222 決闘試合の前の諸々と揉めた理由




 翌々日に試合をすると決めたのは、互いに時間を延ばしたい理由があったから。

 ニホン組にとっては参加者集めだろう。購入した奴隷を使うのではないか、というのがエイフの意見だ。カロリンもそうだろうと言った。購入した奴隷をまとめて連れて戻る予定だと、耳にしたらしい。彼等が都市にいる以上、奴隷もまだいる。

 こちら側にも理由はあった。まずは闘技場の使用許可だ。使うのは改築したばかりの闘技場である。指定したのは相手だが、こちらも望むところだ。

 オーナーは顔を青くしたけれど、クリスは壊されない自信がある。むしろ闘技場を改築したクリスだからこそ、使い勝手が分かるというものだ。


 でも引き延ばしの一番の理由は――。


「絶対、後々問題になりそうだもんね」

「ああ」

「急いで作るよ」

「だが、紋様紙の方を作らなくていいのか?」

「そっちは大丈夫。元々ストックあるし、昨日の夜も作ったでしょ。今日も念のため作っておくし」

「そうか」


 話しながら、クリスは馬運車に使う素材を荷馬車から下ろした。

 ひょっとすると急遽ナファルを出る羽目になるかもしれない。その場合、必要なのは何か。クリスが考えたのは「そうだ馬運車を作ろう」だった。

 馬運車を作れば、家馬車の改造も必要になる。馬運車はそもそも、ハパが家馬車を持ち上げる際にペルを安心させたいから作ろうと思ったものだ。その馬運車と家馬車を同時に持ち上げるには工夫が要る。それらに必要な素材ももちろん用意した。

 作業場は、ジェラルドが泊まっている宿の中庭だ。彼が宿の主人に交渉してくれた。


 ニホン組との諍い現場に居合わせたジェラルドは、どういうわけか自分も試合に参加すると名乗りを上げた。更に仲間にも声を掛けると張り切った。

 その前にチッタや闘技場の契約戦士、奴隷たちも出ると言ってくれていた。けれど人数的には不安があった。相手が多くの奴隷を投入してくる可能性もあるからだ。人数制限したとしても、予備戦力があると考えただけで気持ちに余裕が出る。

 だからジェラルドの申し出は有り難い。さすがにバリバラやグレンダは出せない。向こうは女性相手でも平気で卑怯な手を使いかねないのだから。


 クリスたちの救世主となったジェラルドは、この日も手伝いを申し出てくれた。姿がないのは、代わりに明日の段取りを話し合いに行ってくれたから。闘技場のオーナーにとっても準備が必要で、そのまま手伝いに入るという。仲間の冒険者も連れて行った。

 中庭には興味津々の宿の主人しかいない。


「で、揉めた理由は奴隷商の件だけ?」


 クリスが問うと、ばつが悪そうな顔でカロリンが視線を逸らした。昨日も十分謝ってもらったのだからもういいのに、クリスまで巻き込んだことを心底後悔している。普段は怒らないカッシーもカロリンの暴走を叱ったぐらいだ。

 そのカッシーが、言いづらそうなカロリンの代わりに口を開いた。この二人は今日もクリスに付き合うらしい。朝からずっと傍を離れないでいる。当然エイフもだし、イサや精霊組もだ。


「クリスのお母さんの件で、ちょっとね」

「何か分かったの?」

「うーん。たぶん、って感じだけど。ただ、その時に奴等も一緒にいたというか、聞かれていたというか。それで横からごちゃごちゃ言われたもんだからさ。つまり、なんていうか、カロリンが義憤に駆られて」


 クリスはピンと来た。言いづらそうなカッシーの様子と、あの青年二人の態度を考えると予想は付く。


「差別的な表現で貶したとか?」

「うん、まあ、そんな感じ」


 そもそもの原因は、ナファルに来る前に捕まえた奴隷商の男だ。違法行為によって奴隷を所持していたため、男をギュアラ国の然るべきところへ突き出した。男は当初「自分が店主だ」と名乗っていたし、そうでなくとも態度からして幹部だろう。ならば店自体も違法行為をしているのではないか。

 悪人を突き出したカロリンとカッシーは正義感から、なんとかしたいと願った。折良く、クリスもナファル行きを望んだ。二人は調査ができると張り切った。

 とはいえ、自らが奴隷になるわけにもいかない。購入者のフリをして何度か店に顔を出した。片方が気を引き、片方が奴隷と話をして調べる。そのうちに大体の証拠の場所が割り出せたので、後はハパに頼んで持ってきてもらったというわけだ。


 それを役所に送った。

 役所がきちんと対処するとは思っていなかったカロリンとカッシーは、慌ただしいあれこれの後に「こんなことがあってね」と教えてくれるつもりだったらしい。

 それがまさかの「一斉検挙」に繋がった。


 慌てたのは奴隷を買い漁っていたニホン組の二人だ。値段交渉でもたついていた二人は、まだ契約できていなかった。そのせいで手続きを一時中断された。二人はすぐに「誰が告げ口したのか」に気付いた。奴隷購入の交渉に来ながら一向に買うそぶりをみせないカロリンとカッシーだ。

 しかも、直前にクリスの母親らしき奴隷の件で揉めた。

 二人は聞き込みの末に、あの闘技場へ辿り着いたのだ。


「クリスのお母さんかどうかは分からないんだけどさ。ただ、十五年ほど前にドワーフの娘を手に入れたって話を聞けたんだ。それを買ったのが騎士崩れの男だってことも」

「あー」

「その組み合わせは、僕たちが調べる限りじゃ一件だったから……」

「それで、横で聞いてたニホン組が茶々を入れたんだね?」

「うん、まあ、そんな感じ。でさ、具体的にはやっぱり誰も覚えてなくて。当時の店主や店員も全部入れ替わっているらしいんだ。全部又聞きや噂話。だからクリスのお母さんだって確証はなくてね」


 早口で話す。ニホン組が何を言ったかに話が及ぶと思ったからだろう。カッシーは優しい人なのだ。カロリンも同じ。クリスに嫌な言葉を聞かせたくなくて黙っていた。

 クリスも、聞かなくていい。聞き出そうとは思わなかった。そんな、どうでもいい誰かの、口汚い言葉を耳に入れる必要などない。それよりも。


「噂話に残るってことは、それだけの騒ぎになったから?」

「そ、そう! そうなんだよ」


 カッシーは身を乗り出して、手を止めた。代わりに荷物を下ろしてくれるのはエイフだ。カロリンは聞き耳を立てていて、完全に動きが止まった。


「『囚われた幼馴染みを救うために騎士職をなげうって捜し回った男』とか『仲間に嵌められて追放された元騎士が、奴隷市で出会った娘に一目惚れして身請けした』とか、そんな内容だったんだ」

「ふーん。劇にでもなった?」

「え、なんで知ってるの。そうだよ、当時は劇にもなったらしい」

「分かりやすい内容だもんね」


 クリスは肩を竦めた。

 現実はそんなものではない。劇というのは面白おかしく、そして起承転結で作られるものだ。オーバーな表現もある。偽りのストーリーも付け加えられるだろう。

 でも。

 それでも、両親がここで出会って北に逃げたことは確かだ。

 噂された二人の男女はクリスの両親に違いない。


「クリス?」

「ううん。なんでもない。お母さんが元奴隷だったとしても、助けられたんだって分かったから。それだけでも知れて良かったと思う」


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