219 何があったのか、オーナー興奮




 不壊や防御の魔術紋を施したわけではないのに、エイフの力で投げた鉄骨を防いだ。

 魔法の付与と思われても不思議ではない。


「どれぐらい保つのか知りたいでしょう? オーナーが鑑定魔法持ちに視てもらうと話していたから、確認してもらえるんじゃないかしら」

「建物全体の鑑定ってお金がかかると思うんだけど。資金がギリギリだったから無理じゃないかなぁ」

「周りがそうしろって言い出したのよ。改築祝いだなんだってご祝儀カンパが集まり始めてビックリしたわ。みんなノリノリなんだもの。あ、みんなっていうのは別の闘技場を観終わった人たちのことよ。騒がしいから気になって寄ったらしいわ。で、大興奮よ」

「どうして?」

「都市に古くからある馴染みの闘技場が大がかりな改築をしたのよ? しかも、すごい魔法が『建物一棟まるごと掛けられた』。お祭り騒ぎにならないわけがないでしょ?」


 クリスがぽかんとしていると、カッシーがハパを頭に乗せ直して笑った。


「すごかったんだよ~。エイフさんが『クリスが倒れたんだ、静かにしろー』って怒ってるのに、みんなお酒が入ってるから気にもしない。ご機嫌状態で、だーれも聞きゃしない。気が大きくなっててさ。エイフさんに『あんたが噂の鬼人族かー』って言って体をバンバン叩くんだ。ハラハラしたよ」

「……あの程度で俺はやり返さないぞ」

「分かってますけどー。でも、僕からしたら『お前らスゲー勇気あるね?』って感じなんだ」

「そうか」

「エイフさんもさ、どんどん険しい顔するし。で、カロリンが場をまとめてくれたんだ。ああいう時のカロリンはさすがだよね」

「ふふ。きかん坊のかわいこちゃんたちを宥めるのは大得意よ」


 バチンとウインクする。

 それを見てエイフが顔を顰め、カッシーは苦笑いだ。クリスは首を傾げた。

 口を開いたのはカッシーだった。


「カロリン、また前世のアレが出てる」

「あらやだ。おほほ」

「とにかくカロリンが男どもに説教して、言うこと聞かない奴は物理的にしばき倒して、場を仕切ったんだ。おかげでクリスを連れて帰ってこられたってわけ」

「あ、うん。ありがとう?」

「精霊たちも大興奮だよ。途中でククリちゃんが体を振り始めたのをプルピさんが止めたり、ハパさんもやってきてイサが慌てて体を張ったり、まあいろいろあったね」


 ククリが体を振ったのは、たぶんクリスを早く連れて戻った方がいいと判断したからだろう。転移しかけたに違いない。プルピはそれを止めた。ハパはもしかするとクリスを掴んで運ぼうとした可能性がある。イサが気付いて事なきを得た。

 なかなかのカオスだったようだ。

 クリスは改めて皆にお礼を言った。


「あの、みんなのサポートがあったからできたの。ありがとう」


 そんなクリスに返ってくるのは笑顔だ。

 良かったね、すごかったのよ、頑張ったな。そんな言葉と共に。

 イサはピッピと鳴く。ククリはまだ寝ているのかクリスの三つ編みにぶら下がったままだ。プルピは何も言わないけれど、テーブルの上から腕を組んでクリスに頷いてみせた。

 ハパはカッシーの頭の上からクリスの膝に移動した。そして偉そうに「居心地が良い」などと言っている。ちょっぴりプルピの視線が鋭くなったけれど、彼は何も言わなかった。

 居心地が良いのはクリスの方だ。皆がいて良かった。心から思う。




 午後、クリスとエイフは仕上がりの確認や片付けのために闘技場へ向かった。

 カロリンとカッシーは冒険者ギルドに寄ってから、仕事がなければまた奴隷商を回るという。少し前に何かの書類を役所に出したらしく、その結果が現れているかどうかを確認したいそうだ。どうせ何もないだろうけどとぼやいていた。クリスの方が忙しくてバタバタしていたから、今日は早めに帰って詳細を教えてくれるらしい。二人はハパを連れて出ていった。

 イサとプルピ、ククリはクリスの頭や肩の上だ。


 闘技場は、着く前から騒がしかった。

 誰かが「来たぞ」と叫べば、多くの人の視線がクリスに向かう。思わずエイフの後ろに隠れそうになった。さすがにおじさんたちの注目を集めて平気なほど、肝は据わっていない。クリスがそろそろとエイフの後ろから顔を覗かせると、オーナーが走ってきた。


「クリスちゃん、良かった、無事だったんだね」

「はい。元気です」

「いきなり倒れたから心配だったんだよ。良かった。あっ、昨日はありがとう!」


 オーナーは走ってきたのもあってか声が大きい。その勢いに押されて、クリスはまたもエイフの背に隠れた。エイフが体を震わせて笑う。


「ははっ。そんな勢いで近付けば誰だって逃げるさ。特に小さな女の子はな」

「いやぁ、つい。ごめんよ、クリスちゃん」

「クリス、大丈夫だ。オーナーは喜んでるだけだ」

「分かってるけど……」


 笑われたのが恥ずかしくなり、クリスは拗ねながら前に出た。オーナーはそんなクリスの手を取ろうとして「あ、ダメだよね」と慌てて引っ込め、今度は満面の笑みで手を広げた。


「とにかく、すごいんだよ! さ、こっちに来て!」


 さあさあと呼ばれて後を追うと、闘技場前にいた大勢が道を空けてくれた。

 中に中にと勧められ、クリスはエイフと共に闘技場内部に入った。通路を抜け、試合会場へと出る。そこにも人がいた。何やら作業しているのは、調理だろうか。天井を見ると窓が全開だ。


「打ち上げをしようと思ってね。ささ、まずは座って」

「随分と人が集まっているな」

「昔馴染みが噂を聞いて来てくれたんだ。カンパもあってね、今後の活動資金も集まったんだよ」

「そりゃ、すごい。クリスへの支払いですっからかんになる予定だったもんな」

「そう、それだよ。残金を払いたい。でも先に契約を修正したいんだ」

「うん?」


 エイフがひょいと眉を上げた。怒っているのではない。訝しんでいるのだ。クリスもオーナーを疑ってなどいない。彼が払いを渋るとは思っていないからだ。

 はたして。


「簡易鑑定スキル持ちに見てもらったんだ。その結果はこうだ。『契約をやり直せ、これでは君が詐欺罪に問われる』とね」

「ほほう」

「え、どういうこと?」


 クリスが首を傾げると、オーナーが続けた。


「あの金額では到底作れないものが出来上がっていると言われたんだ。だからね、技術料として追加したい」

「でも、契約は契約で、わたしが勝手にやっちゃったのに」

「それで得をして、俺にいいことなんてないよ。だって皆が知っている。で、あいつは女の子を騙して安い技術料で改築させた、なんて言われるんだ。いや、そうじゃない。俺自身が嫌なんだ。そりゃね、カンパがないと払えなかった追加分だけどさ」


 ははっと自虐的に笑って、それからオーナーは真面目な顔になった。


「最高の闘技場だ。ありがとう」


 クリスにとって一番嬉しい言葉だった。


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