189 冒険者ギルドで情報収集




 エイフが自慢げに「クリスはすごい」と言い出したため、仕方なく自分自身で「どうやって魔物を倒すのか」を説明する羽目になった。

 最初は胡散臭そうに話を聞いていた冒険者たちが、クリスの描いた初級紋様紙【身体強化】を見て、あっさりと信じる。理由は簡単だ。彼等が紋様紙を日常的に使っているからである。


「紋様紙の使用が許可された試合も多いんだ。だから目利きにもなるのさ。見せてもらったチビちゃんの紋様紙、かなりの代物だよ」


 そう言われるとクリスだって嬉しい。

 エイフなど、いつの間にか席に座ってエールを飲みながら頷いている。しかも彼は笑顔でこう言った。


「ここには馬車で来たが、その馬車はクリスが作った特別製でな。なんとも居心地の良い『家馬車』だ」

「ほう、家馬車か。馬車で寝泊まりできるってわけだな?」

「言っておくが、ただの馬車を改造したものじゃないぞ。貴族が荷運びに使う頑丈な荷馬車を土台にした。だから安定感もある。しかも『家』だから過ごしやすい」

「ほほう。金級冒険者が言うんだ、そりゃすごいんだろうな。チビちゃんは大工スキルを持ってるのか?」

「いや、違う。もっと良いスキルだと俺は思っている。だが、この都市じゃ使えないかもな」


 エイフが意味ありげに、煽るような言い方をする。それに対してイラッとしたのは一人だけで、他の冒険者たちは「もうナファルの事情を知っているのか」と驚いた様子だ。

 イラッとした男は、持っていた串焼きをエイフに向ける。少し揺れているので酔っているのかもしれない。


「ナファルをバカにしてんのか~」

「おい、やめとけって。お前飲み過ぎだよ。悪いな、鬼人の旦那。こいつ、大闘技場の建て替え工事から外されて仕方なく冒険者になったクチでな。もう知ってるんだろうが、ナファルの建築ギルドが悪名高い帝都の大店と契約しちまってよ。そいつら、ナファルの職人を一切使わなかったんだ。おかげであぶれ者が増えちまってな」

「そうか」

「普通は下請けには地元の人間を据えるもんさ。そういう『当たり前』をやらないから悪名高いって言われるわけだ。ほら、お前ももう飲むなって」


 職人ギルドからも建築ギルドに苦情を申し立てたそうだが、地元の人間はほとんど雇ってもらえなかったらしい。建築ギルドには設計士や建築士、それらのスキルがある人を抱えた大店が登録している。しかし、実際に現場で働く職人のほとんどは職人ギルドの会員だ。

 大々的な工事が行われることを見込んでナファルに来ていた職人たちもいたが、当てが外れて早々に帰ったとか。旅費が足りずに残って働く者もいるというが、とはいっても仕事がない。よって、冒険者ギルドに登録して働いているのだ。


「あっちの奴や、そこの奴等も同じさ。にっちもさっちもいかなくて、くだを巻いてやがる。俺は元々ここに住んでるから試合に出る権利も持ってるがな。おかげで、なんとかなってるけどよぉ」

「試合に出る権利?」

「ああ。ナファル市民なら、少々負けが込んでも奴隷落ちなんてことにはならない。だが、外からの奴は五回でも負ければ簡単に奴隷落ちさ。鬼人の旦那も依頼書はしっかりと見るんだぜ? 金級を見世物にする試合の募集の中にゃ、えげつない契約のもある」

「分かった。ああ、これは情報料だ」


 エイフが銀貨を投げた。男は如才なく受け取る。


「おっと、こりゃ有り難ぇ」


 銀貨に気を良くしたのか、男は更にあれこれとナファルの様子を語ってくれた。たとえば薬草採取の依頼がないのは、くだんの大店がついでにポーション類も帝都から運んできたため需要がなくなったから、だとかだ。

 クリスもエイフの横の席に座って、ふんふんと話を聞く。


「――そういうわけでな、最近は特に物騒になってきてる。あんたも小さな子を連れてるんだ。気を付けな」

「そうだな」


 エイフがふとクリスを見た。


「しかし、あんたの話だと職人ギルドに行っても仕事を受けられそうにないのか」

「あん? ああ、お嬢ちゃんのスキルか。大工スキル系だったら職人ギルドになるんだろうが今は無理だぜ」

「そのようだ。残念だが、スキルに関係ない仕事を受けるか。クリスもそれでいいか?」

「うん。なければ仕方ないしね」


 護衛依頼を済ませたばかりだから時間の余裕はある。それに銀級に上がった分、以前ほど焦って依頼を受けなくてもいい。


 そんな話をしていたら依頼書が貼られているボードに職員が近付いた。冒険者が急いで集まる。飲んでいた男たちもだ。


「けっ、また大闘技場の戦士募集かよ」

「半金級以上なんざ、そうそういると思うなってんだ。……いや待てよ、いるじゃねえか」


 集まっていた冒険者たちが振り返ってエイフを見る。クリスもエイフを見た。が、彼は「やらねぇよ」とにべもない。

 戦闘民族というほどではないにしても、エイフは地下迷宮の最前線で戦うのを楽しんでいたような気がする。そんな彼が何故この仕事を受けようとしないのか、クリスは不思議だった。その視線を感じてだろう、エイフはクリスに向いて溜息を漏らした。


「人間相手に戦ってどうする。しかも相手は奴隷だぞ」

「嫌な気持ちになる?」

「だろ? 俺は魔物と戦うのは嫌いじゃないが、人間とは戦いたくねぇな」


 とはいえ悪人を倒すのに躊躇いはない。事実、エイフは旅の間、襲ってきた盗賊を何度も返り討ちにしている。生け捕りが難しい場合は殺すしかない。やるかやられるかだ。情けを掛けて背中を見せたら自分の命がない。そんな場面はそこかしこに存在している。


「おーう、じゃあ、鬼人の旦那はやらないと。残りの依頼は、っと、奴隷の世話係か。見張り役もあるぞ。あとはなんだ」

「こっちは宿の修理と、ついでの改装だとよ。なんで冒険者ギルドに来たんだ、これ」

「大工仕事なら俺が受けるぞ」

「そうしろそうしろ」


 どうやら職人ギルドが扱うような内容の仕事が持ち込まれているらしい。

 これに問題があるわけではない。依頼者が「職人ギルドに頼むほどでもない」と思って、なんでも屋的な冒険者ギルドに頼む場合もある。または、他にも依頼があって「まとめて頼む」場合だ。

 ギルド同士で厳格なルールを取り決めている都市もあるが、ナファルの場合は問題ないそうだ。大事なのは依頼をきちんとこなせるかどうか。

 ともあれ、仕事にあぶれていたという地元の冒険者が受けられて良かったと思う。反面、依頼書が取れなかったタイミングの悪さに、クリスはつい溜息を漏らした。


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