193 帝国のギルドの様子と依頼について
ギルド職員にもいい加減な人はいる。適当に処理するだけならまだしも――それも良くないが――、グレーだと分かっていて袖の下を受け取り処理してしまう。
今回もそうだった。店から「若ければ若いほどいい」と言われて依頼を受理し、上司のチェックをすり抜けて貼ったのだとか。上司に叱られていたが本人に反省の色はない。
「若い女にも仕事が必要だろうと思ったんですよ! 仕事がなけりゃ、食っていけない。食えなければ借金して、やがて奴隷落ちだ。そうなったら地獄でしょうが。それよりはマシじゃないんすかっ?」
「だからってルールを破っていいわけないだろうが。第一この店が地獄の入り口になるかもしれないだろう!」
受付のある広間にも聞こえる大声で、クリスとエイフは顔を見合わせて肩を竦めた。
そこに先ほどの女性がやってきて溜息だ。
「同僚を庇うわけじゃないけど、確かに女の子の働き口ってあまりないのよね。あなたも依頼がないでしょう?」
「はい」
「そもそも小さいうちから働かないといけないような生活なら、いっそ養護施設に行くべきなのよ。衣食住が揃ってるもの。だけど勧めても行きたがらないのよね」
「どうしてですか?」
「ナファルの神殿に帝都の貴族が出入りしていて、それが奴隷商と関係のある貴族じゃないかという噂話が広がったの。養護施設にいるのは庇ってくれる親がいない子ばかりよ。だから不安に思うのでしょうね」
「危機感を抱いたんですね。でも神殿は独立した組織だから、普通は寄付のために出入りしたと考えるはずなのに」
「実は神殿の運営方針に帝国が口出ししているそうなの。その関係かもしれないわ」
クリスがチラッとエイフを見ると、彼は小さく頷いて小声になった。
「帝都はどうなんだ? 神殿が介入されているなら冒険者ギルドだって同じだと思った方がいいんじゃないのか」
「それは大丈夫よ」
女性はニコニコ笑った。
「帝都の冒険者ギルド本部はニホン族が管理してるもの。ペルア国と同じと考えていいわよ」
クリスは何も言えなかったが、エイフは「そうか、それなら良かったな」と答えた。
その後二人は受付の女性となんでもないような会話を二三交わして、話が終わった。
受付から離れて酒場で飲み物を頼む。
他の冒険者たちと離れた場所に座って、クリスはエイフを見上げた。
「あんまり、いい話じゃないよね?」
「ああ。一部の過激派だけが帝国に移動して、その中枢に入り込んでいるとは聞いていたが――」
まさか冒険者ギルド本部を「管理」しているとは思わなかった。しかも、受付の女性がそれを「大丈夫」だと思っている。ニホン族がそこまで信頼されているのも不思議だった。一つの団体に全てを任せてしまうなど、普通に考えればおかしい。クリスだって気付くことを誰も指摘しないのだろうか。何よりも。
「権力を一つに集中させることへの危険は、ニホン族なら知ってるはずだよ」
「そうだな。それにしても、奴等は随分とフォティア帝国に入り込んでいるようだ」
「なんだか怖いね」
「帝都から離れているとはいえ、俺たちは目立つ。ナファルでも長居はしたくないな」
「カロリンたちみたいに着替えたら済む問題じゃないもんね」
エイフは体格が良すぎて変装に向かないし、そもそも立派な角があるので隠しようがない。潜入捜査なんてとてもではないが無理だ。だからこそ、彼は「冒険者」として活動しながらニホン組について調べていた。
ふと気になって、クリスは聞いてみた。
「もし冒険者になっていなかったら何をしてた? なりたいものってあった?」
「なりたいものか。そうだな。そういや、小さい頃は商人になりたいと思っていたな」
「商人? え、なんで。全然イメージと違うよ」
「小さい頃は、村に来る隊商がとにかく待ち遠しくてな。村にないものをたくさん持ってきてくれる。滞在している間に聞かされる他の町や都市の話が楽しかったんだ」
「ああ、そういう意味か~」
「……友人と、いつか世界を旅して回りたいと夢を語り合った。友人が手綱を握って御者をやりたいと言うもんだから、俺は『じゃあ護衛をやる!』って返して、それで剣を持とうと考えた。単純だったな」
懐かしそうに話す。クリスはエイフが笑っている姿にホッとしたような、それでいて泣きたいような心地になった。そっと胸を押さえる。けれど、すぐに胸にあった手を握り拳にして笑顔を作った。
「今は商人じゃないけど、御者もやりつつ護衛もやってるね?」
「そういやそうだな。……やりたいことをやれているのか。そうか」
ほんの少し、エイフの瞳が哀しいと語っていたけれど、彼は無言で全てを飲み込んだ。
クリスは心の中で「友人はきっとエイフが夢を叶えているのを喜んでいるよ」と告げた。そんなこと、口にしなくてもエイフはきっと分かっている。彼はクリスの頭に手を置いて強く撫でた。
「お前のおかげだな。おっと、イサ、すまん」
「ピッ!」
「待てよ。すぐに戻す。ほら、巣は元通りだ」
「エイフ、わたしの頭はイサの巣じゃないからね。あと、ぐちゃぐちゃにしすぎだよ!」
「そういう髪型だと思えば問題ないんじゃないか?」
「オシャレについて門外漢のエイフに『問題ない』って言われても安心できない」
「……」
エイフは黙ってクリスの頭に手を置きかけ、戻ってきたイサに突かれたようだった。
他の冒険者たちとも少し話をしてから、クリスたちは依頼を受けるのを諦めてギルドを後にしようとした。
そこで声を掛けられた。
「あのさ、あんたらだよな。馬車を改造して家を作ったっていうの」
「そうだが?」
何故かエイフが答える。彼はクリスの仲間だが、今は保護者という気持ちで対応しているらしい。クリスを隠すように前に出る。
話し掛けてきた冒険者と思しき青年はビクッとして言葉に詰まった。けれど、エイフの威圧にめげず切り出した。
「昨日、ここで冒険者たちが話しているのを聞いたんだ。それで家の改造が得意なら頼みたい仕事があって」
「何故、よそ者にそんな話を持ってくるんだ?」
「もちろん、職人ギルドに行ったさ。だけど、注文が細かいからって断られたんだ。大工のやる仕事じゃないとかなんとか。で、冒険者ギルドにも依頼を出したが、力仕事は得意でも細かい作業が無理ときた」
「一度頼んだのか」
「ああ。散々な結果だった。で、そういうちまちました作業ができそうな職人がいないか、もう一度あっちに行ってみたが」
「断られたのか」
「小間物細工っていうのか? ああいうのが専門だったり、家具専門だったりして、ちょうどいい職人がいないらしい」
ようするに家を建てるほどの大きな大工仕事でもなく、家具を作るような細かい仕事でもない。つまりは――。
「もしかして改装したいの? 使い勝手が良くなるように変更したいとか」
つい口を挟むと、青年は「それだ!」とクリスを指差して笑った。
**********
コミカライズ版2巻が10月27日に発売されました!
家つくりスキルで異世界を生き延びろ2 (電撃コミックスNEXT)
ISBN-13 : 978-4049140873
日向 ののか (著), 小鳥屋エム (原著), 文倉 十 (デザイン)
(敬称略)
書き下ろしもあります♥
日向先生の描く、表情豊かなクリスや仲間たちをぜひよろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます