186 護衛依頼の終了とスキル発動




 知らないうちにクリスは早足になっていたらしい。

 けれど、そうと分かっても足は止まらなかった。勝手に発動してる気配のスキルに興奮していた。

 それも長くは続かない。目的地に着いたからだ。

 奥まったアパートの一階に小さく掲げられた番号札が、手紙にあった住所の番号と一致した。

 ふと、スキルの発動が止まった。


「あ……」

「どうした?」

「ううん。なんでもない」


 エイフには後で話そう。クリスは肩を竦め、彼の後ろで不思議な顔をしている二人の女性を見た。


「ここがそうじゃないかな」

「あー、そうだぁ!」

「同じ番号~」

「一階だよね。在宅だといいんだけど」


 ここまで来たのだ。ちゃんと挨拶してからの方がいい。同郷の男性が悪人という場合もある。見届けるまでが依頼のうちだと思って、クリスとエイフは見守った。


 そして、緊張のノックの後、大きな男がぬうっと出てきた。


「うわぁ……」

「でかいな」


 何の獣人族か分からないが、とても大きい。エイフより大きいのではないだろうか。クリスは首が痛くなった。イサも肩の上で「ピ……」と鳴いたきり、黙ってしまった。


「おや、君らはもしかして」


 男は手紙の相手で間違いなかった。




 チッタと名乗った男は冒険者をやっているそうだ。彼が何の獣人族なのか、聞いていいかどうか分からずにクリスが悶々としていると、エイフがズバリ聞いてくれた。


「あんたの種族はなんだ? うちのが気になって仕方ないみたいだ」


 チッタは笑って、クリスにも見えるよう屈むと自分の耳を指差して言った。


「熊だ。ほら、熊の耳だろ? 可愛いってよく言われるんだ」

「ほんとだ、可愛い!」

「触ってもいいぞー」


 チッタは見た目が厳ついけれど、とても優しい男性だった。バリバラとグレンダに対しても「女性二人だけで来たのか」と、ひどく心配したぐらいだ。その上、クリスたちが途中から護衛を兼ねて一緒に来たと知るや、世話になったと頭を下げる。

 チッタ自身はバリバラたちと顔見知りではない。隣の集落にいたというだけの、完全な他人だ。それなのに「同じ獣人族だし、手紙のやりとりもしたからな」と人が好い。


 クリスはいっぺんでチッタが好きになった。耳を触らせてくれたのも大きい。朴訥とした柔らかい話し方も「熊さん」そのものだ。

 きっと目が輝いていたのだろう。見ていたエイフが拗ねた。


「俺には最初、警戒していたくせに……」

「だって、あの時は一人旅の途中だったし」

「心配して護衛もしたってのに、お前ときたら怒るんだもんな」

「ごめんってば」


 やり合っていると、バリバラたちが笑った。


「仲が良いんだぁー。旅の間も面白かっただよぉ」

「ありがとね~」

「ううん。こっちこそ。獣人族の話もいっぱい聞けたし、耳も触らせてもらったし」


 耳を触らせてくれるのは友好の証だと聞いた。それでも初対面で触らせてくれるのは珍しいという。つまり、チッタはお礼の気持ちを最大限に示してくれた。


「わたすたちぃ、しばらくナファルにいるからねぇ」

「一緒にご飯食べに行こうね~」

「約束したもんね! 楽しみにしてる。ギルドにも異動届を出さないとダメだし、またギルドで会おうね」

「あ、じゃあ護衛依頼の完了届を出すついでに行くだよぉ」

「俺が一緒に行ってやろう。ナファルは最近治安が悪化していてな。通っちゃいけない道を教えるよ」


 チッタの言葉に、エイフが眉を顰めた。


「以前より悪化してるのか?」

「そうなんだ。俺は半年前に元のパーティーメンバーが気になって戻ってきたんだが、四年前と比べると格段に悪化してるよ」

「そうか」

「大闘技場を建て替えたばかりなんだが、その関係で何やらで揉めてるらしい。帝都からの流れ者も増えたようだ」

「人の出入りが多いってことか」

「ああ。元メンバーも結局、奴隷落ちしていてな」


 何やら事情があるらしい。が、チッタは「すまんすまん」と謝って話を変えた。


「エイフさんなら大丈夫だろうが、クリスちゃんに気を付けてやってくれ。いや、エイフさんも危険だ。新しい大闘技場で今度、大がかりな総当たり戦の試合をやるらしい。出場者を募集しているらしいが、代わり映えのしない選手ばかりでな。スカウト合戦が始まってる。金に困ってるなら出るのを止めないが、そうじゃないなら止めておいた方がいい。なんでもありの危険な試合だ」

「そうか。俺は出ないが気を付けておこう。それより、チッタ。俺のことはエイフと呼んでくれ。お互い冒険者なんだ、上下なんてない」

「あ、わたしもクリスで!」


 ちゃん付けは子供みたいで恥ずかしい。チッタは微笑ましそうにクリスを見て小さく頷き、エイフには「分かった」と笑顔を向けたのだった。




 その後、連れ立って冒険者ギルドに行き、依頼の完了届や異動届を出した。

 受付の女性の一人が「剣豪の鬼人ラルウァ」を知っていたらしく、久々にエイフの二つ名を聞いてクリスは笑った。チッタが「二つ名持ちか」と横で驚く。

 羨ましそうな憧れのような気持ちが混じっていて、この世界の人の感性について考えたクリスである。


 ともあれ、最初にやっておきたかった用事が済んでホッとした。

 クリスはバリバラとグレンダに手を振って別れ、エイフと宿に戻った。

 その道中、先ほどのスキル発動について思い出したので説明する。


「様子が変だとは思ったが、そうだったのか。てっきり新しい町に興奮してるのかと」

「わたし、そこまで子供じゃないもん」

「分かった分かった。むくれるなって」

「むくれてないし!」


 イサが肩の上でピッピと鳴く。むくれてるよね、と言っているようだ。クリスは聞こえないフリで話を続けた。


「前にもあったの。調整盤の修理に紋様紙を使った時、スキルが発動したような感じがあって」

「そうなのか? それは新しいスキルじゃなくて?」

「新しいスキル……? ううん、たぶん違う。同じ感覚だった。エイフはどのスキルも同じ感覚で使えてる?」

「さて、どうだったか。ああ、いや、違うな。それに自然と発動する場合もある」


 エイフのスキルは「剣豪」「強化」「追跡」だ。これらは常時発動タイプではない。というより、大抵のスキルは常時発動しないという。意識して切り替えるものだ。ただし、訓練すれば必要な時に自然と切り替わる。それは長年使っていればこそだ。

 間違っても、スキルを得たばかりの子供が使えるものではない。


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