197 テント?の作成
テントのようでいて、それよりずっと過ごしやすい家みたいなテントがいい。
ジェラルドの依頼はクリスを奮い立たせた。
ジェラルドは部屋の改装をあっさり終わらせたクリスに、以前から抱いていたテントへの不満を思い出したようだ。
話を聞くと、彼はこの都市の出身ではないという。今は事情があって滞在しているけれど、依頼の種類によっては旅にも出る。大きな隊商の護衛ならば馬車で休ませてもらえる場合もあるそうだが、大抵はテント持参が基本だ。
クリスはあれやこれやの希望を聞いて、脳内で情報を組み立てた。
「つまり、形にはこだわらないと。ただし体を十分に休められて、ちょっとやそっとの風雨には耐えられる頑丈さが欲しい。それだけ?」
「で、できれば持ち運びがしやすい方がいい」
「オッケー。そこは考えてみる。うん、よし。じゃあ図面を引くから」
後はもう誰の声も聞こえなかった。
ジェラルドの部屋の床を使ってザッと思いつく限りの図を描く。
足りない材料もあるが、ほとんどは手持ちにあった。ちょうどエイフが一緒にいて、彼の収納袋にはクリスの集めた素材も入れさせてもらっている。
クリスは顔を上げ、ジェラルドに必要な材料を買ってくるよう頼んだ。
「テント用の布がなければ気球用でもいいから。綿はどんなのでもいい。汚れてたらこっちで綺麗にする」
「わ、分かった。他には?」
「他の材料は手持ちにあるから。お安くしておくね」
「おう、頼む。じゃ、ひとっ走り行ってくる」
その間に、クリスはエイフの収納袋から荷物を取り出した。
誰も見ていないうちにどんどん出して、要らないものは即戻す。なるべくエイフの収納袋が大型だと知られない方がいい。そう思ってだ。エイフも気付いて手伝ってくれた。
それから準備にあれこれ動いていると、宿の主人が部屋に来た。食事を用意したという。エイフと一階に下りると、テーブルの上に多くの料理が載っていた。騒いでいた冒険者たちも手伝ったらしく、さあさあと椅子を勧められる。
「作業は昼からでもいいだろ。先に腹ごしらえだ。ささ、食べてくれ」
「ありがとう。いただきます!」
「俺まで悪いな」
「いやいや。あんたも荷物持ち兼、護衛だろ? だったら大工の下働きのようなもんさ」
クリスはエイフを見て、笑った。宿の主人はエイフを大工見習いだと言ったも同然で、しかし普通は未成年の子がなるものだ。エイフとは正反対のイメージである。
「今日の俺はクリスの手下だからな」
「えっ、やだー、そういう言い方」
「さっき笑ったから仕返しだ」
「えー」
言い合いながらも食事は進んで、皆が食べ終わった頃にジェラルドが戻ってきた。ちょっぴり涙目でテーブルの上を見ていたのは、ほとんど残っていなかったからだ。
ともあれ、材料を受け取ったクリスのやることは一つだけ。
「じゃ、中庭で作業を続けます」
ジェラルドを置いて、エイフと共に中庭に向かった。
部屋の改装もそうだったが、今回もテントを作るとは思っていない。どちらも「家」を意識してスキルを発動させた。
クリスが家だと思えば、それは家なのだ。
「始めます」
宣言して、広げた材料を前にスキルを発動する。やはりあっさりと集中モードに入った。
まずは綿を洗浄する。数度の洗浄で、まるで浄化したかのように綺麗になった。乾かすのも同じ。天日干しにして他の作業に移りかけた時点でもう乾いている。
気にはなったが、クリスは布の処理を始めた。
テントに使われる布は置いてなかったらしく、気球用の布だ。
気球用と言われているが、これはワイバーンを使った特殊配達便の荷籠にも使われる。軽くて丈夫な素材だ。飛行船にも使われるため分厚くて耐久性が高い。といっても道中、鳥の魔物に襲われることだってある。戦争中のフォティア帝国なら誤爆があるかもしれない。そのため、都市や大きな町にはすぐに補修できるよう素材が用意されている。
これはヴィヴリオテカで知り合った竜人族のクラフトに教わった。彼もまた荷籠を欲していて、調べたそうだ。その荷籠は、クリスがクラフトとその仲間のために「荷籠風の家」として作ってあげた。
その時と同じ素材を使って、今度はテントの形をした小さな家を作る。
縫い合わせるのに使う針は大きく太い。指貫と革の手袋を使いながらすいすいっと縫い合わせていく。外側の部分、それから内側。更に床に敷くためのマット部分も同じ。
次は中に挟むキルティングに取りかかった。キルティングにする布は高原黒羊の毛で出来ている。軽くて丈夫なのに、色が黒いというだけで不人気だ。当然、お安い。これに綿を詰め込んだ。
気球に使われる布には空魚という魔物の素材が交ぜられている。クリスも後で知ったのだが、山岳地帯の上空を飛んでいる大きな魚で、その尾びれや鱗が軽くて頑丈になる「素」らしい。この世界では魚が空を飛ぶのだ。もっとも、魔法のある世界だから「もうなんでもあり」なのだろう。
今回の「家」は以前、クリスが大きな亀の上に作った折りたたみ式の家が参考になっている。
同じように折りたためるよう、内部を細工していく。前回は板、今回は布だけれど考え方は近い。作業はサクサクと進んだ。
床部分には地面側に固いゴム、座面側には綿を敷き詰めた。くるくると丸めて仕舞うため、板は敷かない。とにかく軽く、それでいて座り心地を良くする。
ベッドはエアーマットタイプにした。中に使う綿はフラルゴだ。普通の綿より圧縮率が高く、広がるのも早い。空気を抜いて圧縮すれば小さくなる。そのため、布の内側に空気が抜けないよう部屋の改装でも使った水ゴムを使う。そのままでは使えないため配合を変えて塗る。乾けばしっかり織り目を塞いでくれた。
空気を抜くための穴も作り、スクリューキャップで止める。
家テントは四畳ほどのサイズにした。あまり大きいと森の中では設置できない。かといって「家のように過ごしやすい」を目指すならそこそこの広さが必要だ。そのギリギリのラインを見極める。
中にはエアーマットのベッドとテーブル、椅子しか置けないが、折りたたみ式のテーブルを広げれば極小コンロだって置ける。その上に網を乗せる台座を作った。これでテントの中でも簡単な煮炊きができる。当然、天井には換気口を取り付けた。
出入り口は二重になっており、手前はメッシュタイプの荒い布だから虫も入らない。外側の布を開けておけば、中で休んだまま外の様子が窺える。
外側の布は防水性で、天井にはランプを引っかけるフックも付けた。
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