199 結界付きと依頼者への疑問




 呆然としたまま起き上がったジェラルドは、ベッドをそっと撫でた。


「すげぇ、気持ちいい。柔らかくて体がすごく楽になる」

「なんだよ、その感想は。ちょっと横になっただけで分かるわけねぇだろ」

「そのちょっとで分かるんだよ!」


 中を覗き込んでいた冒険者がびっくり顔でジェラルドを見る。それから怪訝そうにベッドを見た。宿の主人もだ。そして彼等の視線が、テント内にいたクリスに向かう。

 クリスはにんまり笑った。

 答えたのはジェラルドだ。


「この中にいたらすごく安心できるんだ。あっ、お前らが『おかしくなった』って思う気持ちは分かる。分かるけど、待て。本当に不思議なんだ。この感覚は、どこかで――」


 考え込んだジェラルドだったが、すぐに顔を上げた。


「迷宮の中にある転移石横の安全地帯だ」

「ああ?」

「結界だよ、安全地帯の! あそこだけは唯一、魔物が入ってこない」

「……それと同じって意味か?」

「そうだ。あの時の感覚と似ている」


 それを聞いた冒険者たちよりも、クリスの方がよっぽど驚いた。クリスがそろっと出入り口の向こう側を見ると、苦笑いのエイフがいる。彼は分かっていたのだろうか。

 だから言っただろ、とでも言いたげな表情だ。


 確かにエイフは、クリスの作った家が守られていると言った。結界のような力だとも。それは比喩でも、ただ頑丈というだけの意味でもなかった。魔物からも守られているという意味だったのだ。


「鑑定したら分かるんじゃないか。スキル持ちに視てもらおうぜ」

「費用がかかるだろうが。ちょいと試せば簡単だ」

「おい、待てよ。作ってもらったばかりで壊すつもりか!」

「お前が言ったんだぞ」


 クリスが呆然としている間に言い合いが始まってしまった。

 が、あとは勝手にしてくれ、だ。クリスの仕事はもう終わった。


「試すのは、お金を支払ってからにしてね」

「あっ」

「完成品を渡したのだから仕事は終わり。だよね?」

「あ、ああ。そうだな。悪い」


 クリスは図面に書き込んだ使い方マニュアルも一緒に渡した。テントを使った経験があれば見よう見まねで使えるはずだが念のためだ。



 家テントも破格の値段で請け負った。ジェラルドがお金を持っていないのは、宿の部屋を見れば分かる。なので、取りはぐれるよりは確実にもらえる価格にした。

 素材は卸価格にしたし、クリスの手間賃は職人へ支払う日当の半分だ。それでも損はしない。なにしろ使ったフラルゴはクリスが自分で採取してきたもので、軽魔鋼に至っては宿の改装に使った残りである。端材はこちらで処分していいと言われていたため、そのまま流用した。もちろん、宿の主人の許可は取ってある。

 しかも職人の日当は大人一人の値段であって、通常未成年のクリスに支払われる額は半分でも多いぐらい。そこは内緒だ。

 けれどもクリスが最初に提示した額を、ジェラルドが値切ることはなかった。

 しかも買い出しの際に、指名依頼として冒険者ギルドに出してくれていた。クリスは彼のサインをもらってギルドに行けばいいだけだ。


「じゃ、わたしはこれで」

「ありがとうな。また、仕事を頼んでもいいか?」

「ナファルにいる間ならね」

「あ、そうか。旅の冒険者だったな。あんたたち、何か目的があってナファルに来たのか? 依頼の途中ってわけじゃないんだな」


 ほんの少し探る様子が感じられて、クリスはエイフを振り返った。こういう対応は彼に任せればいい。


「ギュアラの村で違法の奴隷商を捕まえてな。その関係でナファルに寄ったんだ。本来の目的地はエガタ国だ」


 とは、以前そこにも行ってみたいねと皆で話題に出したからだろう。フォティア帝国からみて南にある国だ。


「エガタか! 俺もそこにいたことがある」

「ほう」

「地下都市アグルにある迷宮の幾つかを踏破してな。割と儲けたんで、旅行がてら北上してきたってわけさ」

「それはいいな。北と言えば、俺は迷宮都市ガレルにあるピュリニーの最下層を狙ってたんだぜ」


 二人は迷宮の話題で盛り上がった。

 呆れ顔のクリスの下に、イサが飛んできて慰めてくれる。仕方ないので二人が話している間に帰り支度だ。ペルとプロケッラを連れてくる。空になった荷車は解体して小さくした。これも組み立て式だ。小さくなったら袋に入れてプロケッラの背に乗せる。


「――なるほどなぁ。足踏み状態か。あそこは大陸一の大規模迷宮だもんな。それでアグルの迷宮を研究とは、さすが金級の冒険者だぜ。アグルの迷宮は小さいものばかりだが、数が多いし変わった迷宮も多いからなぁ。ピュリニー攻略のヒントがあるといいよな。おっと、長話になった。悪い」

「いや、こっちも情報をもらえたからな」


 クリスが待っていると気付いた二人は、慌てた様子で会話を切り上げた。



 冒険者ギルドに向かう間、クリスは気になっていたことをエイフに聞いた。


「ねぇ、あの人たち、ちょっと変だよね」

「ああ。さっきもアグルで儲けたと話していたが、それならあんな安宿に泊まるわけがない」

「普通はそうだよね」

「冒険者が儲けたって言うほどだ。隣国から旅してきてすっからかんになるとは思えん」


 話題に上ったエガタ国はフォティア帝国の南隣に位置する。それほど離れていない。

 エイフが言うように、旅をしただけで迷宮踏破の儲けがふいになるとは考えられなかった。

 他にも気になる点はある。クリスは歩きながら周囲を見回した。


「こんないい天気の日に、冒険者が何人も宿に残ってるのって変だよね」

「ああ」

「飲んでるとか怪我してるとかでもなかった。それに宿も、あのご主人一人だけだった。いくら安宿でも一人じゃ切り盛りするの大変だよね。それに他に泊まり客もいなかったみたいだし」


 突貫工事で宿を作ったと話していた通り、急いで宿の体裁を整えたと言わんばかりだった。ただ、悪い人たちではないとも思った。妖精であるイサの感覚をクリスは信じていたし、何よりもエイフの人を見る目を信じた。

 それに料理が美味しかった。誰かのために「美味しいもの」を作ったと分かる味だ。


「お金を貯めてるだけかなあ」

「クリスみたいな倹約家って感じでもなかったぞ」

「……さ、最近はそんなに、ケチケチしてないよね?」

「ああ。なんだったかな。そうだ、経済観念がしっかりしている、か?」


 いつぞやの台詞を口にするエイフに、クリスは半眼になった。


「いや、ケチだとは言ってない。言ってないから大丈夫だ。な?」

「うん。でさ、話を戻すけど、ジェラルドはこっちの言い値で払ってくれたよね。普通は一回ぐらい値切るものだよ。なのに何も言わなかった。わたしが未成年だって分かってるくせにね」

「そうだよな。職人ギルドに登録してるわけでもないのに、お前のスキルについて踏み込むような質問はしなかった」


 つまり、スキルにこだわりがないということだ。

 結果があればいい。そう言える人はスキルに左右されるこの世界では少ない。


 気にはなるが今のところ問題はない。クリスはギルドに書類を提出して着々と依頼数を上げた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る