185 ナファルに到着、送り届ける
奴隷都市ナファルに着いたのはバリバラとグレンダを乗せてから一週間、予定通りだ。
道中、特にフォティア帝国に入ってからの治安は悪くなる一方だった。街道沿いの休憩所では常に柄の悪い男たちからの視線を気にした。隊商は固まって行動し、休憩所でもピリピリしている。無害に見えるカロリンが代表して彼等に情報交換を持ちかけると、どうやら大きな街道沿いでも盗賊に襲われる事件があるという。
バリバラとグレンダは「護衛を頼んで良かった」と胸を撫で下ろしていた。
そんな状況だ、ナファルに着いたからといってすぐに別れるというわけにもいかない。クリスたちは二人を、知人のいる場所まで案内しようと話し合った。
まずは宿を取って家馬車を預ける。念のため、エイフは宿にチップを弾んだ。そうすると家馬車はもちろん、ペルやプロケッラも気に掛けてもらえる。見回りや警備が増えれば盗まれる確率だって低くなる。それほどに警戒する必要があった。
都市と呼ばれるほど大きく発展していても、国あるいは土地柄によって治安の程度は違う。エイフの「安全を金で買う」行動に、クリスは異を唱えなかった。
女性二人を送り届けるのはエイフとクリス、そしてイサだ。精霊組は偵察に行くと言って飛んでいってしまった。
カロリンとカッシーも別行動をとる。情報収集という名の飲食店探しに、食材などが買える店も見てきてほしいと頼む。大きな都市でしか手に入れられない調味料もある。たとえば醤油などがそうだ。クリスは二人にリストを渡して価格調査をお願いした。
クリスたちも宿を出る。歩き出してすぐにクリスは小声になった。
「なんだか殺風景な都市だね。薄茶色の四角い建物ばっかり。看板も同系色だし、細部に遊びがないっていうか、面白みのない建物が多いよね」
「このあたりは表通りだからな。飾り立てて客を呼び込む必要はない」
「表通りこそ豪華にするものじゃないの?」
バリバラとグレンダも首を傾げてエイフを見上げた。二人もクリスと同じくキョロキョロしていたから、三人の視線が同時に集まって、エイフは気まずそうだ。
「ナファルには奴隷を扱う店が多いってのは知ってるだろ? だから奴隷商ギルドの力が強い。豪華な店構えにもなる。でも、表通りに店を開くほど堂々としてるわけでもない。どの店も大なり小なり隠し事はある。フォティア帝国も一応、犯罪奴隷以外の扱いを禁止しているからな」
「犯罪奴隷はどの国でも扱っているんだよね?」
「ああ。便利な労働力としてな。重犯罪者は『奴隷契約』で強制的に従わせる」
「軽犯罪だと契約しなくても一定期間の奉仕で戻れるんだっけ」
「そうだ。ところがナファルだと、違法すれすれで奴隷契約をする店が多い。そんなのを表通りでやってみろ、他国の偉いさんの目に触れる。そうなりゃ面倒だ。フォティア帝国が、じゃないぞ。帝国の上層部なら『やり返す機会ができた』と喜ぶかもしれんが、都市としちゃあ争いの火種になるのは得策じゃない。だから人目に付く大通りに奴隷商の店を置かないのさ」
そこでエイフは口を閉ざした。何か言おうとしてまた黙る。どうやら他にも理由があるらしい。
「エイフ、知らないっていうのは怖いんだよ? わたしが余計な質問をするかもしれないんだから」
バリバラとグレンダが顔を見合わせて笑う。それから同時にエイフを見上げた。エイフは仕方ないとばかりに溜息を漏らして、続けた。
「ナファルには大きな闘技場が幾つかある。小さな箱もあるが、有名なのは中央にあるナファル大闘技場だ。そこには、大金を手に入れようと夢見て地方から出てきた冒険者や元兵士、まあいろいろな奴がやってくる。で、勝てば大金が転がり込む。雇われの戦士職なら慣れてもいるだろうが、そうじゃなければ大金を前に興奮しないわけがない。ましてや戦いの後だ。興奮状態のまま大金を手に闘技場を出ると――」
「あー。分かった。そういうことね」
クリスは「皆まで言うな」と手で制した。エイフも言いづらそうだったし、説明が遠回しだからだ。バリバラは分かっていない風だったが、グレンダの方は「あ」と気付いて眉を顰めた。
バリバラが訳が分からないとクリスやエイフを見るので、グレンダが「まあまあ」と宥める。小声で「あとでね」とも付け加えて、話は強制的に終わった。
それに、ちょうど大通りから外れて奴隷店の並ぶ通りが見え始めたところだ。
奴隷店が並ぶ通りを横切る際、クリスは左右を確認して片方に大きな闘技場を見付けた。
エイフが「さっき話した大闘技場だ」と教えてくれる。
闘技場で開催される試合はほとんどが夕方から始まるそうだ。市民にとって定番の娯楽になっており、軽食を摘みながら試合観戦を楽しむ。終われば、興奮冷めやらぬまま仲間と連れ立って飲みに行く。通りには飲み屋も多く、合間に奴隷店が並んでいた。
いわゆる歓楽街であり、ナファルの本来の大通りになるのだろう。
賞金を手に入れた男が興奮した状態でこの通りにくればどうなるのか、クリスには容易に想像が付いた。金遣いも荒くなり、奴隷の一人なり二人なりを勢いで買うかもしれない。中には女性だっているだろう。女性奴隷の扱いは厳しく取り決められているが、違法すれすれという言葉からも守られていない可能性が高い。そんな店を表通りに配置するわけがないのだ。「都市」認定が剥奪される可能性だってある。都市というのは、大陸にある国々が集まって決めるものだからだ。
「それとな、クリス。女のお前は東側へは絶対に行くな。ここよりも最悪の治安だ」
「うん」
「バリバラとグレンダもだ。冒険者だとか身分なんてもんは一切通用しない。いいな?」
「わ、分かっただよぉ」
「気を付ける~」
二人は金級冒険者であるエイフの言葉を素直に受け入れた。
やがて、西側の住居区に着いた。西側にあるのは三階建てのアパートが多かった。どれも同じような建物ばかりで見分けが付かない。区画整理はされておらず、急いで建てたような様子だ。とても分かりづらい。
グレンダが知人からの手紙を見せてくれるが、その住所といえば「通りから何番目の――」といった具合。どの通りなのかも分からなければ目印だってない。
ここでクリスの家つくりスキルが役に立った。勝手に発動したのだ。
「あれ? えっと、たぶん、あっちだと思う」
周辺の様子がなんとなく分かる。クリスは不思議な感覚に突き動かされながら、先を急いだ。後ろから、エイフが面白がっている様子が伝わる。イサが時折振り返っては「ピルゥ」と鳴いているのは、どういう意味だろう。
「あっちだよ。近道はあるけど通らない方がいいと思う。うーんと、ここを抜けるね」
「そうか。そういう勘は大事だ」
「そうなの?」
「ああ。俺にもある。強敵と戦っている最中に、ふっと湧いてくるんだ」
「面白いね」
「今のお前もな」
楽しそうな声だ。その楽しそうな調子のまま、エイフがバリバラとグレンダに遅れないよう告げている。二人はパタパタと急ぎ足で付いてきているようだった。
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