195 宿屋にて作業開始




 翌朝早く、クリスはペルに乗って都市の南側にある宿屋まで移動した。荷物はプロケッラが運んでいる。クリスがペルに荷台を取り付けようとしたら、プロケッラが「俺がやるぜ」とばかりに邪魔してきたのだ。格好良いところを見せたかったらしい。

 通り過ぎる人々の多くが二度見する。竜馬に驚いているのか、その竜馬に荷台を引かせているせいか。


「ナファルは馬に乗っても税金を払わなくていいから有り難いな~」

「ピピッ」

「今、単純って言った?」

「ピ」

「知らんぷりしてもダメだからね」

「二人とも馬上で喧嘩するんじゃない。危ないだろ」

「ヒヒーン」

「おい、ペル。俺は怒ってるんじゃない。心配して注意しただけだ」

「ブルルル」

「分かった分かった。クリスに乗ってもらえて乗れて嬉しいんだな。存分に楽しめ」


 と、プロケッラに乗ったエイフが笑う。彼の言う通り、ペルは久しぶりにクリスが乗ったため喜んでいる。より楽しんでいるのはクリスの方だ。エイフはクリスにも言ったのだろう。



 宿に到着するとジェラルドだけでなく数人の冒険者たちが待っていた。彼等も希望を直接伝えたいらしい。クリスたちが馬から下りた途端に宿の主人と競うように話し始める。エイフが間に入って止めるぐらい、楽しみだったようだ。

 それからジェラルドが「まずは中に入ろう」と促し、落ち着いたところで宿の主人が話し始めた。


「そもそも、この宿は突貫工事で作ったようなもんでな」

「突貫すぎるだろ。ここ、元は倉庫だったのを改築して宿にしたんだってよ。二階を作って部屋を小さく区切ったのさ」

「だから明かり取りの窓は開かないわ、部屋は板で区切っただけで愛想も何もない」

「お前ら、文句言いすぎだぜ。その分、安くしてるだろうが」


 ごつい体の主人が睨む。クリスは冒険者の男たちを見てきているので強面に慣れているが、普通の子供なら泣くのではないだろうか。

 もっともクリスの側にもエイフという最強の男がいるので、強面勝負なら負けない。特に立派な角と服を着ていても分かる筋肉モリモリは強さダダ漏れである。


「はいはい。現状の不満はそれぐらいでいいですか?」

「おっ、おう」

「では、それぞれの意見を摺り合わせて最終案を決めてしまいましょうか」

「……本当にお嬢ちゃんがやるんだな」

「そうです。もしも不安だからと中止されるなら申し出てください。その場合はこちらにマイナスポイントが入らないよう『依頼の取り下げ』でお願いします」

「いや、そういう意味じゃないんだ。悪い」


 宿の主人が慌てて頭を下げた。クリスもそうだろうなとは思っていたが、途中で「やっぱり、やーめた」と翻意されたら困る。だから釘を刺した。

 ただ、横にいたエイフがクリスをチラリと見て何か言いたそうだ。そこまで厳しく言わなくてもと思っているのだろうか。クリスはエイフに何か言われる前に、急いで口を開いた。


「では、各自で部屋の模様替えが可能となる『自在にカスタマイズできる部屋』の改装工事を始めますね」


 もちろん幾つかのパターンで、見本となる間取り図は見せた。自在にカスタマイズできるとはいえ、どう作ればいいのかイメージが湧かない人もいるだろうからだ。

 図面を見たジェラルドは真っ先に「俺はこれがいい!」と一枚目を指差した。別の冒険者も覗き込んで「俺はこっちだ」と選んでいる。宿の主人も「なるほどなぁ、これはいい」と納得していたので大丈夫だろう。

 それにしても客同士まで仲が良い。アットホームな宿の雰囲気はまるで民宿、あるいはユースホステルをクリスに連想させる。それぐらい彼等は親しげだった。



 作業場所は宿の中庭を借りた。ここにシートを敷いて、持参した荷車から材料を下ろす。

 ペルもプロケッラも中庭の端にある大きな木の下で休んでいる。冒険者の一人が見ていてくれるというから任せた。彼等は今日は仕事に行かないらしい。クリスの作業風景を見たいというよりも、どんな風になるのかが気になっている様子だ。

 クリスが一人なら、彼等の存在は気が散っていたかもしれない。けれど今は背後にエイフがいる。まるで守護神のように腕を組んでどっしりと構えていた。

 なんだか面白くて、嬉しい。

 クリスは息を大きく吸って吐いた。


「始めます」


 家つくりスキルが発動した。図面は手元にあったが見なくてもいい。全て頭の中に入っているし、次にどう動けばいいのかも分かる。

 まずは板材を切り揃えていく。基本の形は決まっているから、それに沿って切ればいい。

 次に断面の処理だ。更に板同士を繋ぐのに重ねた部分が互い違いに組み合わさるよう、端を削り落とす。直角で繋ぐ場合は溝に嵌めることから、溝のある板も作った。溝には小さな穴も開ける。他にも板本体に丸い穴を開けた。

 それらの基本形を作ってしまうと、あとは簡単だ。規格は同じだから流れ作業のままどんどん増やせばいい。背後で「早い!」だとか「あのスキルは一体?」という声が聞こえてくるけれど、クリスにとっては頭に残らないBGMだった。


 板の処理が終われば次は軽魔鋼のパイプをカットする。魔鋼だと高価で、なおかつ重い。だから便利素材の軽魔鋼製にした。

 軽魔鋼は力自慢が岩に叩きつければ曲がるぐらい弱いけれど、パイプにして洗濯物を干す程度なら十分に使える。そういう用途で売られているものだ。女性一人なら掴んでも耐えられる。エイフだと簡単に曲げてしまえるだろう。

 しかし、そのパイプを幾つも並べた上に板を載せれば男性の一人や二人、十分に支えられる。そして魔鋼より軽いため持ち運びが簡単だ。こんな使い勝手のいい素材はない。何よりも安い。それが一番、クリスが軽魔鋼を推す理由になっている。


 次は、必要な素材を作るために「脂」を用意する。

 クリスは魔法都市ヴィヴリオテカで土鼠を多く退治した。その中に、数は少なかったけれど水鼠もいた。変異種と呼ばれる魔物で水場に多く見られ、また泳げることからその名が付いた。この水鼠、体のほとんどが脂でできている。それが浮き輪代わりになったのだろう。

 この脂を精製すると柔らかいゴムのようになって使い勝手がいい。脂ゴムや水ゴムとも呼ばれていて、スライム凝固剤を合成することで固さを調整する。

 水鼠はそう多くない魔物だけれど、かといって高い素材でもない。今後のメンテナンスで必要になっても簡単に購入できるものだ。

 クリスは自分がいなくなった後のことも考えて作っている。


 魔法都市ヴィヴリオテカで家を作った時に強く思った。

 果樹園のオーナーであるトニーが教えてくれたのだ。クリスの作った家が「守られている」と。

 彼は、手を入れて大事にすれば長く使えるだろうとも言った。

 であるならば、住人が自分たちでメンテナンスができるように考えて作らなくてはならない。

 スキルによってある程度守られているらしいとはいえ、経年劣化は免れないのだから。

 元々そういうつもりで作っていたけれど改めて強く考えるようになった。


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