202 エイフの望みと大闘技場見学




 エルウィークというのは穏健派の中でも力のある一人らしい。エイフに面倒な仕事を押しつける人でもある。今回も「帝都に行ってみない?」と声を掛けてきたそうだ。それこそ嫌な予感がしたエイフは先に詳細を聞き出した。そこで過激派の何人かが姿を消していると知ったわけだ。


「だから断った。奴は『帝都』だと断言した。それもあって、ナファルは大丈夫だと考えたんだがな」

「帝都で幅を利かせている商家がナファルの大闘技場を普請したり、他にも嫌な噂が回ってきたり、だもんね。気を付けるに越したことはないよ」


 クリスが腕を組んでうんうん頷いていると、カッシーがおずおずと手を上げた。


「あのさ、もしもの話なんだけど」

「なんだ?」

「もし、クリスや僕たちが一緒じゃなかったらエイフさんは行ってた?」


 エイフが虚を衝かれたような顔でカッシーを見た。カッシーは自分の発言に「しまった」と思ったのかサッと青くなった。そんな二人に、カロリンが苦笑いで割り込む。


「もし、なんてないのよ。エイフはクリスとの旅を選んだの。そして、わたしたちを信じてくれた。そうでしょ?」

「ああ。そうだな」

「カッシー、あなたはエイフが無理をしているのではないかと心配したのよね? でもそんなことを聞いてはいけないわ。野暮ってものよ。そうね、それを聞いていいのはクリスだけ。そうでしょう?」


 微笑むカロリンに、エイフはふっと笑った。

 笑ってクリスを見た。


「ああ。クリスなら、なんでも聞いていい。何を聞かれても答えよう」


 笑顔だけれど、その瞳はとても真摯で、クリスは泣き笑いになった。


「バカだなあ、エイフは。そんな簡単に、そんなこと、ホントにバカだよ」

「そうか?」

「うん。だって、わたしが質問するんだよ? 貯金額を聞いちゃうかもしれないし、これまで散財した一番の大物はなんなのかって聞くかもね」

「ははっ。いいぞ、教えてやろうか――」


 それを聞いてクリスが「無駄遣いだ」と怒ったらどうするのだ。そう言いかけたが言えなかった。


 エイフの「過去」を全部聞いたら泣いてしまうかもしれない。


 クリスは頭を振った。


「あのね、エイフ。エイフがわたしのためにナファルへ来てくれたように、わたしもエイフがやりたいことを応援したいと思ってる。邪魔はしたくない」

「クリス」

「わたしはエイフの枷になるつもりでいた。あなたの良心の重しになるつもりだった。けど、諦めてほしくない」

「違う、それはない」

「うん。分かってる。でもね、もしも、この先『選択』しなきゃいけなくなったら」


 ――わたしは足手まといになりたくない。だから強くなる。


「選んでいいよ。その代わり、わたしはエイフに付いていくからね?」


 笑顔で言えただろうか。クリスは心配になったけれど、エイフが目を丸くしたあとに笑ったから――。


 カロリンは微笑んでいた。カッシーは泣きそうな笑顔だ。

 プルピたちはどうかと視線を移せば、お菓子の中で静かになったククリを介抱していた。イサは心配そうにカップの後ろからクリスを覗いている。

 ハパは我関せずとソファの一つを占拠していた。


「みんなもそうみたい。エイフに付いていくんだって」

「そうか」

「今回はわたしに付き合ってくれたんだから、次はエイフかな?」

「おい、待て。言っておくが、俺は危険な場所には行かないぞ」

「よく言うよね。ピュリニーを攻略しようとしてたくせに」

「うっ。いや、あれは仕方ないだろう。冒険者だったら力試しをしたいと思うもんだ」

「わたしは思わないもーん」

「わたしも思わないわね」

「僕もそういうチートは要らないかなぁ」


 皆でからかうと、エイフは困り切った顔で頭を掻いた。それを見て全員で笑った。




 翌日はカロリンとカッシーがイサとプルピを連れて冒険者ギルドに行った。小さな依頼でもいいから受けておこうと決めた。いつナファルを出るか分からないので、不審に思われないよう実績を積んでおく。

 誰に対する対策かと言えばもちろんニホン組だ。カロリンとカッシーはニホン族の名簿に名前が載っている。行動の管理まではされないが、把握はされているらしい。余計な詮索を受けないためにも、若い冒険者らしく動いた方がいい。


 エイフとクリスは、ククリを連れて闘技場を巡ることにした。クリスは特に大闘技場に興味があった。ハパも付いてこようとしたが、少し離れてもらう。大闘技場ともなると精霊が視えるようなスキル持ちがいるかもしれない。変に目立ちたくなかった。

 クリスは静かに建物を観察したい。


「昼間でも入れて良かったね」


 エイフも知らなかったそうだが、昼にも試合はあった。夕方から始まる試合よりもずっと健全で安全らしい。騎士見習いや冒険者になりたての若者が、訓練がてらに練習試合をするそうだ。

 他にも魔法使いが会場を貸し切りにして使うという。闘技場には何重もの結界が張ってあるため、練習場を求めて都市の外まで出る必要がない。

 観覧席にも入場料を払えば入れる。ただ、入ろうとした時にエイフがしつこく勧誘された。


「あんた、がたいがいいな。試合に出ないか?」

「目玉になるぞ。どうだい、英雄にならないか」

「儲かるぞ~」

「一晩で美女奴隷が何人も買える。どうだ?」


 おもねるような闘技場の関係者に対して、エイフは「いらん」とにべもない。さっさと中に入っていくのを、クリスが慌てて追いかける。後ろから「ガキ連れだから無理だろ」との声が聞こえてた。クリスは振り返って「んべ」と舌を出して可愛い意趣返しだ。



 そんなこんなで観覧席に向かったが、途中で内部の観察も忘れない。


「壁材の質が悪いな~」

「そうなのか? 真っ白で綺麗じゃないか」

「表面だけね。よく見て。剥がれ落ちそう。それに塗りが下手。スキル持ちがやったとは思えない。わたしでももっと上手にやれるよ」

「まあ、お前は専門のスキル持ちだからな」

「そうかもね。でもスキルなんて使わなくても、これより綺麗に塗れるよ」

「そうか」

「ほんとだよ? 物づくりの加護がなくたって、できるんだから」

「分かった分かった。ほら、柱を見てみろ。手すりも凝った装飾だぞ」


 話を振られると、そちらが気になる。クリスは柱や手すりを近くで確認した。


「うーん」

「なんだ、やっぱり手抜きか?」

「ちぐはぐだね。柱は手抜き。手すりは専門の人が手がけたっぽい。だけど、据え付けがな~」


 据え付けは別だ。帝都から持ってきて素人が設置したのだろう。

 あまりいい仕事とは言えない。クリスは観覧席や柵もじっくり観察したが、どれも同じようなものだった。


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