192 魔術紋の改変と別れての行動




 話を終えて部屋に戻り、それぞれが飲み足りなかったり休憩したりでソファに座る。

 クリスは居間の半分を占拠して紋様紙描きだ。

 その間もカロリンはまだ愚痴を零していた。カッシーはもう聞いていなくて、精霊たちのいる部屋を覗いてはククリに「や!」と叫ばれている。

 クリスはそれを見て、ふと呟いた。


「カッシーの四つ目のスキルって、もしかしたら精霊に嫌われる何かだったりして」

「いやいや、そんな。……そんなことないよね? ククリちゃんだけだもんね? ハパさん、プルピさぁん!!」

「ええい、うるさい!」


 プルピにまで怒られている。ハパはどうなのかと思えば、ふわふわーっと飛んできてカッシーの頭の上に乗った。


「うむ。そのようなスキルではない」

「ハパさん、分かるの?」

「え、ハパ、すごいね」


 カッシーが目を輝かせ、クリスが褒めるとハパは心なしか胸を反らせてドヤ顔だ。

 クリスの近くにいたイサが「ピルゥ」と溜息めいた鳴き声だから、きっと呆れているのだろう。育ての親のドヤ顔は見たくなかったようだ。


「触れていれば、正誤ぐらいは分かる」

「つまり、しかとは答えられないのであろう? ふん。自慢げに言いおって」

「むっ、だが当たっているかどうかは分かるのだ。それで良かろう」

「はいはい。二人とも喧嘩しない。それより、カッシーには四つ目のスキルがありそうだから気になるよね~」

「今度、神殿で調べてもらえばいいのよ。わたしも視てもらおうかしら」

「君は成人の儀を済ませたから増えないだろ」


 カロリンまで話に参加し、うるさくなってきた。クリスは溜息を一つ吐いてから紋様紙描きに戻った。イサとエイフは静かだ。いつだってクリスの作業の邪魔をしない。こういう優しさも彼等が好きな理由である。もちろん、うるさく騒いでいる皆も結局は好きなのだけれど。

 とはいえ今は――。


「静かにしないのなら【爆音】の紋様紙を使うよ?」


 全員が固まった。


「い、いやねぇ。静かにするわよ。ええ、夜だものね」

「僕だって!」

「俺は無関係だろ?」

「ピルル!」

「わたしは静かにしていたはずだ」

「ふむ。だが、そんなものを使えば他の人間にも迷惑がかかるのではないか?」

「あっ、ハパさん、そういうツッコミはダメだって!」


 クリスはニヤリと笑った。魔女様考案の複雑な紋様が描かれた小さな紋様紙を取り出す。


「ハパ、いい質問だね。実はコレ、改良したんだ。だから結界付きの【爆音】になります。つまり一枚で使えるってわけ。ふふふ……」


 クリスは、地下から吹き上げる魔力素を抑えるために魔女様が作ったという調整盤を間近で見た。それだけではない。その周辺を埋め尽くした魔女様考案の魔術紋も学びとなって――たとえ過去のもので荒削りだったとしても――クリスに閃きをもたらしてくれた。もちろん全部を解明したわけではないし、そこまでの記憶力もない。けれど、完成形であろう現在の魔術紋の、クリスでは理解できなかった箇所を穴埋めしてくれた。

 どうやって繋げばいいのか、改良の方法は何か。分からなかった部分がするすると解けていったのだ。

 魔女様のように一から作る真似は到底できない。が、すでにある、教わった魔術紋のちょっとした改良ならばできる。

 しかも、実は「早く」描けるようになった。


「今のわたしには【増幅推進】があるからね」


 調整盤の近くに描いてあった魔術紋の中に、ごくごく簡単な一文があった。読み解くまでもなく、文字通り能力を増幅し後押ししてくれるものだと分かった。これのいいところは【身体強化】のように反動が来ないことだ。そこまで体に負担を掛けるものではない。体の一部、あるいは作業自体に掛けられるからだ。

 しかも魔術紋はとても簡単だった。紙も、売り物の方を小さく切って使ってもいい、という安上がり具合だ。バンバン使っても惜しくない。


「分かった分かった。だから、そのニヤニヤした顔は止めよ。年頃の娘がなんて顔をするのだ」

「そうよぉ、クリス。今のはちょっとひどいわ」

「そうかな、僕はドヤ顔のクリスも可愛いと思うけど」


 最近ようやく「ちゃん」付けを止めたカッシーがフォローしてくれる。それを聞いて、クリスはエイフを見た。


「……俺は何も言ってないからな」

「ピピピ!」

「我は好みではない。尾が震えたぞ」


 最後のハパの台詞で、皆が彼を押さえにかかった。「ハパもう黙れ」と一致団結したらしい。

 エイフは我関せず、グラスを持ったまま寝室に逃げる。イサは「ピルゥ」と溜息のように鳴いた。

 ちなみにこれだけ騒いでいるのにククリは出てこなかったが、たぶんもう寝てしまったのだろう。一番マイペースな子なのだ。

 この日も平和に夜は更けた。




 翌日、カロリンとカッシーは地味な格好に着替えて先に宿を出ていった。目立ってニホン組と揉めれば、調べている奴隷商に逃げられてしまうかもしれない。

 ちなみに旅の途中で捕まえた件の奴隷商は、自分で店をやっていると話していたが実際には雇われだった。仕入れ担当ではないかとカッシーは思っているようだ。まだ店を突き止めて軽く話を聞いただけだから詳細は分からない。

 もしも違法な店であればナファルの行政に突き出すのだとカロリンはやる気満々だ。


「だけど、滞在期間中に依頼の一つぐらいは受けておかないとダメよねぇ」

「そうだよね。クリス、いい仕事があったら押さえといてくれる?」

「うん、任せて!」


 この日も別れての行動となった。



 後から宿を出たクリスとエイフは、イサを連れて冒険者ギルドに顔を出した。それなりに早い時間であったにもかかわらず、クリスが受けられそうな依頼はない。


「子守りの依頼は経産婦のみ、か。こっちは庭掃除だけど男の子が限定と。あっ、女の子の指定がある!」

「どれだ?」

「これ、見て見て! ……って、あー」

「ダメだ」

「うん。これはダメだね」


 住所が東側になる店の、接客担当を臨時募集だった。営業時間は夜からで「少女」のみを希望している。


「受付に文句を言っておくか」

「だよねー。明らかに未成年の募集なのに、精査もせずそのまんま載せるなんてルール違反もいいとこだよ」


 というわけで受付に依頼書を持って行くと、受理されそうになってしまった。

 エイフが睨み付けると、若い女性は後退って泣きそうな顔だ。


「ちゃんと見ろ。夜の営業時間だぞ。酒の入る時間帯、東側の店、そんな場所に少女を働きに行かせるつもりか」

「あっ、本当だわ。誰よ、これを受け付けたの」


 受付の女性も知らなかったらしい。クリスはホッとした。


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