196 簡単模様替えの部屋完成




 水ゴムはスライム凝固剤を合わせて熱を加えると型に入れる。成形は簡単だ。あっという間に固まるため、型から外しておけば運んでいる間にもう使用できる。

 組み立て終わった板を止めるのに、薄い板状の水ゴムを嵌める。ぽっち付きで小さな穴に入れたらいいだけだ。吸い付くように張り付いた。板の四隅にもう少し大きめの穴がある。刳り貫かずに半ばまで彫った穴だ。ここに同じ大きさに成形した水ゴムを嵌めればフラットになる。

 似たような色の顔料を混ぜて目立たなくしたのもあり、じっくり見ないと分からない。

 この四隅の穴は、パイプを嵌めるためのものだ。これで椅子や机やベッドを作る。


 材料が揃うと部屋一つ分ほどに分けてまとめ、それをジェラルドが泊まっている部屋に運ぶ。まだスキルが発動中なのは「組み立て」終えていないからだ。クリスは不思議な高揚感に包まれながら、ジェラルドが選んだパターンで「内装」を組み立て始めた。

 殺風景な部屋には寝袋と、小さなテーブルがあるだけだ。いかにも安宿といった風である。そこに大中小の板を運んで並べていく。


 クリスがやろうとしているのは「ジョイント式の板材を使って部屋をカスタマイズする」だ。

 必要なのは数種類の板とパイプと、それらを密着させて繋げる役目の水ゴムだけ。

 組み合わせによって出来上がりが違ってくる。

 たとえばジェラルドは小物が置けるようなヘッドボード付きのベッドが欲しかった。何かあった時すぐに手に取れるよう、近くに貴重品や剣を置きたいそうだ。机は要らない。けれど、仲間が来た時のために椅子が欲しいという。

 だから椅子を作る。背もたれに必要な板は大サイズ、座面は中サイズで脚はパイプを使う。パイプには床を傷つけないよう、水ゴムで作った脚カバーを付ければいい。


 ベッドは広い方が好きだという人、あるいは要らない人もいる。荷物を置くだけの冒険者もいるからだ。狭い部屋に寝に戻るだけのパーティーもいた。二人で使うなら、シングルサイズのベッドを並べる。部屋で作業をしたいのなら机と椅子が、屋台で食事を買ってきて食べるならテーブルがいる。

 荷物入れ一つとっても、欲しいサイズや形は人それぞれである。


 クリスはジェラルドの部屋の内装を組み立て終わると、振り返った。


「どうかな?」


 最も安上がりに模様替えができる部屋。色は全員同じで、細かな装飾なんて何もない。けれど彼の望んだ形になったはずだ。

 クリスはジェラルドの答えを待った。彼はぽかんとしていたけれど、やがて笑顔になった。


「すげーや! 最高だ! これ、こういうのが良かったんだ」

「寝袋卒業じゃねぇか。俺の部屋の壊れかけた小さいベッドともおさらばだ」

「俺は装備品を引っかけたいから、パイプを使った物入れがいいや。よし、早速組み立ててこよう」


 皆わいわいと騒ぎ出した。

 ふっとスキルが切れる。どうやら、これで終了のようだった。いつものように座り込まないのは、作業が簡単だったからだ。エイフが気にしていたけれど今回は大丈夫だった。

 クリスがホッとしていると、そこに宿の主人がやってきた。


「すごいもんだ。こんな殺風景な部屋に組み立て式の家具とはなぁ」

「ありがとうございます。ただ、規格統一したせいで、部屋の形によってはピッタリと決まらないと思います」

「そりゃ、仕方ないさ。作り付けの家具とはいかないものな。それにそんなもの頼んだら、奴等に文句を言われる。俺には合わないから要らないってな」


 そこで、主人が口ごもった。


「なんですか?」

「いや、ついでといっちゃなんだが、追加料金を払うから頼めないかな。そこの窓、嵌め殺しになってて開かないんだ。前に業者に見積もり取ったら、びっくりするほど高くてなぁ。だけど、こいつらむさくるしいだろ? 臭いんだよ」

「あー」


 クリスは半眼になった。何故かエイフがクリスから離れていく。別にエイフが臭うだとか睨んだわけでもないのに。


「板材は余ってるし、窓枠ぐらいなら足りるかな。ガラス窓として、押し開ける形ならそれほど時間もお金もかからないと思います。ただし、その部分は風に対して弱くなるから気を付けてください」

「嵌め殺しじゃなくなるからか? まあ、このへんは雨が少ないけどな。いや、砂嵐が問題か」

「ここ二階だから、嵐の時に板を打ち付けるって方法が取れないですよ? 雨戸も作っておいた方がいいと思いますけど」

「うーん、となると予算がなぁ」

「余ってる板材はないんですか。あれば、手間賃だけで済むし、それも勉強しますよ」


 今も十分安い値段で受けているのだが、安全を優先したいクリスはそう提案した。

 すると意外なところから助け船だ。ジェラルドだった。


「おやっさん、あっちの資金から出してもいいぜ。空気が悪いって前にも言われたしな。窓が開けられるようになるなら安いもんだ」

「そうか。なら、そうするか」

「ついでに追加で頼みたい仕事もあるし、ここでケチってたら頼めないからな」


 と、何やら二人で話し合っている。どこから出すのかは知らないが、クリスはチラリとエイフの肩に乗っているイサを見た。特におかしな様子はないので、悪い話をしているのではないだろう。


 結局、二階の客室の窓を全部開けられるようにした。そこまでは想定していたから、さっさと作業して終わった。家つくりスキルも問題なく稼働した。

 窓ガラスを切り取るのも、その場で作った窓枠に嵌め直すのも簡単なものだ。雨戸を設置する時だけは、窓から身を乗り出して外側に付けるという作業だったから、エイフがハラハラして止めてきた。そこは命綱をクリスの胴にくくりつけ、先をエイフに持っていてもらう形で納得してもらった。

 それよりもクリスが想定していなかったのは、ジェラルドの「追加で頼みたい仕事」だ。


 彼はテントが作れないかと相談してきた。


「テント? そんなの、冒険者向けのお店でいくらでも売ってるじゃない」

「そういうのじゃなくて、家みたいに過ごしやすい小さな空間が欲しいんだ。疲れた体を休めたい」

「体を休める? 家みたいにって、そんな――」


 無理じゃないのかと言いかけて、クリスは黙った。

 何故なら、またも「できる」と思ってしまったからだ。


「……それって組み立て式でもいいんだよね? テントも組み立てるけど同じような感じで。あ、土台はどうするのか、持ち運びについても聞きたい」


 ジェラルドはニッと笑った。子供みたいな、嬉しそうな笑顔だった。


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