191 カロリンとカッシー



 夜、全員が揃うと、食事を前にしてカロリンが怒りだした。


「ちょっと聞いてくれる? ニホン組がいたのよ!」

「お、おう」


 エイフがたじたじで、ほんの少し体が仰け反っている。クリスはカッシーをチラリと見た。彼は口パクで「また揉めたんだ」と言う。かなりお疲れの表情だ。

 その間もカロリンの口は止まらない。


「あの奴隷商のこと、あからさまに調べるわけにもいかないでしょう? だから、客の振りをして店に行ったのよ。そしたら偶然ニホン組がいて『お前らも好きだな~』って勝手にお仲間扱い。潜入捜査だから違うとも言えないでしょう? 黙ってたら『あんたたちの方が希少性ある』だとか『売り物になれんじゃね』ですって。しかも『なんだったら俺らが買うけど』よ。はぁ? そりゃあ、わたしは綺麗よ。カッシーも! でもね!」


 一気に叫ぶと、カロリンは指をカクカクと動かしながら天を仰いだ。不思議なパフォーマンスに、エイフが困った様子でクリスに助けを求める。普段あれだけ強い男が美人のキレる姿に困る姿は面白い。クリスは笑いながらカロリンを宥めた。


「落ち着いて、カロリン」

「クリス!」

「はい!」

「あなたは絶対に店へ行ってはいけないわ。分かったわねっ?」

「はーい」

「あのクソ野郎共の目に映るのさえ許せない」

「カロリン、言葉遣い」

「うるさいわね、分かってるわよ!」


 カロリンは貴族の娘として生まれ、それなりの教育を施されたという。ところが冒険者になってから庶民言葉を覚えた。しかも「前世の因果を引きずっちゃうのかしらねぇ」と話していたので、前世でちょっぴりヤンチャな経験があるのだろう。

 それに「死んだ時はお酒が足りなくて買い出し中だったのよ、高かったのに勿体ないったらないわ」などと言うから、当時はホステスさんだったのかもしれない。今世ではほぼ飲めない体になったのも「前世で飲み過ぎたせいかしらね」と笑っていた。


「とにかく、問題のありそうなニホン組が来てるみたいなの。あ、ペルア本部からじゃないわよ。たぶん過激派の下っ端ね」


 エイフの顔色が変わった。


「フォティア帝国の戦争に参加している奴等か?」

「ええ、でも一軍じゃないわね。二軍にも入れない下っ端みたい。そうよね、カッシー」

「うん。聞き耳立ててたんだけど、あれ、たぶん上から奴隷を多く集めてこいって命令されたんじゃないかな」

「使い潰しのためか。本当にろくな真似をしない国だ」

「そんな国に挙って行くバカ共よ。ろくな人間じゃないわ。いくら下っ端とはいえ、会っちゃダメ。いいわね、クリス」

「分かってます。逃げるが勝ち、危ない場所には絶対行かない」

「あとはエイフと一緒にいることよ」

「はーい。でも、カロリンやカッシーだって見た目が良いんだから気を付けてね」


 どちらもハッとするほどの美形だ。カッシーに至ってはエルフ族という人気の種族である。いくら男性とはいえ危険だ。

 はたして、カロリンが悩ましい溜息を漏らしながら愚痴る。


「そうなのよ。わたしは貴族令嬢として育てられたから護身については頭でも体でも理解できているの。けれど、カッシーはねぇ」

「ぼ、僕だって分かってるよ」

「でもあなた、自分が美青年だという意識が時々抜けているわよ?」


 なんでも「町のお風呂屋さんに平然と入りに行ったのよ?」だそうだ。さすがにお風呂ぐらい入ってもいいんじゃないかと思うが、カロリンいわく「それじゃダメなのよ!」らしい。クリスまで怒られてしまった。

 クリスとエイフは顔を見合わせ、肩を竦めた。


「いい? 世の中には『綺麗だったら男でもいい』という輩がいるの。ただの恋愛で男が男を好きになるのならいいわ。でも『男でもいい』という考えの奴にはろくなのがいないのよ」

「う、うん」

「カッシーもイケメンになりたかったのなら、エイフみたいな感じになれば良かったのよ。強くて格好良いわ。それに相手が変な奴でも撃退できるもの」

「僕は優男風のイケメンが良かったんだよ。第一、カロリンに狙われるって危険はどうなんだよ」

「あら、わたしは無理強いしないわ」

「へー。一日一回はエイフさんの体をジロジロ見て筋肉の具合を確認してるくせに。言っておくけど、ああいう視線もセクハラだからね。いい加減止めないとエイフさんに怒られるよ?」


 カッシーに言い返されてカロリンは黙った。

 クリスが憐れみの視線でエイフを見ると、彼は薄目で無の状態になっていた。




 カロリンは政略結婚が嫌で家を出たそうだ。その時ついでに「行き倒れていたところを保護した」カッシーも一緒に連れて出た。互いに転生者だと知って意気投合していたから、家出というよりは旅行気分だったらしい。駆け落ちだと間違われても困るため、折々に手紙は出しているとか。

 二人は地方都市のギルドでレベル上げに励んだ。そこで偶然出会ったニホン族に誘われ、ペルア国の王都まで足を伸ばした。しばらくは王都で過ごし、その際にニホン族の情報も得たという。

 二人が知らされた情報の中には驚くべき事実もあった。

 たとえば「前世で強く望んだ姿の通りに転生する」だ。

 スキルも同じ。「前世に関係のある能力がスキルとなる」らしい。

 実際、カロリンもカッシーもそうだったという。


 カロリンは「女の子らしい女の子になりたかった」。だから彼女は美しい見た目だし、スキルにも家政がある。ちなみに怪力と調教のスキルは元の素養に関係しているらしい。どれも中級以下のスキルである。だからか、ニホン族に多い四つ目のスキルがない。

 カッシーは「リアルが爬虫類顔で苦労したからゲームのキャラメイクは全部エルフイケメンにしていた」そうだ。クリスは「なるほど」と分かってもいないのに頷いた。ちなみに彼のスキルは精霊、治癒、弓の三つ。精霊スキルは上級以上と言われているため、四つ目があるかもしれないが調べていないので分からないという。


 これらのことから、クリスにも当てはまる部分があるのではないかと聞かれた。

 ただクリスの場合、見た目については思い当たる部分がない。ドワーフになりたいと思ったことも、小さい方がいいとも考えなかった。だからたまたまだろう。そういう人ももちろんいる。

 しかし、スキルなら思い当たる部分があった。クリスが前世で必死になって働いていたのは、家を購入したかったからだ。

 そして、他にスキルが芽生えてなさそうなのも「家」に思い入れが強いせいかもしれない。

 ニホン族でもスキルが一つしかない、という場合はある。







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