258 脱線しがちな男たち




 現れたのは男性二人だった。


「あれ、やっぱり人がいたか」

「もしかして遺跡調査メンバーの方ですか」


 クリスが問いかけると、護衛らしき男性の後ろから人が出てきた。


「先生、前に出るなと言ってるだろう」

「いやぁ、だって、相手は女の子だよ。それに、この場所にいて画板を持っているのならマッピング作業のメンバーだろうし。そうだよね?」

「はい」

「あ、僕はセシル=オークレだよ」

「依頼人の方ですね。わたしはクリス、冒険者ギルドで依頼を受けました。半金級の冒険者です」


 セシルは目を丸くして護衛の男性を見上げた。セシルは平均的な人族の身長より少し低いぐらいだけれど、護衛が大きい。エイフと同じぐらいあるのではないだろうか。


「あの歳で半金級だって。すごいね!」

「いや、見た目で判断するのは早計でしょ。ていうか、お前の仲間はどこだ?」

「ザカリー、君の言い方はきついよ。相手は女の子なんだから、もう少し優しい言い方ができないかな」

「……俺がこんななのはあんたも分かってるでしょうが」


 二人が仲間同士の会話をするので、邪魔していいのか迷うところだ。しかし、クリスも仕事中である。ゴホンと咳払いで話の途中だと教えてあげた。


「おっと、悪い」

「いいえ。わたしの仲間は、この妖精です。他に人間はいません」


 精霊はいるが、どうやら彼等には視えていないようだったから黙っておく。


「なんだと?」

「だから、きついって。ザカリー、女の子相手にそういう護衛の仕方はしないでくれないか」

「先生、前から言ってるだろ。見た目に惑わされるな」


 クリスは半眼になった。腰に手を置いて、ちょっと態度の悪い格好をしてみせる。


「あなたたちが遺跡調査のメンバーなのは分かりました。でも見ての通り、わたしは仕事の途中なんです。用事がないなら続きをやりたいんですけど? 何か問題があって戻ってきたって話なら、こんな雑談してる暇ないですよね」

「おお、そりゃそうだ」

「そうだった! 急ごう。あっ、じゃなくてさ。君、本当に一人?」

「そうですけど?」


 この区画に入るには専用の鍵が必要だ。無関係の人間でも入ろうと思えば入れるのかもしれないが、少なくとも今のクリスのように堂々と荷物を広げて作業はしないだろう。ただ、疑う気持ちも分かる。クリスはさっさと依頼書を取りだした。ついでに冒険者ギルドカードも提示する。

 ちなみに警戒は解いた。というのも、プルピやイサが何も言わないからだ。


「ほら、これで納得してもらえました?」

「マジで半金級じゃねぇか」

「あ、この依頼書、本物だ。僕の出した依頼を受けてくれてありがとうねぇ」

「それで、あなたたちは本物なの?」

「うおっと、そりゃそうだ。女の子からすりゃ、俺たちの方がヤバい奴じゃねぇか」

「あっ、そうだね。じゃなくてさ、その前に彼女にも教えておいた方がいいんじゃない?」

「このへんは大丈夫だろ。むしろ、入り口近くの安全なここらへんをマッピングしてもらった方がいい」

「だけど、一人で作業してるんだよ?」

「あの!」


 クリスは腰に手を当て、二人を下から睨み付けた。イサが肩の上で「ピルゥ」と鳴いた後に飛んでいく。この後クリスが何を言おうとしているのかが分かったからだろう。

 男二人はビクッと体を震わせ、おずおず見下ろした。それを待って、クリスはまた睨む。


「匂わせるぐらいなら、ちゃっちゃと話して。気になるでしょ」

「いや、ええと」

「あなたたちの話しぶりじゃ、危険なことがあったように思うのだけど? 情報共有は大事だよ。そっちの護衛のおじさんも冒険者なら、危機管理講習ぐらい受けたよね?」

「うぉ、っとぉ……。ていうか、おじさんは止めてくれよ」

「十三歳のわたしからしたら二人ともおじさんだよ。名乗ってもくれないんだからね」

「す、すまん。俺はザカリーだ。実は、調査中に気になるものを見付けてな。先生、話すぞ?」

「あ、うん。ていうか、君、本当にしっかりしてるねぇ」

「先生がのほほんとしすぎなんだよ。まあ、見た目より歳がいってて俺も驚いたけどよ」


 この二人はすぐに話が脱線する。クリスはこれからの会話の主導権を早々に握ろうと心に決めた。



 その結果、分かったのはどこかで聞いたような話だった。


「つまり、最深部に到達したのはいいけれど、気付いたら横穴ができていた?」


 クリスが知っている情報では、それは迷宮で起きた話だ。しかも浅い場所だったという。あちらは迷宮、こちらは遺跡。同じかどうかは別として、地下に起こった話である。とても危険だ。


「いつの間にかできていたんだよ。しかも、探査士スキル持ちの僕や、察知スキル持ちのザカリーが気付かないうちにね」

「いきなり現れたんじゃないぞ。その場所をジッと見つめていたら、元からあったものだと頭がじわじわ理解し始めるんだ。あの感覚、気持ち悪いってもんじゃない」

「その現象、他にもあるかもしれないね。だったらすぐに報告すべきだよ。通信用の魔道具は持っていなかったの?」


 クリスの問いにセシルが目を逸らした。ザカリーは呆れ顔でセシルを見ている。


「最初の頃に先生が落としちまってよ。まあ、緊急事態なんて滅多に起こらないだろうと放置していたんだ。一週間に一度は補給チームが来るしさ」

「呆れた」

「つっても、あれは高いんだぜ。たかが遺跡調査のために買い直せるかって話だろ」

「硬胡桃の核を使った魔道具だよね? 学者先生なら買えると思うんだけど」


 予備ぐらい買えそうだ。そもそも、落として壊したなら直せばいい。


「いやぁ、予算をこっちに注ぎ込みすぎてさ。あはは……」

「それに、硬胡桃の魔物は滅多に出てこないんだぜ」

「えっ、こっちの迷宮には硬胡桃が少ないの?」


 クリスが以前いた迷宮都市ガレルでは硬胡桃が流通していた。ヤドカリみたいな見た目の魔物で、核を割って使う。片方をギルドに預けておくと、ギルドはおろか、そこを中継して他の地へも通信ができるのだ。もちろん声を出す届けるといった魔術紋を組み込み、魔道具に仕立てる必要はある。

 エイフは持っていないが、彼は魔道具との相性が悪いからだ。紋様紙との相性も悪い。魔力を乗せて発動させる仕組みに弱いとも言える。


 それはともかく、遺跡調査のような仕事では陥没事故を想定して持っていた方がいい魔道具ナンバーワンではないだろうか。それに、メンバーの多くを残して二人だけで連絡のために戻ってきたという呑気さにもクリスは驚く。


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