205 闘技場よもやま話
違法奴隷を扱っていたとして責められた大闘技場側は、ギュアラの大商人に多大な賠償金を支払う羽目になった。しらを切り通すには証拠が揃いすぎていたらしい。
大商人側は魔女様以外にも大物を集めており、万全の態勢で臨んだ。ただ、そのせいで助けるのがギリギリになってしまった。
だから魔女様も無茶をしたのだろう。と考えかけて、クリスは頭を振った。それよりは「捜すのが面倒で適当に魔法を使ったら大闘技場が壊れた」が正しい気がした。
ともあれ、数年前にそんな事件があって、しばらくは悪徳奴隷商人もなりを潜めていたようだ。
ところが、そんな奴隷商と組んでいた大闘技場関係者も資金難に陥り、なおかつ建て直しとなったことで経営が苦しくなった。
やがて闘技場の権利を持て余した貴族が売りに出し、購入したのが帝都の商家だ。
だからナファルの人間を使わずに建てた。建築資材も安く買い叩いたものを地方から運び込んだという。運搬費用の方が高く付く気もするが、なんらかの裏技でもあったのだろう。たとえば特殊スキル持ちが一人いるだけでも商人にとっては飯の種だ。奴隷を扱っているのなら、そんなスキル持ちばかりを買い集めている可能性もある。
ナファルを治める貴族からすればたまったものではない。領地内で金銭のやりとりが発生しないと税収入が見込めないのだから当然だ。
「それで怒ったお貴族様が抜き打ち検査だって兵を向かわせるんだよ。まぁ、うるさいったらない」
「そうか。それは大変だな」
「しかもだ。大闘技場は自分のところばっかり不公平だって言って、俺らみたいな弱小闘技場を名指しして通報するんだぜ。やってらんねぇ」
エイフはうんうんと愚痴を聞いてあげている。
クリスは飽きてきて闘技場の中を観察した。弱小というだけあってボクシングジムぐらいの大きさしかない。客席が近い分、迫力はあるだろう。クリスは御免被りたいが、間近で試合を見たい人には向いている。
一通り愚痴を零したオーナーに手を振って別れ、クリスたちは最後の闘技場に足を運んだ。
ナファルでも一番北の端にある闘技場だ。大きな体育館ぐらいはあるだろうか。大闘技場と比べると遙かに小さいけれど、先ほど見てきたボクシングジムよりは大きくて立派だ。
「あー、でも近くで見たらボロいね。更地にして再開発するって話が出るはずだよ」
「そういや、チッタがそんな話をしていたか」
チッタの名前で思い出す。彼の耳はふわふわで柔らかかった。人が好く、クリスたちが連れてきたバリバラとグレンダを、同郷というだけで面倒を見ると約束してくれた。
「バリバラとグレンダは元気にやっているのかなあ?」
二人は人を捜していた。クリスとは「またギルドで会おう」と話していたのに来た様子はない。まだ見付かっていないのだろう。
そんな話をしながら石造りの闘技場に入ると、そこに今まさに話題に上っていた三人がいる。クリスは驚きながらも声を掛けようとして、エイフに止められた。
三人が闘技場の関係者と揉めていたからだ。
温厚そうだったチッタが声を張り上げている。しかも、おっとりしていたバリバラまで怒っていた。グレンダは彼女を止めようとしているけれど、その視線は厳しい。
クリスは気になって、つい盗み聞きをしてしまった。分かったのは、彼女たちの親族とそのパーティー仲間が奴隷になっていたということだった。チッタの元仲間もいるらしい。
チッタは仲間を買い戻すための資金が用意できたのに、どうもここ最近の経営難で価格が上がってしまい「話が違う」と詰め寄っている。奴隷が収入を得られない以上、その分が加算されてしまうのは当然だ。生活するにも費用がかかる。契約上も問題はない。
けれど、それと感情は別で、納得いかないのだろう。たった半月ほどで高騰した額にチッタが怒るのも無理はない。
バリバラとグレンダの方は、親族らが奴隷落ちになった理由が知りたいようだ。闘技場で戦う親族を見付けてショックを受けたのだろう。違法じゃないのか、信じられない、あり得ないとの言葉が飛び出る。
闘技場側は「奴隷落ちになった奴の関係者はみんなそう言うんだよ、まずは落ち着いて」と宥めていた。
クリスはエイフと顔を見合わせてから、急いで三人に駆け寄った。
闘技場の関係者は数人いて、中にはオーナーもいた。
「うちだって経営が苦しいんだ。大闘技場の嫌がらせで毎日のように抜き打ち検査がある。そのせいで以前のように何時間も試合を組めなくなった。しかも立ち退きの話だって出てるんだ。それでも奴隷にだって平等に食わせている。なあ、その分の費用を計上するのは間違いか?」
「間違ってないさ。あんたはよくやってるよ。よし、チッタたちも冷静になって話を聞けるな?」
「あ、ああ。エイフか。すまない。興奮して」
「わたすも悪かっただぁ」
グレンダに抱きつかれたバリバラが小さく謝った。チッタも肩を落としている。オーナー側の言い分を冷静に聞いて判断した結果、自分が言いすぎたと分かったのだろう。
「うちもさ、有名どころの戦士ばかりと契約できるわけじゃない。どうしたってマンネリ化するし、見物客を増やすためにも見目の変わった奴隷が必要だ。だから獣人族を仕入れてる。だけどな、違法奴隷じゃない。ちゃんとした奴隷商から買って、それぞれと面接だってしてる。最近じゃ、奴等も一緒になって目新しい演目がないかと考えているんだ」
そりゃ待遇は良くないけどと、オーナーは俯いた。ちょっと涙ぐんでもいる。
その理由は次の台詞にあった。
「俺だって一日に一回しかパンを食ってないんだぞ。奴等は試合に出る日だけ二回食べてるけどよぉ」
試合のある日は体力を付けるためにも二回食事が出るようだ。オーナーは戦わないので一回だけらしい。
あまりの悲惨さに、クリスは何も言えなくなった。エイフも絶句だ。
「肉なんてもう何日も食ってないんだ。食ってないんだよぉ」
「そりゃあ、つらい、な……?」
「つらいよー!」
オーナーが優しく話すエイフに縋り付いたので、クリスは慌てて離れた。エイフが「えっ」という顔でクリスを見る。自分一人だけ逃げたことへの非難の目だ。クリスはそっと視線を逸らした。
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