220 オーナーの部屋も、騒動は唐突に




 簡易鑑定スキルは中級だから、クリスの改築した全てを完全に把握できたわけではない。

 それでも結界が張られていることや頑丈なことは分かるという。また、結界は建物の劣化と共に減っていくのではないか、とのことだった。建物自体が頑丈になっている以上、かなり持つのではないだろうか。

 内部も清浄さが保たれており、できたばかりの大闘技場とは正反対らしい。

 確かにクリスも感じた。あそこは空気が悪かった。単に「換気ができていない」だけではなかった。

 クリスの結界は、悪しきものを弾いているような「清浄さ」まであるらしい。


 いろいろ言われたが、喜んでもらえたのならそれが一番だ。クリスも嬉しい。

 雇われ戦士や奴隷たちも自分の部屋が出来たことにお礼を言ってくれた。まだ一晩しか寝ていないけれど、個室のおかげで疲れが取れたらしい。

 それはオーナーもだ。


「俺の部屋にもベッドを作ってくれたんだなぁ。応接室が広くなるって言ってたから、こりゃソファベッドは無理かと諦めてたんだが」


 出入り口や事務所を広めにしたせいで、奥の部屋が圧迫されたのは事実だ。けれど死角や天井を利用してカプセル部屋を用意した。造りは奴隷部屋とほぼ一緒だ。そのため何か言われるかもしれないと少し心配したクリスだったが、逆に「あの寝床が羨ましかったから、自分の部屋にもあると知って嬉しかった」らしい。

 オーナーや従業員は別に家があるけれど、誰かが一人は泊まり込むと聞いていた。それで念のため寝室を二つ作った。急に誰かを泊める場合にも使える。

 カプセル部屋とは言いつつもベッドは広く、その横には人が立って歩けるだけの余裕もあるから、そこまで狭さは感じない。

 なるべく快適に過ごせるよう工夫は凝らしたつもりである。たとえば小物を飾れる棚、絵や手紙を貼れるコルクボードなど。窓のない部屋には「窓に見える」仕掛けも施した。ガラス扉の向こう側には空の絵だ。


「ベッドも寝心地が良くてね。気のせいか、腰の痛みがすっかり治ったよ」

「あはは、それは良かったですね」

「クリスちゃんのおかげだ。そうだ、忘れないうちに報告しとかないとな。朝のうちに役所とギルドに改築完了届を出してきたんだ。そしたら、役所の方が『工事が早すぎないか』って言い出してよ。でも出来上がっているんだ。こっちは稼働させたいじゃないか。早く検査してくれよって言ったら午後に来てくれることになったんだ」

「そうなんですね。じゃあ、わたしも立ち会います」

「助かるよ」


 諸々の手続きはもちろん済んでいる。あとは役所の検査で「違法建築ではない」とのお墨付きをもらえたら終わりだ。

 この立ち会いは、クリスがいてもいなくても問題はない。けれどもできるだけ立ち会うのは、それが作った者の務めだと思うからだ。また難癖を付けられないよう専門家であるクリスが横からアドバイスなり説明なりすれば、二度手間にならない。

 稀に、袖の下を要求してくる役人もいるのだ。クリスも以前、天空都市シエーロで経験した。

 だからついつい敵を迎え撃つ気分で午後を待ったのだが――。




 もしかしたら起こるかもしれないと想像していたバトルは、役人が相手ではなかった。

 全く関係ない、斜め上からのバトル勃発だった。


 それはカロリンによってもたらされた。いや、カロリンのせいにしてはいけない。

 何故なら、降りかかった火の粉が悪いのだ。

 クリスは唖然としている役人と一緒になって、その騒ぎの元を眺めた。


「だからー、お前らが邪魔したせいで奴隷が手に入れられなかったんだ。その詫びをしろって話だよ」

「何が『だから』なの? 大体、後を付けてくるなんて気持ち悪いったらないわ!」

「そうだそうだー。カロリンもっと言ってやって」

「あなたは自分で言いなさいよ。ちゃんと断らないから男に追い回されるの!」

「だってまさか僕が狙われるとか思わないだろ」

「今の自分の姿が美形エルフだってことを自覚しなさい」

「るっせーよ、お前ら。何、仲良しごっこの会話してんの。自慢か? 身内ネタではしゃぐんじゃねぇっての」

「本当に言葉の通じない子ね。あー、嫌だわぁ。こんな子いたわよね」

「カロリン、火に油注ぐの止めて」

「お黙り、カッシー!」


 お黙り、の台詞が堂に入っていて、何も言っていないクリスまで口を噤む。

 カロリンの口喧嘩の相手は例によって例のごとく、ニホン組である。


「俺らの邪魔をしたんだ。その分の奴隷を用意しろ。数がありゃあ、いいつってんだよ。そこらにいる『お友達』でもいいんだぜ?」


 カロリンが怒るはずだとクリスは思った。

 今まで、クリスが出会ったニホン組はなんだかんだで本当に悪い子はいなかった気がする。みんな、前世を引きずっていただけ、精神が幼かっただけだ。

 けれど、目の前の青年たちは違う。


「ついでに、お前ら二人もこっちのパーティーに入れや」

「いーやーでーすー!」

「そういうところ、俺は嫌いじゃねぇ」

「ゴウ、俺はあっちのエルフをもらっていいんだろ?」

「勝手にしろ。ていうか、お前の『エルフだったら何でもいい』って趣味だけは理解できねぇな」

「ゴウに言われたくないぜ」


 ろくでもない会話を続けているのは二十代半ばほどの人族だ。仕草や目付きに擦れた気配を感じる。言葉遣いも悪い。

 冒険者だから、だろうか。冒険者の言葉遣いというのは品位に欠けたところがある。けれど、それはただ言葉を知らないだけで、人間性に問題はない。

 では何に引っかかるのか。クリスは、彼等の言葉の端々に卑俗さを感じているのだ。

 クリスは人に対して久しく思わなかった感情を抱いた。


「キモい……」

「そうだな」


 普段なら「可愛い女の子なんだろ?」と言葉遣いを注意するエイフが、クリスの意見に同意する。互いに言葉遣いを注意し合う仲としては驚きだ。クリスは、役人とは反対側に立っていたエイフを見上げた。彼は苦々しげな様子でニホン組を冷静に観察している。

 クリスも視線を戻す。それから小声で続けた。


「なんだか騙してでも奴隷落ちさせようって魂胆が見え隠れするんだけど」

「そうだな。前に、難癖を付けられて奴隷にされた魔法使いがいたと聞いたろう? あれと同じやり口かもしれん。奴等、奴隷商にやり方を伝授されたのかもな」

「あの、それは本当ですか?」


 最後の台詞は役人だ。闘技場の改築がきちんと基準に則ってできているのか検査にきて、問題なしとの判を押したところで目の前の騒動に遭遇した。

 建築物の検査官なら奴隷に関する噂話を知らなくても不思議ではない。


「違法奴隷の件なら、あちこちで聞きますよ。特に大闘技場の建て替えに伴って増えてるとか」

「ああ、やっぱり、そうだったのか」

「やっぱり?」


 聞き返したクリスに、役人がハッとした顔で口を噤んだ。


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