201 帝都の情報とカロリンの愚痴
その日もクリスが受けられるような依頼がなかったため、冒険者ギルドの訓練スペースを借りて元職人たちに家テントの作り方指南をした。
何故かそれが依頼扱いになっていて、クリスのポイントとなった。地元の冒険者たちが職人らのために「やりたかった仕事に戻れて良かったな」と、ご祝儀扱いで出してくれたようだ。
さして時間のかからない作業を終えると、仕事から早めに帰ってきた冒険者たちから順番に飲み会が始まった。
エイフも交ざって話をしているが、酔い始めたのか、クリスがいる事実を忘れて過激な話題が飛び出す。その中に気になる話題もあった。
「じゃあ、帝都の方はニホン組が派手に動いているのか」
「らしいぞ。なんでも仲間割れしてるとかなんとか。俺は冒険者に強制依頼が出される前に逃げ出してきたんだ。その先は知らねぇし、知りたくもねぇな。こういう時はあちこち行ける冒険者で良かったと思うよ」
「だよな。市民権なんて持ってみろ。逃げられない上に徴兵義務まで発生すらぁ」
「違いない」
「俺たちはナファルの市民だからなぁ」
「いいじゃねぇか。落ち着いたら職人ギルドにも仕事が回ってくるだろ」
「だといいけど」
帝都から逃げてきたという男がこそこそと話す。
「ニホンが帝国の中枢に入り込んでいるらしいな。嫌な予感しかしねぇよ。前にあっただろう? 草の一本も生えない大地にされた事件。あんなのはごめんだぜ」
「ニホンの奴等がぶつかりあったら滅茶苦茶になるらしいもんな。小さい頃『いたずらばっかりしてたらニホンが来るぞ』って親に脅されたもんさ」
「お前らはフォティア帝国生まれか。俺らのところだとニホン族は『正しいことをしていれば助けてくださる偉い人』って言われるぞ」
「へぇぇ、そうなんだ。面白いな。鬼人の旦那はどうなんだい?」
「……俺のところは『出会ったら絶対に逆らうな』だ」
「マジかよ。過去に何かあったのかねぇ」
男たちは震える仕草をしてから話題を変えた。
クリスは彼等の話を聞きながら、そっとエイフの手を握った。大丈夫。大丈夫だよと心の中で伝える。
少しして、エイフからも握り返された。きゅっ、きゅっと、二回だけ。
きっと「ありがとう」という意味だろう。
宿に戻ってしばらくすると、カロリンとカッシーが帰ってきた。カロリンは疲れた顔だが、カッシーはにやけている。彼の頭の上にはハパがいるので、何か楽しい出来事があったのかもしれない。
イサはクリスを見るや、ふらふらと飛んできてしがみつく。
「大丈夫? 疲れたの?」
「ピルルゥ~」
「えぇぇ。なんかすごい窶れてるんだけど?」
「爺が自由すぎるのだ。わたしがいない間、爺を追いかけるためにイサが飛び回る羽目になってな。全く、人間社会を知らぬ爺は困る」
「うわぁ。てことはプルピもお疲れ様だよね」
「うむ。わたしがしっかりせねばならん」
「我とて働いたのだぞ。クリスよ、我を労うがいい」
「はいはい、お疲れ様」
「むっ、なんだその言い方は。これだから若い者は――」
「爺、それより人間たちには食事が必要なのだと何回言えば分かる。カロリンとカッシーに生命維持の糧を与えなくてはならん」
「む、そうであったな。よし、さあ、摂れ!」
このやりとりだけで彼等がどれほど大変だったのかが分かった。
先に食事を済ませていたクリスとエイフは、二人のために部屋まで食事を運んだ。この宿は部屋食が可能で、忙しい時は後回しにされるけれど自分で運ぶのならいつでも注文できる。
クリスたちと一緒に食事を済ませていたククリは、皆が食べるならと自分もテーブルの上に座った。専用の小さなテーブルと椅子を持参するので、仕方なくお菓子を用意する。
「歯磨きとか関係ないから別にいいんだけど、子育て的には与えるのダメなんじゃないかなあ?」
「クリス、落ち着いて? 精霊はそういうの関係ないと思うわ」
「そ、そうだよね」
「それよりクリスは、ククリが自分で小さなテーブルセットを用意してる姿を拝んだ方がいいと思う」
「キリッとした顔で変なこと言うのやめて」
「そうよ、カッシー。今日のあなたは本当に変態みたいだったわよ。何度困ったと思っているの」
食べながらカロリンが愚痴を零す。この日の組み合わせは、クリスが思う以上に危険だったようだ。
引率できるはずのプルピは「できる」精霊だけに勝手に動いて帰ってこない。ハパはマイペースだ。しかも本来の意図を察して動くプルピと違って興味を持った場所にしか行かない。イサはハラハラしてハパを追いかけ、それを見たカッシーは顔がにやけて不審者丸出し。
カロリンの愚痴は止まるところを知らなかった。
ひとしきり話し終えたカロリンに、クリスはカモマイルティーを出した。ミルクを入れたお茶に、カロリンはホッとした表情だ。
「で、そちらはどうだったの?」
「帝国の話が聞けたよ。ね、エイフ」
「ああ。ニホン組がかなり中枢に入り込んでいるようだ。ただ、それがどういう意図なのかは分からん」
「そんなに多く? 過激派以外にもってことかしら」
「さてな。ギルドにも相当数が潜り込んでいる様子だ」
エイフがそこで一旦区切った。ほんの少し、考えるそぶりを見せてから口を開く。
「クリスをヴィヴリオテカに置いて俺だけペルアの王都に行ったろう?」
「うん」
「そうだったらしいわね」
「あの時、ペルアのギルド本部にいるはずの人間が見当たらなかった。他にも数人の姿がなくて拍子抜けしたんだ」
「あ、そういえば捕まったら厄介だって言ってたね」
「そうだ。だが、いなかった。面倒な派閥の奴等が軒並み姿を消していた。ついでに反対勢力も出払っていた。俺に毎回厄介な依頼を持ち込むニホン族がいるんだが、そいつだけ残っていて『嫌な予感がする』と話していた。奴の『第六感』スキルは外れたことがない。近々、大きな騒ぎが起きるかもしれん」
話すのを躊躇っていたのは、カロリンとカッシーがどこの勢力なのかを見極めていたからだとも告げる。二人に頭を下げたエイフは、今度はクリスに向かった。
「ナファルに来るのを本当なら反対すべきだった。だが、ここは帝都から遠く離れている。少しの間ならと考えた。クリスの心の憂いを取り払ってやりたかったんだ」
「うん……」
「エルウィークが言うには、帝都が一番『嫌な予感』がするらしい。ただ、奴は稀に
もちろんだと勢いよく頷いた。クリスだけではない。カロリンとカッシーも同じく了承した。
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