259 呑気な先生とギルドの判断と注意
クリスは少し考え、荷物の中から
「【通信】の紋様紙があるけど、よければ売りましょうか?」
セシルとザカリーはまた目を丸くして、それから破顔したのだった。
ギルドへの報告が終わると、二人はその場で休ませてほしいと頼んできた。ここまで休みなく上がってきたらしい。遺跡調査の最奥まではザカリーの足でも丸一日かかるようだ。セシルは冒険者と違って一般的な体力しかない。睡眠を取りながら上がってきたため、今日が三日目だという。更にセシルを連れてギルドまで行く場合は、まだ一日かかるそうだから大変だ。
クリスが「ここから地上まで一時間かからない」と言えば、目を剥いて驚かれたぐらいで、ギルドまで入れても二時間で行けると聞いたらどんな顔をするだろうか。想像してクリスは笑った。
売りつけた紋様紙の代金に色を付けてもらったからではないが、クリスは二人のために食事を提供した。ついでにクッションシートも貸し出す。
これは奴隷都市ナファルで冒険者用のテントを作った時に考えたマットと同じだ。旅の間に幾つか作って、エイフたちにも渡している。迷宮内で休むのに使っていることだろう。
至れり尽くせりというほどではなかったが、休憩の場を提供しただけで二人はとても喜んだ。それで気が緩んだのか、二人は遺跡調査の話以外にも貴重な情報をポロリと漏らしてくれた。
「え、本当に帝国との戦争が始まるの?」
「最近、スパイが多いらしいからね。領主様も憂えてたよ。そう、だから、最初に君のことを警戒していたんだ」
「待って、そうだとしたら警戒心が足りないんじゃないかな」
クリスが呆れ顔でセシルを見ると、彼はのほほんとした顔で笑った。ザカリーは諦めているのかハハッと乾いた笑いだ。
「まあ、お前さんには妖精がいたろ。先生も俺も、妖精付きに悪い奴はいねぇって知ってるからさ」
なんでも以前、遺跡調査のメンバーに妖精持ちがいたそうだ。今は補給部隊の方に入っているらしい。
ともあれ、最初はスパイかもと警戒したそうだが、クリスのギルドカードや依頼書を見て安心したそうだ。ザカリーの金級冒険者としての人を見る目にも自信があったのだろう。そのザカリーが、補給部隊の冒険者から得た情報を教えてくれる。
「国境が異常に静かだそうだ。つい先月まではいざこざがあったんだぜ。おかしいだろ。それに地上じゃ観光客が増えたそうだ。この季節にだ」
「ああ、だから、わたしも面接されたのかな」
「うん?」
首を傾げるので、クリスは半金級に上がったばかりなのだと説明した。面接ではにこやかだったけれど「看破」スキルを使われたのだ。外からの人間を特に注意して視ていたのだろう。
「あー、ニコラか。でもすぐに終わったなら最初から疑ってはなかったんだぜ。あいつが疑ってたら半日はかかっちまう」
「そうなの? ていうか、ニコラさんと知り合いなんだ」
「まあな。お互い昔からアサルで働いてるもんで、馴染みって奴よ」
話していると、セシル宛に通信の連絡が入ったようだ。彼がビクリと硬直したのが分かる。通信魔法を一方的に受ける時の、素人にありがちな動きだ。思わずザカリーとクリスは顔を見合わせて笑った。
セシルは無言で何度か頷き、ふうと息を吐いた。
「領主様に連絡したら、一度全員戻ってこいと言われちゃったよ。その代わり、入れ替わりで冒険者を送り込めるよう手配したってさ。あーあ」
「仕方ねぇだろ、先生よ。あそこにゃ、素人が多いんだ。俺だって先生を守りながら迷宮の魔物と戦うのは厳しい」
迷宮と繋がった可能性を考慮し、領主が調査の中止を決めたのは良い判断だと思う。クリスの依頼もなくなるが仕方ない。
「クリスさん、そういうわけだから君も上がってくれる?」
「はい。それより、お二人はまた奥に戻るんですか」
「連絡を入れてくれたらしいから、途中で合流して戻ってくるよ。あ、そうだ。紋様紙を幾つか分けてくれないかな。さっきの紋様紙すごく良かったんだ」
「だったら、他にも見せてくれよ。本隊の方にいろいろ残してきてさ。心許ないんだ」
ザカリーにも頼まれ、クリスはほくほく顔で、急ぎ
セシルたちを見送ると、クリスは途中までだったマッピングを急いで続けた。
イサが呆れて「ピルゥ」と鳴くけれど、基本報酬にプラスして成果ごとの支払いが発生するのだ。せっかくここまで頑張ったのだから仕上げたい。
幸い、セシルもザカリーも戻ってきてクリスの撤退を確認することはなかった。彼等が地上に戻るなら、付いてこないクリスを気にしただろう。しかし、二人はメンバーの身を案じて元来た道を戻った。
ところが、ギルドにはバレてしまった。それはそうだ。通信で連絡を入れた際にクリスのことも話してあるのだから。クリスは「どうしてすぐに戻ってこないの」と、ニコラに叱られた。ただ、地図の出来については褒められたので良しとしよう。
クリスの仕事は一旦ここで終了となる。精算してもらうと、ぶらぶらと屋台を冷やかしながら宿に戻った。
夕飯時には早いから先に部屋へ向かうと、クリスより先にカッシーが帰っていた。
「あれ、どうしたの?」
「いやー、ちょっと問題が発生したようなしてないような」
「えぇ?」
カッシーはハパをもみもみしながら首を傾げている。自分でも考えがまとまっていないようだ。それなら皆が揃うのを待った方がいい。クリスは軟体動物みたいになったハパを横目に、ポケットからククリを取り出した。こちらもいい感じにくてっとなっている。
「ていうか、寝てるって分かっていてもドキッとするから、こういうの止めてほしいんだけど」
「どうしたのだ、クリス」
「プルピからも後で言っておいて。糸の手足が力なくだらんとしてたら怖いの」
「死にはせん。安心するがいい」
「ドキッとするの!」
「ピルゥ」
精霊は生を終える時はほとんどが世界樹に戻るという。それでも力なく横たわっていたら誰だって驚くはずだ。特にククリは蓑虫型だから、見た目で「つらい」のか「寝ているだけ」なのかが分からない。
「イサはいいね~。生きてるって感じがするもん」
「やれやれ。そろそろ精霊に慣れても良い頃だと思うのだがな」
「プルピさん、僕は慣れたよ!」
だからおいでと、カッシーが指をわきわきさせてプルピを呼ぶ。当のプルピは嫌そうな顔だ。
クリスが笑っていると寝ていたククリが起きた。むっくり起き上がり、宿に戻ったと知るや「くく、ぴゅー、ちた?」と寝ぼけた様子だ。
クリスは慌てて「してないし、しちゃダメなんだよ」と注意した。寝ている間に転移ができると思われたら、本当にやってしまう可能性がある。プルピも飛んできて「絶対ダメだぞ」と言い聞かせた。
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