184 プルピとククリの家




 クリスがプルピの家を作っていると案の定、ハパも「自分の家」を作ってほしいと言い始めた。予想通りで、天窓から聞いていたカロリンが苦笑いだ。

 予想と違ったのはククリだった。


「ククリにもおうちを作ってあげるね」

「んーん」

「え、要らないの?」

「んっ!」

「……な、なんで? どうして」

「落ち着けクリス。まず、ククリの話を聞いてみよう」


 プルピが間に入って、よくよく話を聞いて整理してみると――。

 ククリにとっての家とは家馬車を指すらしい。というより、クリスのいる場所が自分の居場所だと思っている。好きだと言われていたが、そこまで強い執着があるとは思っていなかった。クリスは感動して、ククリを掴んで引き寄せた。


「ククリ!!」

「くりちゅー!」


 ククリもクリスの指に糸の手足を絡めてくる。

 二人でそうやって騒いでいると、いつの間にか天窓から覗いていたカロリンが消え、カッシーに変わっていた。何故分かったのかといえば、彼がいつものように「か、かわいぃ」と変態じみた発言を漏らしたからだ。


 ともあれ、ククリには家ではなく部屋を作ってあげよう。仲の良いイサの隣はどうかと提案すれば、ククリは体を斜めにしてから「あい!」と可愛く答えたのだった。


 ハパには「一番最後ね」と言い渡した。

 優先順位ができるのは仕方ない。ハパもそこは納得してくれた。




 プルピの家は「鍛冶小屋」に決まった。寝室や浴室などの部屋は要らない。そもそも精霊にベッドや風呂場は不要だ。プルピにとって必要なのは作業部屋のある「家」だった。

 その家は、本人の希望が作り手のクリスの描いた設計図とピッタリ合致したため、あっという間に出来上がった。人間が両手で持てるサイズである。

 置くのは家馬車の玄関にあたる、入り口横の荷物置き場にした。ここには外で使うためのデッキチェアを入れていた。他にも細々したものを詰め込んでいたので良い機会だからと片付ける。

 チェアやテーブルは家馬車の横に引っかけて固定し直した。家馬車の中から出し入れするよりは楽になる。気になるのは雨だが、これも水を弾く処理をすればいい。ちょうど防水防熱効果のある素材があった。フォキャの脂だ。

 ヴィヴリオテカで家を作った際に使ったのだが、その時の使用感がとても良く、都市を出る前にエイフに買ってきてもらった。しかも、エイフを勧誘しようとストーキングしていた賢者が現れ、魔法ギルドが勝手に忖度してくれたことから格安で手に入れられた。

 プルピの家は彼のサイズに合わせて小さいから、それらの素材を含めても費用はほとんどかかっていない。しかも、クリスにとってもっと助かることがあった。


「まさか、高温用の耐火レンガまで家つくりスキルで作れちゃうとは思わなかったなぁ。抽出も合成も紋様紙要らずで錬成できてしまったね」

「うむ。よもや、おぬしの【錬金】を使わずに済むとはな。あれを使っていたら、ぶちぶち言われるところであった」

「あのねえ。わたしから作るって言ったんだよ? そんなケチなこと言いません!」

「ははは、そうか」

「あ、そうだ。ねえ、最初は家つくりスキルが発動しない感じだったのに、プルピが『ここに住んでしまいそうだ』って言った途端に発動したよね?」

「うむ。やはり、おぬしのスキルはエイフの言った通りであった。家だと思えば『何でも』作れる」

「うん」


 これまでも、クリスは「家」を作ろうと考えスキルを発動させてきた。気球型の家を作った時もそうだ。家馬車の改築でも発動した。

 今回、鍛冶小屋を作るにあたって、クリスは一瞬「作業場ならお店かな、家ではないよね」と考えてしまった。その途端にスキルがぷすんと切れたように感じた。プルピの発言を聞いてすぐに「家」だと思い、その途端にスキルが発動した。更に用意していた紋様紙を使わずに済んだ。


「検証した方がいいかな」

「エイフが、おぬしの家には結界のようなものがあると話しておったな」

「トニーさんも気球の家が守られてるって言ってたね」


 ずっと比喩のように考えていたが、実際にクリスの作った家は守られているらしい。

 それが本当なら不壊の紋様を描かずともいいし、夜に【防御】の紋様紙を発動しなくても済む。


「かといって試すのは嫌だ。……だって、前の家馬車は簡単に燃やされたんだよ」


 思い出してしまって、クリスは気持ちが沈んだ。慌ててプルピが別の案を出す。


「おぬしの手で、そう、端の方を金槌で叩いてみてはどうか」

「……自分でやったら作動しないんじゃない? だってほら、改築も自分でやるわけだし」

「ふむ。そうか」

「どのみち、家馬車には不壊の紋様を描いてるし検証はできないね」

「イサの家を使うか?」

「イサが可哀想じゃない!」

「ピピピ!」


 黙って成り行きを見ていたイサが急いで飛んできた。出来上がったばかりのプルピの家――モンゴルの「ゲル」に似た丸くて可愛い家――の上で「ピッピ!」と抗議する。


「自分のを使え、だって」

「わたしが通訳せずともイサの言葉が分かるようになったのか」

「通訳しなくたって分かるでしょ。とにかく検証は別の時にやろう。覚えておいてね」


 プルピは頷き、それからイサを見た。ふたりはしばらく見つめ合って、やがて同時に目を逸らした。クリスが「仲直りは早めにした方がいいよ」と言えば、どちらからともなく近付いて「すまぬ」「ピィ」とあっさり解決する。こういうところが素直で可愛いのだ。

 ククリは何が楽しいのか「ごめちゃい!」と言いながら飛び回っている。ハパはいつの間にか消えていた。我関せずが彼らしい。

 天窓からずっと見ていたカッシーは、屋根の上でバタバタしている。可愛いものを見た時の彼の奇行だ。もう見飽きている。だから誰も気にせず、クリスは次は何をしようかと話題を変えたのだった。


 ちなみにククリに作った「増設した部屋」は、トンネル型の滑り台だ。作り始めると早かったが、作るまでが大変だった。

 どんな部屋がいいかククリに聞いても「しゅー!」や「ぴきゃ」しか言わない。糸の手足をぶんぶん振って大興奮するから余計に意味が分からなかった。

 分からないのはクリスだけではなく、通訳係のプルピも唸っていたし、途中からはイサが「答え当てゲーム」を始めてしまった。

 最終的には、戻ってきたハパが「シューとは滑る何かのようだ」と教えてくれて、パズルの穴埋めをしていく要領で判明した。


 ククリは天空都市シエーロで遊んだ滑り台が殊の外楽しかったらしい。

 ただ、ククリは蓑虫の形をしており、手足を使ったブレーキや荷重移動がしづらい。重さもないため滑っていてもふわっと浮き上がる。そのあたりを考慮してトンネル型にしてみた。ただのトンネルだと滑っていても面白くないだろうから、ところどころにガラス窓を嵌めている。

 そしてイサの家を吊っている魔鋼のフックに取り付けた。まるでイサの家に蛇が纏わり付くような形で、トンネル型の滑り台、もとい「家」が完成だ。

 もちろんククリは大層喜んでくれた。


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