187 スキルについてと厳重注意
何故、クリスの家つくりスキルが勝手に発動するのか。それは分からない。
が、今日の発動については想像が付いた。
その話をしようと、戻ってきたカロリンたちと急いで食事を済ませると部屋に向かった。
部屋は多人数用で中央に居間があるタイプだ。そこで話し合う。
「わたし、あの時『家がいっぱいあって迷いそう』って思ったの。それで『どうしてもっと綺麗に区画整理しないんだろう』とか『わたしならこうするのに』って考えたんだよね」
「『家』がキーワードになったのね」
「ああ、なるほど。あの周辺一帯を一つの家のように考えたわけだな。それで、地図が浮かんだと。いや、地図というよりも設計図か」
「でも、それって危険じゃないかな」
カッシーが首を傾げながらクリスを見た。
「前にクリスがスキルを発動するところ見たけど、すごく集中してたよね? 周りが全然見えてない感じだった。それ、勝手に発動したら怖くないかな」
「そうだったわね。スキルが切れると倒れるぐらい全神経を使ってたもの」
「……それも問題だが、周辺地域を把握する能力というのは『知られたくない』と思う奴からすれば脅威だろう。知りたい側からすれば喉から手が出るほど欲しい能力だ。いくらでも悪用できるからな」
エイフの言葉を最後に三人が黙り込んだ。クリスは一気に不安になった。
そんなクリスにイサが寄り添う。膝の上の、緩く握った手の中にぐいぐい入り込み、まるで「大丈夫だ」とでも言うかのように見上げてくる。
プルピもだ。ふわっと目の前に飛んできてクリスを庇う格好で皆に向かった。
「おぬしらが怖がらせてどうする」
そう言うと、今度はクリスに向いた。
「よいか、クリスよ。おぬしには、わたしが付いている。イサなど常に一緒ではないか」
「うん」
「人間のクリスやおぬしらより、イサの方が遙かに役に立つであろう。もっと言えば、わたしを呼べば済む話だ。加護を与えた娘の危機に駆け付けない精霊ではないぞ。これでも人間から守れるぐらいの力はある」
「くくもー!」
「うむ。ククリもいるな。ただし、勝手に転移をしてはならん。良いな?」
「あい」
とはいえ、むやみやたらとスキルを発動させるのは危険だ。なるべく普段から意識してスキルのオンオフを訓練するよう、エイフには厳命された。プルピも同意見らしい。
「おぬしの魔力は人並みだ。いざという時に魔力が足りず、家が作れないとなったらどうする」
「はい」
何故か叱られる形になってしまったが、これもクリスを心配してのこと。だから素直に頷く。
更にエイフには「魔力回復薬を常備しておけよ」と言われた。
「はーい」
「……お前、今、一番安く済む回復薬は何かと考えたろう?」
「なっ、なんでそれを」
「クリスの考えなんて分かるさ。いいか、出し惜しみはするな。劣化しない容器に最高の薬を入れておくんだぞ」
「う、ううう」
「返事は?」
「はぁい」
だからといって
魔力の回復など、薄めた生命の泉の水で十分だ。どれぐらい薄めたら一般的なポーションと同じぐらいになるだろう。などと考えていると、エイフがジッと見ていた。プルピも見ている。
というより、全員の視線が突き刺さっていた。
「も、もらった分があるもんね? うん。元手はかかってないしね。ちゃんと使います」
カロリンとカッシーには細かく説明していないが、クリスが精霊たちからあれこれプレゼントされているのは知っている。家馬車には相変わらず灰汁取り石が大量にあるし、変わった品があちこちに置いてあるのだ。
紋様紙を描く際にも普通とは違う万年筆を使っている。彼等はそれを見ているし、プルピ作だというのも知っていた。
「み、みんなにも渡しておこうかな。いざという時の隠し球として」
「俺は持っているからいい」
「わたしもポーションの在庫はあるの。なくなった時にお願いね?」
「僕は魔力が桁違いに多いからねー。治癒スキルもあるし」
イサがピッピと鳴く。通訳してくれたのはプルピだ。
「『最弱はクリス』とな。ふむ。確かにクリスが一番弱いか」
「そ、そんなことは!」
「ピピピ!」
「……そうですね。はい。一番弱いです」
「くりちゅ、よわぁの」
「ク、ククリまで!」
「くく、くりちゅ、まもうの」
「まもー? あ、守るってこと?」
「あい!」
糸の手足をぶんぶん振って嬉しそうだ。蓑虫の姿をしているけれど、人間が相手の表情を見て気持ちを推察できるように、クリスにはククリの気持ちがなんとなく分かった。
プルピもそうだ。表情豊かになった彼はクリスを守るとまで言う。
イサも、ピピッと鳴いて「自分もいるぞ」と存在感を示す。
「ちゃんと、守られるね。言いつけも守る。家つくりスキルを使う時も必ず誰かと一緒にやるね」
「そうしてくれ」
エイフが手を伸ばし、クリスの頭を撫でる。
ちょっぴり照れ臭くて、でも嬉しくて。クリスは「へへ」と笑って目を瞑った。
その後、寝るにはまだ早い時間だからと、クリスはカロリンとカッシーの話も聞いた。
二人は美味しくて評判だという飲食店はもちろん、常に在庫が補充される日用品の店や新鮮な食材を扱う小売り店の情報を教えてくれた。
ナファルには装備品の修理や武具を販売する店が多いそうだ。宿屋も多い。
「朝市はないんだね」
クリスはしょんぼりと肩を落とした。どこの都市や町でも大抵朝市はやっている。周辺の農家が採れたての新鮮食材を売りに来るのだ。その地域ならではの土産物だって売っている。
朝市を見て回るのはクリスのささやかな楽しみでもあったから、残念だ。
「その代わり各区画に食料品店はあるし、宿屋が大抵は用意してくれるそうだからさ」
「そうよ。それにさっき頂いたけれど、ここの料理は美味しかったじゃない。しばらくは作らなくていいのよ。ね?」
「うん、それは良かったよね!」
「ふふ。元気になった。あ、そうだわ、闘技場の近くの通りには美味しい屋台がたくさん出るそうよ。楽しみね」
「そうだね」
「あ、闘技場と言えば小耳に挟んだんだけどさ。なんでも古い闘技場があって、建て替えするかどうかで揉めてるらしいよ」
どこかで聞いたような話だ。クリスとエイフは顔を見合わせた。
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