223 知らなくていい、馬運車完成




 本心から思う。

 そして、これ以上は、たとえ子供といえども調べてはいけないとも思った。夫婦の間に何があったのか。愛があったのかどうかも含めて、彼等がクリスに伝えなかった以上、知る必要はないのだ。

 また知ったところで、悲しみになるだけかもしれない。


 父親は確かにクリスにつらく当たった。でも育ててくれた。彼がクリスに苛立ったのは、妻の健康を損なった原因がクリスにあったからだ。誰かを憎まずにはいられなかったのだろう。その気持ちは理解できる。同意はできないけれど。

 同じことが母親にも言えた。彼女はクリスに愛情を与えてくれたが、自身の来歴については語らなかった。壁を作っていた。彼女はクリスに話すことで自分の「今」に気付いてしまうと無意識に思ったのではないか。「ここにいるはずではなかった」と、自覚したくなかった。

 そう、元奴隷ならば――。


「助けられて、愛されて生きたのなら、それでいいんだよね。今更もう、どうにもならないんだから」

「クリス……」

「調べてくれてありがとう。大変だったよね?」

「いや、うん、いいんだ」

「カッシー、変な顔してる。せっかくのイケメンエルフなんだからキリッとしないと!」

「……だな! ていうか、イケメンエルフって」

「モテモテエルフにする?」

「やめて」


 カッシーは大人の対応で、クリスに合わせて笑ってくれた。

 カロリンはやっぱり申し訳なさそうな表情だったけれど、エイフに呼ばれて残りの資材を取りに行った。ハパは荷台を引いていたプロケッラの頭の上から振り落とされ、ペルに咥えられている。

 そしてプルピたちは。


「馬運車とは面白い。しかし、爺頼りになるというのはやはり問題がないか?」

「ピピピ!」

「くく、やる? くるくるーて、やる?」

「ならん。絶対にしてはならんぞ!」


 設計図の前でワイワイと楽しそうだった。




 馬運車は、あまりにも簡単に出来上がった。

 土台となる馬車があったわけではない。解体置き場から古い馬車の軸やタイヤを購入してきたけれど、それはただの部品だ。他にも足りない部品や素材を集めて回り、その全てを中庭に置いた。「馬運車を作るのに必要と思われる資材一式」だ。

 そしていつものように家つくりスキルを発動した。クリスは「移動もできる馬の住む家」と考えただけ。すると、次々と資材が浮き上がって繋がった。勝手に動き始めたのだ。しかも高速で。

 クリスが作るであろう手順のまま、まるで早回しのように出来上がっていく馬運車に、皆が驚いた。


 一番驚いていたのは当のクリスだ。

 頭の奥で「できる」と分かっていても、目の前の光景が信じられない。

 けれど事実、そこに馬の住む家が出来上がってしまった。


 馬運車は、家馬車と同じ長方形型にした。違うのは中の部屋が明確に区切られていないことと、よりエアーサスペンションにこだわったところだ。

 運ばれている最中に馬運車が斜めになると、たとえ馬たちを中の部屋で固定していたとしても踏ん張れなくなる。彼等も体勢を整えるのが辛い。よって常に平行になるよう吊り型エアーサスペンションを取り入れた。出前機のようなものだ。とはいえ中身はラーメンではない。重さのある生き物二頭だ。支えるフレーム自体は頑丈な魔鋼を使う。

 そして、当初は家馬車との二階建て方式で吊るそうと思っていたのを、横並びに吊るすことにした。これなら重さを調整すればいいし、連結するだけで安定性も増す。縦並びよりも下ろす際の面倒がない。ハパだって二台を順番に、時間を掛けて下ろす作業は大変だ。下ろすのに一番神経を使うのはクリスにも想像できた。

 ハパは「できる」と言うだろう。負けず嫌いなお爺さん精霊だ。簡単に予想が付く。

 でもクリスは、ペルが乗るのだから安全を期したい。


 連結するために家馬車の方も改造し、魔鋼も屋根に載せた。その分の改良は必要で、足回りも元から強固にしていたものの再度やり直した。

 馬運車だって単純に箱を作ればいいというものではない。そこかしこに魔術紋を描いた。吸音と吸振だ。後者は魔女様が考案したものだから一般的ではない。何のために彼女が編み出したのかは知らないが、クリスは勉強した際に「地震対策かな」と考えた。家を作るようになると益々、良い魔術紋だと思うようになった。

 ただ、今までは振動が起こるような場所はなかったため使っていなかった。またトレントの端材程度では難しいとも分かっていた。魔術紋レベルならば初級クラスになるけれど、吸振するにはもっと魔力素の伝導率が高くないと反映されないのだ。軽魔鋼よりも魔鋼、魔鋼よりもミスリルという風に。

 そしてクリスの手元には精霊銀があった。

 ヤモリ精霊が対価として持参したものだ。精霊金は勿体なくて使えないが精霊銀なら万年筆にも多めに使われていて、その残りだってプルピがくれた。だから気兼ねなく使える。

 これを極薄に伸ばして魔術紋を刻み、家馬車と馬運車に嵌めた。さすがに魔術紋を刻む時は、家つくりスキルの「魔法みたいに一瞬で作り上げる」とはいかなかったが、それでもいつもより早く出来上がった。クリスの集中力も段違いだったように思う。


 クリスは完成した馬運車の前に立ち、ペルに話し掛けた。


「中は二つに分けられるようになってるよ。どんなに仲が良くても、個室が欲しくなる時ってあるもんね。ペルちゃん、どうかな?」

「ヒヒーン」


 ペルがクリスに鼻先を付ける。嬉しそうだ。


「ふふ。ペルちゃんも女の子だもんね」

「ヒヒーン」

「大丈夫よ。プロケッラから見えないように、板張りの壁で仕切れるようにもしたから。覗き窓はペルちゃん側からしか開かない細工にしたからね。いいでしょ?」

「ブルルル」


 ペルはクリスの言葉を理解していて、ありがとうとお礼を言っているようだ。

 プロケッラの暑苦しい愛も嫌いではないけれど、ひとりにもなりたい、といったペルの女心に気付けて良かったと思う。家とは、安らげる場所でなければならない。クリスはペルのために何が必要かを考えた。


 ただ、それはプロケッラにとっては不服のようで。


「ヒィーン」


 耳を伏せて甲高く鳴く。クリスは即、言い返した。


「しつこいと嫌われちゃうよ?」

「……ヒーン」

「相手の気持ちに寄り添わないとダメ。ペルちゃん、優しいでしょ? 同じようにしてあげて。ペルちゃんみたいにイイ女はそういないよ。逃したら勿体ないんだからね」

「ヒヒーン」

「クリスったら……」


 カロリンが後ろで呆れ声だ。それから小声で「確かに束縛男は嫌われるわね」と呟く。

 けれどカッシーに「でもカロリン、そういう男好きだよね?」と性癖をバラされていた。


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