200 班メンバーの移動と職人の仕事




 カロリンとカッシーは件の奴隷商だけでなく、他の店も「奴隷を物色する」という体で見て回った。クリスの母親の情報を得るためだ。けれど、さすがに十数年も前の情報を引き出すのは難しい。二人は肩を落として帰ってきた。

 でも、そんなに簡単に分かるとは思っていない。クリスの方こそ申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 そもそも、奴隷を扱う店がこれほど多いとは思っていなかった。

 闇奴隷市もあるというから、もうどうにもならない。

 それでも気になるという二人に、クリスは「ドワーフも扱っていた」という当初の店だけを重点的に調べてほしいと頼んだ。


 その時、話を聞いていたハパが「では我も手伝ってやろう」と言い出した。


「手伝うって?」

「何、我がカッシーに付いていてやろうと言うのだ。我が店の奥に入って、帳簿とやらを見てくればいいのだろう?」

「……嫌な予感しかしないんだけど」

「クリスの言う通り。爺よ、人間社会を知らぬお前が付け焼き刃で覚えた情報で何を調べるというのだ。わたしの方がずっと適任である」

「だが、おぬしらは近隣の精霊に挨拶ばかりしておるではないか」

「もう終わった」

「ふむ。ならば、皆で情報収集すれば良いのではないか。数は多い方がいい」


 仕切り始めたハパに頭を抱えたのはエイフだ。カッシーは嬉しそうだし、カロリンも面白そうだと笑っている。

 クリスは、たぶんエイフと似たような意味で引っかかっている件について口にした。


「待って待って。手伝うのはカッシーの許可を取ってからだし、だとしてもきちんと彼の指示を聞くのが大前提だけど、その前に大事な話があります。まさかククリをそっちの班に入れる気じゃないよね?」

「くく~?」

「うん、ククリはいい子だね。黙ってようか」

「あい!」


 黙ってようと言われて「あい」と答えるククリである。絶対に情報収集には向かない。

 そんなクリスの危機感を、ハパ以外が感じ取ってくれた。

 ハパは少し不満そうながら「では、イサをこちらに」と言い出す。

 イサは彼に可愛がってもらっていた経験があるし、今は「精霊の部下」という立場でもない。だからか、思案しつつもクリスに窺うような視線を向けてきた。


「イサがいいなら行っておいで。あ、無理な上司命令は聞かなくてもいいからね」

「ピッ!」


 お礼なのかクリスの頬にすりすりする。その体を撫でながら、クリスはハパに告げた。


「情報担当のリーダーはカッシーだからね。勝手に動いちゃダメだよ」

「……」


 ムッとするハパの顔を手で挟み、揉み込む。


「や、やめんか、こら」

「ハパ? 人間と一緒に行動するんだからルールを守ってね?」

「分かったから、やめんか」


 パサリと羽で払われるが痛くはなかった。プルピがぼそっと「デレデレしおって」と言うぐらいだから、案外こうしたスキンシップを喜んでいるのだろう。絶対に言わないが、プルピと少し似ている。

 クリスは内心で笑いながら、胸に張り付いていたククリをベリッと剥がして目の前に持ってきた。


「ククリはわたしやエイフと同じ班だよ。ちゃんとおとなしく頭の上にいてね」

「あい!」


 というわけで、組み合わせが決まった。




 翌日、ギルドに赴くとクリスは数人の冒険者に囲まれた。エイフがいるから怖くはないが、びっくりだ。どうしたのかと思えば原因はジェラルドだった。


「あんたが安く仕上げてくれたって自慢してたぜ」

「家テントって言うんだってな。仲間と奪い合いになってるらしいぞ」

「すごいもんだぜ。こんなちっこいのにな」


 ちっこいは余計だけれど、褒められると嬉しい。クリスはえへへと照れ笑いした。


「工賃を値切られたんじゃないのかって心配になって、つい聞いたんだけどよぉ」


 とは、ナファルの職人ギルドで仕事にあぶれ、仕方なく冒険者ギルドで働いている人だ。顔を覚えていたクリスは不安になって男を見上げた。すると、知り合いらしき冒険者が男と肩を組んだ。


「お嬢ちゃんが、安く叩かれてるんじゃないかって心配したのさ。こいつも嫌な目に遭ったんだ。な?」

「いや、まあ、俺の話はいいんだ。それより、お嬢ちゃんの話だ。聞けば手に入りやすい材料を揃えて作ったんだってな。その分、修繕の回数が増えるかもしれないってんで、その方法まで教えてやったそうじゃないか。それを聞いて俺は感動したよ。客の予算に応じる代わりに、欠点も伝える。しかも対処方法まで考えてやるなんざ、普通じゃねぇ」

「普通じゃねぇ、ってどういう意味だよ」

「すげーって話さ。お嬢ちゃんの仕事は一流だ。これぞ職人よ。俺ぁ感動したぜ」


 男がクリスの手を取ってぶんぶん振る。


「何より、お嬢ちゃんがタダ働きしたんじゃないと知って俺は嬉しかったんだ。職人の誇りも守った。最高だぜ」

「あ、ありがとう」

「しかも可愛いときた。こりゃ仕事がどんどん増えるぞ」

「あー」


 それは困る。クリスは曖昧に笑ってエイフを見上げた。エイフは苦笑して、男の手を軽い調子で払うとずいと前に出た。


「ここにいる間なら受けるがな。もっとも、あまり派手にやれば職人ギルドに『こっちの仕事を奪われた』なんて言われるだろう」

「ああ、そりゃそうだ。一度や二度ならともかく、同じ内容の依頼を何度も受けてちゃルールがどうとか言われるだろうな」


 突発的に発生した依頼や、当のギルドが忙しくて受けてもらえない場合などは他のギルドでも受理できる。冒険者ギルドに限らず、仕事が多少かぶることはあるが、やり過ぎてはいけない。


「でもよぉ、あの家テントってやつ、俺らも欲しいんだけど」

「だよなー」

「宿の模様替えってのも簡単だったらしいじゃないか。違う宿に泊まってた奴が気になって聞いてたぞ」


 わいわい騒ぎ出したので、クリスはまたエイフを見た。彼は一つ頷き、こう言った。


「だったら作り方を教えてもいいぞ。で、テントそのものを注文したい奴は職人ギルドを通してそいつに指名依頼を出せばいい。仕事がなくて困ってるのが、ここにもいるんだろ?」


 これは事前に話し合って決めたことだった。エイフが「ジェラルドの仲間が欲しがるかもしれんぞ」とからかっていたのを、カロリンが心配して「ギルド同士の揉め事に巻き込まれないよう権利を渡してしまえばいいんじゃないかしら」と提案したのだ。

 ナファルに住む者が作り方を知っていれば今後発生する修繕にも対応できる。

 それに権利と言えるほど特殊な造りでもない。


「い、いいのかよ」

「全然いいよ。むしろ引き継いでくれるのは助かるし」


 男はぶわっと涙を溢れさせて、クリスをドン引きさせた。


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