188 大部屋は楽しい、ギルドへ




 クリスはカッシーに聞き返した。


「まだ揉めてるの? 建て替えは終わったって聞いたんだけど」

「ああ、違う違う。それは大闘技場の話だろ。そっちで揉めて、話の落とし所として、北地区にある小さな闘技場を更地にして再開発するって話が出てるんだってさ」

「それがどうして揉めるの?」

「その闘技場で試合に出ていた奴等の先行きが不透明だからかな。闘技場の運営者や契約戦士、それに専用の戦闘奴隷も多く抱えてるらしい」


 まだ詳細を調べられていないのでハッキリしないけどと、カッシーが付け加える。


「それに中央にある大闘技場が新しくなったから、古い闘技場に足を運ぶ観戦者が減ったんだってさ。そのせいで北地区の周辺一帯が荒んできてるって話だよ」

「そうよ、だから北地区も行ってはダメ。いいわね、クリス」

「はぁい」

「よろしい。じゃ、もう寝ましょう。夜更かしは女の敵よ」

「えっ。わたし、内職したいんだけど」


 せっかくの大部屋で居間まで付いているのだ。家馬車の中では描けない大作を仕込んでおきたい。そう思ったのだが、カロリンは許してくれそうになかった。目が怖い。クリスは睨まれて小さくなった。


「あなたは護衛の依頼を受けた。一週間もの間ね。エイフやわたしたちもいたけれど、自分が受けた仕事だからと一人で頑張っていた。緊張の連続だったでしょう? そんな仕事を終えたばかり、そして初めての都市よ。精神的に疲れているのではないかしら」

「はい」

「せっかくの広いお部屋よ。今日ぐらいはゆっくりしましょう? あなたは働き過ぎなの。まだ小さな女の子なのに。ねぇ、あなたを見守っているのはエイフだけじゃない。でしょう?」

「……うん。みんながいるね」


 クリスの答えに、カロリンは満足そうに頷いて微笑んだ。彼女は続き部屋の一つを優雅な動きで指し示す。まるでバレエダンサーのようだ。指先まで美しい。


「あちらでよろしいかしら、お嬢様?」

「あは。うん、あの部屋にする」

「じゃあ、寝ましょう。あなたたちは、反対側の寝室を使ってね?」

「へいへい」

「分かったー。エイフさん、どっちのベッドがいい?」

「どっちでも構わん」

「じゃ、僕は窓側にしよっと」


 修学旅行ではしゃぐ生徒みたいだと、クリスは笑った。

 ちなみに部屋はもう一つあって、そこには精霊組が入った。この小さい部屋は予備のベッドルームにしたり荷物置き場に使ったりするらしい。窓もない部屋だが精霊ふたりは気に入ったようだ。クリスが作った家を持ち込んで設置している。イサの巣もあるのは、ククリが「くくも!」とおねだりしたからだ。肝心のイサは精霊ふたりと一緒に寝るのは嫌らしく、クリスに付いてきた。

 ハパはまだ帰ってきていないので居間の窓を少しだけ開けておく。

 こうしてナファルの夜は過ぎていった。




 翌日、宿で朝食を済ませるとクリスとエイフは冒険者ギルドに向かった。カロリンとカッシーは奴隷商の件を調べるといって別れた。


「銀級でわたし向けの依頼ってなかなかないね」

「そうだな。こっちの外壁修理も『男性のみ』になってる。お前は男顔負けに力があるのになぁ」

「仕方ないよ。人が少ない村ならともかく、きちんとしたところは女の子に力仕事はさせないもん」

「まあ、一般的には女の方が筋力はないからな」

「個々で見てほしいけど仕方ないよね」


 杓子定規ではあるが諦めるしかない。

 他にもないかと半金級向けの依頼を見ると、今度は闘技場関係の仕事が多くなる。こちらも男性向けばかりで受け付けてもらえそうにない。たとえば「闘技場内の奴隷部屋を監視」や「観戦席最前での警護」などがある。試合が白熱してくると稀に乱戦となって観戦席まで巻き込むらしい。奴隷も試合出場者も、まして最前列で試合を見る観戦者も男性ばかりだ。それを物理で監視して守るという仕事に、見た目が小さな女の子は就けないだろう。


 クリスは腕を組んだ。闘技場があるのだから怪我をする人も多いはず。だったら薬草採取の依頼も多そうだが、一切なかった。

 情報収集しようと顔を上げると、エイフと目が合う。ニヤリと笑っているので彼もクリスと似たようなことを考えたらしい。クリスたちは何も言わずに隣接する飲食スペースへ足を運んだ。

 ちなみに、この冒険者ギルドにある飲食スペースは完全に酒場だった。カフェや食事処といった雰囲気はまるでない。無骨なカウンターに装飾のないテーブルと椅子。お洒落さは皆無だ。

 それでも朝なので、さすがに客も飲んだくれとまではいかない。嗜む程度にお酒を飲んでいるようだった。


「よぉ、ちょいといいか」

「ああん? ああ、お前が噂の鬼人か」

「俺が噂になっているのか?」

「おう。子連れの鬼人が来たって噂になってるぞ」


 見た目は強面の冒険者たちだったが意外と素直に応じている。もっとも、問いかけたのが鬼人族のエイフだからかもしれない。エイフも負けず劣らず強面だ。もちろん見た目で強さは計れないけれど、体に付いた筋肉や全体の動きで「実戦経験」は見えてくる。そういう意味ではクリスの見た目は損だとも得だとも言えた。


「そんな使えないチビを連れてナファルに来るなんざな」

「足手まといだろうによ。それとも奴隷として売りにきたのか?」


 ハハハ、と笑い声が上がる。

 クリスは舐められるのには慣れているし、その方が案外気楽だ。彼等の思う実力よりも動けると分かれば見る目が変わって印象が良くなるのだ。ギャップが大きければ大きいほど加算点になりやすい。上手くいけば便宜も図ってもらえる。

 そんなしたたかさがなければ、女の子一人で辺境は生き抜けなかった。


 が、今はエイフという保護者がいるわけで。

 しかも彼は意外と過保護でもあった。


「なんだと? お前、今なんて言ったんだ。もう一度言ってみろ」


 鬼人族に凄まれると、そこそこ怖い。クリスは真横にいたし睨まれてもいないが、ぞくりと背中が震えた。


「あ、いや……」

「こいつは『使える』パーティーメンバーだ。魔物だって一人で倒せる」

「はぁ?」

「え、マジかよ」


 訝しそうな視線がクリスに集まった。何故かエイフも見下ろしてくる。その顔が嬉しそうで、クリスは呆れながらも笑うしかなかった。


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