もあるよね」


 魔法都市ヴィヴリオテカの地下には、大量の魔力素が流れていた。途中で噴出してしまった箇所を塞ぎ、地上へ計画的に流す設備を整えたのが魔女様だった。当時はそれで上手くいったが、経年劣化などの理由によってガタがきた。偶然にもその瞬間に出くわしたクリスが、魔女様の編み出した特別な魔術紋で蓋を直したのは記憶に新しい。


「アサルの地下に魔力素の流れがあるのかな」

「わたしたちが情報を集めた時には、そんな話はなかったが」

「地下遺跡や迷宮のある場所だ、もしそんな情報があれば俺たち余所者にも伝わるだろう。危険だからな。だが、ギルドでも話はなかった。となると別の要素か」


 自然発生の場合は「大型の魔物が迷宮核に干渉した」などが考えられる。ただし、迷宮核というのは入ろうと思っても入れるものではない。強力な結界で阻まれているからだ。それなりの強さがないと入れない。それに迷宮核は魔物を精神支配しているとも言われており、振り切れるほどの大物がいたなら噂になっているはずだ。

 エイフは、故意に誰かが何かしたと思っているようだった。クリスだけでなくクラフトたちもそれに気付いた。カッシーが震える。


「なんだか嫌な予感がするよね」

「わたしの方も慌ただしかったわ。午後はヴィーナを落ち着かせるのに大変だったのよ」

「お嬢様が?」

「アシュトン様が馬場に見学に来られたのだけれど、急遽『中止にしなさい』と命令したものだから拗ねてしまったの」

「ああ、ちょうどセシルさんの情報が伝わった時かな」

「でしょうね。あら、でも、そうだとしても調教訓練を止める必要はないわ」

「別件かもしれんな。ギルドも慌ただしかった。俺たちの報告も、もっと上の人間が聞き取り調査をしてもいいはずだ」

「あ、そう言えばセシルさんが『スパイが多く入り込んでるから、いよいよまずいかも』って話してたの。もしかして――」


 また皆が黙り込んだ。そこにプルピが飛んできて、テーブルの真ん中で浮遊した。


「まだ何とも分かっておらぬのだろう? なら、ここでうだうだ話していても無駄だ。それより不測の事態に備えておれ」

「そうだな。俺たちは資金稼ぎに迷宮へ潜る。金級冒険者には積極的に潜ってほしいと言われているしな。それに今の段階で都市を出ては赤字だ。だが、いざとなればナファルの時のように『出る』ぞ」

「うん。カッシーとカロリンもそれでいい?」

「僕はいいよ。それまでに情報集めで迷宮へ行ってみる。精霊とも仲良くなれるしね」

「わたしも引き続きヴィーナのお世話を頼まれているから、情報収集がてら領主様の邸宅にいるわ」

「家政スキルのレベルアップもできるね」

「ええ。ヴィーナに礼儀作法を教えつつ、領主宅の家政を学ぶわよ。やることは多いでしょうけれど、こういうスキルアップになる仕事は良いわね」


 クリスは少し、カロリンが羨ましくなった。クリスの依頼は今日で終わりだからだ。せっかく自分に合った仕事だと張り切っていたのに、すぐに終わってしまった。


「明日からどうしよ。ペルちゃんとプロケッラはカロリンが連れて行くんだよね?」

「ええ、どうせなら同じ馬場で運動させた方がいいでしょ」


 アシュトンが宿まで見に来るよりも、こちらから連れて行った方がいいだろうという話になったそうだ。もちろん、その案には主であるクリスもエイフも納得している。


「うーん、せっかく半金級に上がったんだから依頼をこなしたかったんだけど、備えを作っておくか」

「紋様紙か?」

「そう。だけど、結構、溜まってるしなー。やっぱり明日の朝もう一度依頼がないか見てみようっと」

「そうか。クリス、お前も迷宮に潜るか?」

「え、いいの? 足手まといじゃない?」

「スパイがいるという噂がある中、お前を一人で依頼に行かせる方が心配だ」

「あー、そっちかー」

「プルピやイサがいるから大丈夫だと思うがな」


 そこで「ククリがいるから」と言わないところがエイフらしい。

 話を聞いていたクラフトとイフェがクリスを見ている。どう答えるのかが気になるらしい。クリスは少し考え、頷いた。


「じゃ、行く。エイフ、明日ギルドに一緒に行ってくれる?」

「ああ。メンバー登録だな。クラフトとイフェは先に潜っていてくれ」

「いや、しかし」

「クラフト、いいじゃないか。一緒の方が安心するだろう」

「だが、迷宮だ」

「クリスはしっかりした子だよ。紋様紙だってあるんだ。わたしたちの誰よりも上手に操れる。しかも、怪力だ」


 ね、とイフェがウインクする。彼もクラフトに負けず劣らずイケオジタイプなので、クリスはちょっぴり赤くなった。怪力と言われたことは横に置いておく。

 ただ、それを見ていたエイフが苦い顔で「怪力はカロリンの方だ」と漏らした。父親気分らしいエイフが面白いやら可愛いやらで、クリスは大いに笑ったのだった。


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