221 言い合いの末の決闘騒ぎ
クリスがじとっとした目で見ても口を開かなかった役人は、エイフがひと睨みしただけで喋りだした。
「領主様が大闘技場の建て替えの件で帝都に赴いたのですが、実は担当部署以外に、うちの上長まで連れていかれまして。内々に業者の調査も始めていたのは薄ら気付いていましたし、だから業者の癒着関係を調べているのだろうと思っていました」
「ついでに奴隷の件も絡んでいると、気付いていたか」
「ええ、まあ。そこまで皆に知れ渡っているとは思っていませんでしたが」
「そうかい。そりゃあ、めでたいことだ」
クリスがチラリと横目でエイフを見ると、彼は肩を竦めた。
「だが、このままじゃ暴動が起きるぞ」
「そんな!」
「この闘技場だって立ち退きを迫られて大変だったんだ。役人に賄賂が渡って許可が下りない可能性も考えてたぐらいだぜ。なぁ、クリス」
「うん。だから無事に通ってびっくりしたぐらい。そこまで腐ってなかったんだなーって」
「おい、クリスの方がひどいこと言ってないか?」
「え、そう?」
役人そっちのけでコソコソ言い合っていると、カロリンたちの方でも言い合いが佳境に入ったらしかった。
「よーし、言ったな? じゃあ、決闘だ!」
「望むところよ!」
「俺たちの条件は――」
「待ちなさいよ。あんたたちは仮にもニホン組の『上位』なんでしょう? 散々自慢してくれたものねぇ?」
「そうだとも! それがどうした!」
「だったら、こっちに有利な条件にしてくれてもいいんじゃないの? 上位者サマ~?」
クリスは「うわー、煽るなあ」とハラハラしながらカロリンを見た。綺麗な人がやるから余計に煽り度が高い。
案の定、ニホン組の青年二人はカロリンに対して苛ついたようだ。
「上等だ! 受けて立とうじゃねぇか!」
「俺もやってやるよ。その代わり、負けたらお前ら二人が奴隷になるだけじゃないぞ」
「あら、それは卑怯じゃないかしら? だってそっちは二人よ? 負けても二人しか奴隷にならないのに、こっちはわたしと彼の二人以上を求めるって言うの? さすが上位者サマは傲慢ねぇ。なんだか三流の悪者みたいだわ」
「なっ」
「クソ女、お前ぇ!」
「嫌だぁ、汚い言葉だこと」
煽り続けるカロリンに頭が痛くなったのはクリスだけではない。カッシーは頭を抱えて座り込んでいるし、プルピも呆れた様子で「あれを止めなくていいのか?」と問う始末だ。精霊に心配されるなんてどうかと思う。イサも不安そうにクリスの首の後ろから前方を覗いていた。
そこで頼れるのがエイフだ。
「か弱い女を相手に決闘か? 冒険者の風上にも置けないな」
「はぁっ!?」
ゴウと呼ばれた青年が振り向く。彼の視界に入っていただろうが、改めてエイフの姿を認識したら怖気づいたらしい。うっ、と呻き声を発した後に後退る。もう一人の青年もゴウの後ろに隠れたいような、そんな仕草だ。
「そこにいるのは俺たちのパーティーメンバーだ。決闘を申し込むってんなら、代理で俺が受けようじゃないか」
「待てよ、それじゃ割に合わねぇ」
「鬼人が相手だなんて聞いてないぞ。そっちこそ卑怯じゃねぇか!」
「ああ? まさか、勝てる相手だと思ったから決闘を申し込んだとか言わないよな?」
ぎろりと睨んだだけで二人のニホン組はまた一歩後退する。クリスはちょっと気分が良くなってしまった。クリスでそうなのだ。カロリンはもっと「ザマーミロ」と思ったらしい。
「はん! さっきの勢いはどこへ行ったのよ。いい? わたしの条件は、代理に彼を立てることよ!」
「くそっ」
「いや、待てよ、じゃあこっちも条件を出す。交互に出せばいい」
「また卑怯なこと言い出すんじゃないでしょうね?」
「それはそっちだろうが。いいか、俺が望む条件は、二人目の相手だ」
「何よ、またわたしを選ぶって言いたいの?」
「違う」
ふんっと鼻で笑い、ゴウが指差した。
「そいつだ!」
彼が指差した相手はクリスだった。
騒動に巻き込まれたクリスは、どういうわけか本当に参加が決まってしまった。
決闘のための試合は翌々日だ。
ニホン組の相手それぞれにエイフとクリスが付く。それだけではない。他にも観客席に人を入れると言い出した。カロリンが「クリスみたいな子供を参加させるなんて!」と反対したため、どんどん条件が複雑になり、また増えてしまったのだ。
泥沼である。
ただ、エイフは強硬に反対しなかった。彼が求めたのは「クリスが紋様紙を使う」と「途中で危険と判断したら止めに入る」だった。どちらもあっさりと許可された。止めに入った場合はもちろん棄権とみなされて負けになる。
トータルで勝てればいいとエイフが言うので、クリスは負けてもいいらしい。
とはいえ、エイフは勝つ気でいる。ニホン組が高笑いで戻っていったあと、謝るカロリンと心配するカッシー、そして「人間相手に紋様紙を使うのって危なくないかな?」と不安になったクリスに「大丈夫だ」と笑う。それがニヤリとした悪い企み顔だった。
「あれは二番手のニホン組だろう。俺にビビるぐらいの、その程度だ。ちんけなスキルしかないさ。動きもなってない。あれならクリスの方がよほど足腰丈夫でしっかりしているよ」
「あの、それは褒め言葉にならないよね?」
「褒めてるぞ?」
「あ、そう」
女心の分からない男だと思う。そう言えばエイフはそういう人だった。いくらクリスがまだ子供だとはいえ、もう少し言いようがあるのではないか。クリスは内心でプリプリしながらエイフの話を聞いた。
「お前のとっておきを使え。ああ、魔女様の方じゃないぞ? 簡易紋様紙の方だ」
「あっ」
「試合前にな、紋様紙を相手に確認させるんだそうだ。その時に見せていいのは売り物の方だろ?」
「うん、うん!」
売り物の紋様紙は誰が見ても普通だ。綺麗に描かれているから「良い物」として認められるだろうが、そこに裏はない。
クリスはそこに、魔術紋を紛れ込ませることができる。覚えたての【増幅推進】を込めれば初級が中級以上の威力にもなるだろう。後から追加で描けるのも魅力だ。本来の紋様紙作りでは有り得ない方法だった。けれど、調整盤のあった部屋で見た記憶、知識はクリスにそれを可能とさせてくれた。
そう、ほんの少し装飾を足すだけ。迷路を描くのが趣味だったクリスにとって、小さな文字を一つの線に見せて魔術紋を描くぐらい、わけない。
それを可能にする万年筆もある。超極細のプルピ特製万年筆だ。
クリスは楽しくなって「んふふ」と笑いが止まらなくなった。
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