204 魔女様の話と噂と




 本当に着替えてから高級喫茶店に行ったクリスは、美味しいケーキを存分に味わった。

 ちなみに店構えが立派だったので入店を断られるかと心配したが、格好さえきちんとしていれば一般市民でも入れた。ホッとしたクリスと肩を落としたエイフが対照的で、ドアマンは不思議そうだった。


 個室に案内されてケーキを堪能した後、クリスは先ほどの噂話をエイフに報告した。

 ストレンジと呼ばれるような魔女は、クリスを教育してくれた魔女様ぐらいしか思いつかない。そして、魔女様とは「ぶっ飛んでいる人」だった。その彼女が何かやった。

 おそらく、ギュアラ国の魔法使いが奴隷落ちさせられた件で、魔女様が力を振るったのだと思われる。


「何があったのか、そっちも気になるけどな。でも俺は、魔女様の跡を辿るようにお前がここに来た、というのが気になる。作為とまでは言わないが、何かの運命的な――」


 まるで不可思議な現象だと言いたいようだが、クリスは違うと思っている。

 エイフはニホン族であるエルウィークから、たびたび「第六感」の不可思議を教えられているから感化されているのだ。

 けれど、物事には始まりとなる原因がある。


「わたし、魔女様はお騒がせな人だと思ってるの」

「うん?」

「魔女様はね、辺境の地にワイバーンの特殊配達便を要請するような人なの」

「あ、ああ。それが?」

「実験のためだけにわざわざ辺境の地に森を作る人で、小さな子供に魔術紋の描き方を叩き込む人。それから、収納袋であるポーチを『あげる』って投げるんだよ。精霊を捕まえて自分の欲しいものを作らせようとするし、魔法使いの重鎮たちが作り上げてきた魔術紋を『カビの生えたものだ』って言っちゃう」


 エイフが目を丸くする。クリスは息継ぎをして、また早口で続けた。


「魔力素が噴出してるせいで荒れ果ててしまった大地を、一人で封印してしまう人なの。せっかく作った調整盤なのに、独自の魔術紋を使って後世の人を困らせたけどね。きっと分かるように、あの部屋いっぱいに魔術紋を書いたんだと思う。『これぐらい分かるだろう?』って魔女様なら言いそう。だけど、賢者でもすぐには解析できなかった」

「そうだったな」

「理解できる人が現れないかもしれないと、ずっと後になって気付いたのかな。そして、調整盤がいつか暴発した時、すでに自分が死んでいたらどうなるか考えたんだろうね。そこで魔女様の採った方法が、勝手に修復してくれる便利な魔術紋を編み出すことだった」

「ああ」

「きっと、弟子に教えたかったと思う。もしかしたら弟子候補に教えてたかもしれない」


 エイフはクリスの言いたいことが分かったようだ。


「わたしに教えてくれたように、魔女様はあちこちに種を蒔こうとしたんじゃないかな。ヴィヴリオテカではたまたま・・・・わたしが当たった」

「そうかもしれない」

「でも、ここにはいなかった。だから魔女様自身で魔法使いを助けた」


 その魔法使いに種を蒔こうとしたのかもしれない。あるいは、弟子だった可能性もある。


「それを調べてみるか。大闘技場を建て直した原因にもなっているんだろ?」

「そうらしいね」


 魔女様はあちこちに原因を作って、ばら撒いている人なのだ。

 だからこそ一介の闘技場スカウトマンにさえ「ストレンジ」というあだ名を知られている。

 プルピにだって魔女様が過去に行った所業が知られているのだ。

 彼女はクリスが思う以上に有名人だった。


「ガレルやシエーロでも調べれば良かったなあ。絶対に何かあったと思う」

「そういやそうだ。大都市だと情報も集まるから勿体なかったな」


 というわけで、午後は魔女様や魔法使いの奴隷落ちについて調べてみようと決めた。




 調べるといっても奴隷商に行くつもりはない。予定通り闘技場巡りをする。

 ナファルには大小さまざまな闘技場があって、小さな箱ほど人との付き合いが身近になる。そこで世間話として情報を聞き出せたらいい。クリスはエイフの娘みたいな顔をして素知らぬ振りで聞き耳を立てる予定だ。

 ところが小さな闘技場の幾つかが閉まっていた。近所の人が言うには大闘技場の関係者が嫌がらせしているらしく、最近は二日おきにしか開けていないらしい。

 建て替え費用や休業期間中のマイナス分を取り戻すため、荒稼ぎしないと運営が大変なのだろうと噂していた。それまでは大小関係なく、どの闘技場も特色を出して運営していたようだ。


「最近、どこもかしこも嫌な空気になっちまってよ。どこぞじゃ、違法奴隷を扱っていたとかで捕まったって話もある。いくらナファルが奴隷都市だって名乗っていても、俺たち市民は関係ねぇ。元々、奴隷を扱ってるのさえ嫌なんだ」

「市民は巻き込まれて大変だな」

「分かるかい、鬼の兄ちゃんよ。あんたも立派ながたいをしてるんだ、大丈夫だろうが気を付けろよ。一部の奴隷商が、上納金が足りないとかって話でな。外の奴を騙して奴隷落ちさせてるって噂が広がってるんだ」


 エイフが顔を顰める。気分の悪い情報に機嫌が悪くなったのだろうが、それを見た地元のおじさんは「うへぇ」と唸った。


「おじさん、大丈夫? ごめんね」

「あ、ああ。ちょいと驚いちまった。だが、こんだけ強けりゃ大丈夫だろう。おっと、お嬢ちゃんは逆に小さいんだから気を付けるんだぞ」

「うん。ありがとう」

「いい子じゃねぇか。こんな可愛い子を連れてナファルに来るなんざ、理由があるんだろうがよぉ。そうだ、闘技場に用事があるってんなら北地区の箱へ行ってみな。あそこは獣人族が多くて面白いんだ。強面に慣れてるんだったら、獣人族も大丈夫だろ。あいつら、案外いい奴が多いんだよ」

「なるほど、そうか。なら、そうしよう」


 おじさんにお茶代程度のチップを払うと、エイフはクリスを抱き上げて歩き出した。その方が親子連れに見えるという理由からだったが、やはり治安が悪いと聞いて不安になったようだ。

 クリスは恥ずかしいのさえ我慢したら楽なので、素直に抱っこされた。



 そうやって話を聞いていれば、案外あっさりと情報が得られる。

 魔女様はやはり三年か四年ほど前にナファルへ来ていたようだ。

 当時、帝国軍に派遣されていたギュアラの魔法使いが、適当な罪を着せられて奴隷に落とされた。ろくな裁判もせずにだ。彼は貴族の何番目かの子供で、どうにでもなると思われたのだろう。ところが魔法使いには婚約者がいた。ギュアラでも一、二を争う大商人の跡取り娘だ。そもそも彼女との婚約をやっかんだ別の貴族に陥れられ、徴兵されたのが事の発端だった。奴隷落ちの件も、最初から仕組まれていたのかもしれない。

 そんな事情から、婚約者の女性は親と一緒になって商人ギルドに圧力を掛けた。商人ギルドは帝国にももちろんある。そこから一体何があったのかは分からないけれど、結果、魔法使いは無事に命からがら逃げ果せた。その逃亡を助けたのが魔女様だ。

 そう、大闘技場を建て直すに至った原因は魔女様の大暴れだった。








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本日はコミカライズ版14話が公開予定です

ComicWalker様→https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_AM19201890010000_68/

ニコニコ静画様→https://seiga.nicovideo.jp/comic/49971?display=all

お昼頃かと思います!


例のシーンです

原作者が何を言うかって感じですけど

大丈夫だからねと言いたく……!!



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