257 カロリンの好みと地図作成の続き
可愛がられすぎて少々甘やかされているが、それもまたカロリンからすれば可愛いのだそうだ。
クリスは嬉しそうな彼女の様子に自然と笑顔になった。きっとクリスが思う以上に良い出会いだったのだろう。と、思って話を聞いていたら少々違った。
女子中学生みたいな爽やかな笑顔だったのに、カロリンは急ににんまりと妖しく笑った。
「んふ。実はね、領主様がとっても素敵なのよぅ~」
くねくねするので、同じ部屋にいるエイフたちがこちらを向いた。男四人が怪訝そうに見るからクリスはいたたまれない。慌てて「なんでもない」と手を振った。
カッシーは呆れ顔だ。彼は付き合いが長いので、カロリンが何故こうなっているのか察しているのだろう。残りの男たちに「それでさ」と話し掛けて意識を逸らせている。
クリスはキャーと騒ぐカロリンに溜息を吐きながら、相槌を打った。
「うんうん、筋肉がすごかったのね」
「そうなのよ~。エイフの野性味溢れる筋肉もいいわよ? でも、正式な剣術を習ったノーブルな体格も素敵だわ。分かるかしらね、全体に満遍なく付いていない筋肉の歪さが」
「あー、ごめんね。わたし、そこに魅力は感じないんだ」
「あらぁ」
「あと、見た目だって大事な要素かもしれないけど、やっぱり話してみて合うかどうかじゃない?」
「そう、それよ!」
話が長くなりそうな気がして、クリスはテーブルの端に寄せた道具類をそっと隣の椅子に避難させた。ついでにカロリンが用意した小さなチョコレートを摘む。お皿の趣味といい、カロリンは本当に女の子らしい女の子だ。ただ、たまに「ぐへへ」と変な笑い方で好みの男性について語る。今も締まりのない顔でニヤけていた。
「意外と話が合うのよ。しかも、イケオジよ。最高だわ」
「だけど、マルヴィナちゃんのお父さんなんでしょう?」
浮かれているところ申し訳ないが、クリスは冷静になってほしくて当たり前の話を持ち出した。カロリンは「もちろん、分かっているわよ」と答える。
「奥さんとは十年ほど前に別れているそうよ。ヴィーナは今、十二歳。一番上の子が二十歳だったかしら。もう嫁いでいるらしいわ」
「ねえ、今日は何の面接に行ったの?」
呆れてそう返すと、カロリンがウインクする。そして「わたしを誰だと思っていて?」と胸を張る。それがまた嫌味でもなんでもなく、似合っていて彼女らしい。クリスは苦笑した。
「それで? デートの約束まで取り付けられたの?」
「ええ」
「えっ、ホントの話?」
「もちろんよ。といっても、ヴィーナと一緒によ。彼女がとても懐いてくれてね。初日だったけれど、少しだけ馬場で走らせたの。その時にいろいろお話をしてね」
そこは真面目にマルヴィナと話をしたようだ。
「仕事があるからと途中で抜けられたアシュトン様がまた戻ってこられてね。『ヴィーナとこれほど仲良くなれた女性は初めてだ』なんて驚かれたの。それで、種明かしをしたのよ。ヴィーナに『この子と同じ竜馬系統馬と旅をしてきた』と話したからだってね」
すると、領主のアシュトンも興味を持ったらしい。明後日、時間を作るからぜひ見せてほしいと言ってきたようだ。しかし、自分よりも竜馬に興味を持った父親に拗ねたのか、マルヴィナが間に入った。
「『わたくしも一緒にデートがしたいですわ』ですって。うふふ。可愛らしいでしょ?」
「へぇ、じゃあ排除しようとしたんじゃなくて、一緒にって思ったんだ」
「ね。とっても素直で良い子だわ」
カロリンは微笑んだまま、黙ってクリスを見た。そして、ほんの少し首を傾げる。
「あなたもとても良い子よ」
「どうしたの?」
「ううん。ちゃんと言っておこうと思ったの」
「いつも言ってもらってます。ヴィーナちゃんに拗ねてもないよ。もちろん、仕事にデートに頑張ってるカロリンにもね!」
「あら!」
カリロンは嬉しそうに笑った。
クリスは翌日もアッカス遺跡に潜った。
イサの収納が使えるのが大変有り難い。なんやかやと地味に荷物はあるのにクリスの収納ポーチはもう限界だった。大きな背負い袋を担いでいると人目に付くので、ちょっと恥ずかしかったのだ。
かといって何も持っていないのもおかしいから、通常サイズの背負い袋は持っていく。イサには食事やテントといった重い荷物を運んでもらった。トイレ用のテントも持って行けるのがクリスにとって一番嬉しい。
「トイレポットを持ち歩くのはまだしも、目隠しシートを毎回張るのが面倒だったんだよね」
「ピピ」
「テントだと最初から組み立てておいて出し入れすればいいだけだし、本当にイサ様々です」
「ピピピ、ピピピピピ。ピルゥ」
トイレの話ばかりするんじゃないと怒られる。でも女子にとっては切実な話だ。それにイサは鳥型妖精だから「まあいいかな」と、ついつい女子の話題を振ってしまう。
そもそも、今日もクリスの周りには人間がいない。気楽なものだ。
そう思って、危機感もなくマッピング作業を続けていたのだが――。
クリスは違和感を覚えて顔を上げた。同時にプルピも戻ってくる。
「ねえ、誰かいる?」
「奥から人間が移動してきているようだ」
「ピッ?」
「ぴゅー、ちゅる?」
「いかんぞ」
「ククリはステイ。黙ってようね」
「あい!」
誰も危険だなんて言っていないのに、こういう時だけ即「転移するか」と聞いてくるククリに皆が慌てる。
クリスはククリを急いで掴むとポケットに放り込んだ。ポケットの中から「ぷー、いきゃん」と声が聞こえてくる。物真似らしい。
「ククリってば、まだプルピのことを『ぷー』って言ってるんだね」
「そうだな」
「ハパのことは『じー』なのにね」
「……エイフよりはマシなのではないか?」
「ああ、まあ、うん」
ククリはエイフを「ちゅの」と呼んでいる。彼の角が好きで、リスペクトゆえだ。
ただ、エイフ本人はちょっぴり気にしている。他の人は名前で呼ばれているのに何故と思うのだろう。それが面白いやら可哀想やらで、クリスは時々「エイフだよ」と教えているのだがククリは「や」と断る。
「可愛いから、いっか~」
「おぬしがそうであるから、ククリは我が儘なのだ」
「まあまあ。あ、そろそろ現れるよ」
方向からして遺跡調査で先を進んでいるメンバーの誰かが戻ってきたのだろう。それでも警戒はしておく。何があって戻ってきたのかが分からないからだ。
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