194 宣伝も大事、指名依頼を受ける




 家の中の改装は、規模にもよるが誰にだってできる。たとえば棚を増やすだとか壊れかけた家具の修理だとか、それぐらいなら女性にだって可能だ。

 もう少し複雑になると木工スキル持ちの出番で、床の補修をしたり窓枠を修理したりする。部屋を増築するなら大工スキル持ちが必要だ。作業が大がかりになるのだから当然である。

 宿のような大きな建物を一から作り上げる場合は、大工スキル持ちが数人以上、あるいは大工頭スキルがないと難しい。設計は中級の建築スキルや上級の建築士スキルが担う。そうなると相応の金額が必要だ。それはスキルの価値というより技術への対価だとクリスは思っている。

 しかし青年は、下級スキルに払う程度の金額を提示してしまった。当然断られた。


「そりゃあ、仕事量が多いのに金額が安いと職人さんは断るよ」

「いや、でもさ、前のところだと空間単位で支払ってたんだ。一部屋幾らって感じでさ。スキル持ちだから早く仕上げられるだろ? だから相手側もお得というか、上手く回ってたっていうか」

「あのねえ。あなたがどこの人かは知らないけど、ナファルのギルドでは作業ボリュームで賃金を決めてるんでしょ。郷に入っては郷に従え、だよ」

「うっ。分かってるよ。だから後で撤回したんだぜ。なのに『バカにしやがって』って言われてさ。二回目は話も聞いてくれないんだ」

「当たり前だよ。言っておくけどスキルとかランクとか関係ないからね? あなたに職人さんへの尊敬がないから怒ってるの」


 クリスが懇々と説教を始めると青年は小さくなって項垂れた。

 聞いていた近くの冒険者たちが憐れみの声で「もう分かったろうからさ」「許してやれよ」と言い出して、結局はエイフが止めに入った。


「まあまあ、もういいだろ。で、どういう仕事内容なんだ? それを聞かなきゃ受けるかどうかは答えられないぞ」


 面倒くさそうな案件だろうと思っているのはエイフもらしい。先に詳細を説明させようとしたが、青年は「ここではちょっと」と言葉を濁す。

 クリスが半眼になると、青年は慌てて続けた。


「あっ、えっと、外で。喉が渇きませんか! 奢ります。そこで詳しい話を!」


 彼の視線の先には他の冒険者たちがいて、話を聞かれたくないのだろう。クリスはエイフと頷き合って、一緒に外に出た。




 結果として、青年の依頼は受けることに決まった。冒険者ギルドに指名依頼を出してもらう形を取った。契約状態になるのでお互いに損はしない。手数料はいわば保険だ。

 ギルドの近くにあったオシャレではない喫茶店で話を聞いたクリスは、何度も確認した上でまたギルドに戻り、その場で依頼を受理した。作業は翌日からになる。

 その前に必要な素材の買い出しだ。


「詳細を聞いて良かったよ。ジェラルドの出してきた希望、ややこしいもん。他のスキル持ちの人だったら作業ボリュームが多すぎて請求額も高くなっただろうしね」

「そうか。俺には分からんが、クリスはできると思ったんだな?」

「うん」


 家つくりスキルが「できる」と教えてくれる。だから引き受けた。それに面白そうだとも思った。



 ジェラルドと名乗った青年の依頼は「宿の部屋を改装してほしい」だった。しかも彼の分だけではない。その宿に泊まる他の冒険者たちまでが「俺はこんな部屋がいい」と言いだし盛り上がったそうだ。宿の人が聞いたら気を悪くするのではないかと心配したが、皆と一緒になって「それいいな!」と了承した。

 かくして、彼等の夢や希望が詰まった改装案が出来上がった。ところがあくまでも素人の考えだ。できるできないもある。価格面でも折り合いがつかず、頓挫しかけたところに外から来た冒険者の噂を聞いた。

 そう、エイフの「うちのクリスはすごいだろ」自慢である。宣伝のつもりもあったろうが、クリスはちょっぴり恥ずかしかった。

 けれども、それが功を奏した。


「だが、奴の顔は見物だったな。クリスが『つまり自在にカスタマイズできる部屋を作りたいのね?』って言ったら、呆けた顔で固まってたろ」

「口真似しないでよ、似てないから。でもそうだね。最初は意味が通じてないのかと思っちゃった。あれ、引き受けてくれるって分かって驚いたんだね」

「あいつ、話しながら段々声の大きさが落ちていったからな。自分でも分かったんだろ、無茶言ってるって」

「そりゃね。木工や細工スキルだろうと大工スキルだろうと、オーダーメイドに近い改装を一人一人に作るなんて手間ばっかりかかるもん」


 それを、クリスは規格統一することによって可能になると判断した。

 思いついた瞬間からワクワクして「もう受けるしかない」と考えた。やりたいと思ってしまった。


「嬉しそうだな、クリス」

「うん!」

「お前にはやっぱり家つくりスキルが合ってるんだな」

「合ってる、か……」

「ああ。全員が全員、自分に合ったスキルを持ってるわけじゃないからな」

「それを考えたら、わたしは幸せだね」

「そうだな。だが、自分に授かった能力を受け入れて正しく活用しようとする、その姿勢も大事なんだと思うぞ」


 それについてはクリスも同感だ。家つくりスキルはクリスが前世で望んだ結果だろう。けれど、本当にそうだろうか。何故なら、クリスは自分の家が欲しかっただけで、それを生業にしたいとは思っていなかった。

 もしも物づくりが嫌いだったら?

 家つくりスキルは苦痛だったに違いない。しかも、この世界では大工など、家を作る職人の仕事は男性を中心に回っている。仕事として成り立たない可能性もあるのだ。

 けれど、今のクリスは他人のために家を作り、なんとかこうして働けている。

 もちろんスキルだけで生活できているわけではない。

 紋様紙という内職仕事もしなくてはならないし、冒険者ギルドで定期的に仕事を受けないとままならない立場だ。どこかで落ち着いて市民権を得るまでは冒険者の仕事は切っても切り離せない。

 嫌だろうが何だろうが働くしかないのだ。


「自分にできる仕事を精一杯やるしかないんだよね」

「ああ。お前はあれこれ言うが仕事に対しては真面目だ。腐ったりせず、一生懸命頑張っているだろう? そういう姿勢を俺は尊敬している」

「お、おお……。どうしたのエイフ。大丈夫?」

「せっかく褒めてやったのに、これだ。まったく。そら、材木屋に着いたぞ。必要な分はもう計算できているのか?」

「もちろん!」


 歩きながら、すでに必要な寸法は計算し終わっている。家つくりスキルが薄らと常時発動状態になっていた。

 どうやらクリスのスキルは、必要な時に自動でオンオフができるらしかった。


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