182 女性二人組の冒険者




 翌朝も飛行に慣れようと、広い街道に戻るまで家馬車を飛ばしていたら人目に付いてしまった。

 別に飛行自体は構わないのだ。もちろん、特殊配達便でもない正体不明のワイバーンが飛んでいたら撃ち落とされるかもしれないが、たかだか数メートル上空を家馬車がのんびり飛んでいるだけだ。問題なんてない。脅威でもなんでもないのだから。

 ただ、一般的には「おかしい」だけで。


「変種の魔物かと思って腰を抜かしちゃったよ~」

「ビックリしただなぁ、もぅ」


 女性二人組の冒険者だった。彼女たちが街道から外れていたのは、オグルの痕跡を見付けたかららしい。肉が目当てで道を逸れたところ、飛んでいる家馬車を発見した。

 二人は驚いたと言うけれど、弓を構えていたため戦う気は満々だった。さすが女性二人で冒険者をやるだけのことはある。


「まっさか、鬼人族さんがいるとは思わなかっただぁ」

「金級だって~。すんごいね~」


 戦闘態勢に入った二人は、けれどすぐに構えていた弓を下ろした。見るからに強そうなエイフの姿を見付け、戦意喪失となったようだ。その時にはハパも二人の存在に気付き、家馬車を下ろした。プルピが足下の確認をするという二人三脚でだ。こういう時は喧嘩もせずに阿吽の呼吸で動く。

 こうして、唐突に始まった緊張状態は同じく唐突に終わったのだった。


 こちらに害意がないと知ると、女性たちは当初の目的を思い出した。


「ところでぇ、オグルはいたっけぇ?」

「そのオグルなら少し前に狩ったぞ。悪いな」

「あちゃ~。先越されちゃったよ~」


 独特の訛りで「困ったなぁ」と言い、肩を落とす。同時にお腹がキュウッと鳴った。


 ちょうど昼時でもあった。

 クリスは皆を見回した。こういう時の言い出しっぺは何故かクリスになっている。意見を求めるというよりは、意見を出す方で。

 もちろん、安全面や冒険者としてのリーダーはエイフだ。そのエイフを含めた皆の表情は「どうぞクリスの思う通りに」だった。

 クリスは女性たちに声を掛けた。


「良かったら一緒にオグルを食べます?」


 二人は一瞬考え、でもすぐに「食べる~!」と気持ちよく返してきた。



 彼女たちを誘ったのは興味があったからだ。

 調理はエイフとカロリンがしてくれるというので、クリスは早速二人に話し掛けた。


「あの、すみません。もしかして獣人族ですか?」

「そうだぁ。あんたさん、初めて見ただか?」

「お話をしたのは初めて!」

「そうかぁ。そいで目ぇがキラキラしてるだなぁ」

「だって、だって、耳や尻尾がすっごく可愛いんだもん! あ、でも、ごめんなさい……」

「いいだぁ。可愛いって褒められるの嬉しいもんでなぁ」


 にっこり笑う猫獣人族の女性が、バリバラ。二十一歳というが、訛っているからか童顔だからかとても可愛い。

 もう一人は語尾を上げて伸ばす独特の喋り方をする女性で、見た目はセクシー系の豹獣人族だ。二十四歳でグレンダと名乗った。ダイナマイトボディの持ち主だ。

 獣人族といっても顔や体は人族と同じ。獣人族が中心の国リヴァディでは顔も体も獣と同じ人間もいるそうだ。先祖返りと呼ばれ、数は少ないらしい。リヴァディでは先祖返りの獣人族は王族に匹敵する。これは魔女様の家にある本で知った情報だ。

 リヴァディの外、つまり人族が多い国では先祖返りの獣人族は受け入れられていない。

 特に人族至上主義を掲げているフォティア帝国では獣扱いされる。耳や尻尾があるだけで人族とほぼ同じ姿の獣人族ですら、フォティア帝国に行くのは危険だと言われていた。

 だからクリスは気になった。


「二人もフォティア帝国に行くの?」

「そうなの~」

「ナファルに用があるだぁ」


 二人は獣の形の耳をピコピコさせながら、エイフとカロリンの作った料理をがっついて食べている。

 最初に匂いを嗅いだのは、一応毒が入っていないかどうか確認したのだろう。

 エイフが言うには、獣人族の鼻はとても利くらしい。


「オグル肉、うまいぃぃ~」

「こんな美味しいんだなぁ」

「喜んでもらえて何よりよ。でもね、もう少し落ち着いて食べてごらんなさいな」


 カロリンが世話を焼いているので、その間にクリスも特製ステーキを頬張った。カッシーもすでに食べ始めていて、エイフも片付けを終えてテーブルに着いた。


「で、お前たちは女二人でナファルに向かうつもりか」

「そうだぁ」

「あそこがどういう場所か分かっているのか?」


 エイフが半眼になって問う。心配なのだろう。クリスも気になって、ステーキを咀嚼しながら「そうだそうだ」と頷いた。


「分かってるけどさ~」

「会いたい人がいるんだぁ」


 皆で顔を見合わせると、カロリンが頷いて口を開いた。


「それって、どうしても会わなきゃならないのね? たとえば国境近くのギュアラ国側で待ってるわけにはいかないのかしら」

「それは~」

「実はわたしたちもナファルへ行く途中なのよ。だからナファルがどういう都市かも調べたわ。その上で言わせてもらうけれど、あなたたちが行くには危険な場所じゃないかしら」

「でも、これでも冒険者なんだぁ。ここまで来て、帰れないだよぉ」


 バリバラがしょんぼりした顔になる。尻尾も垂れてしまった。

 グレンダの方は胸を張った。


「あたしたちは半金級だよー」

「あら、わたしたちは金級よ。この小さなクリスでも、もうすぐ半金級になるんだから」

「ええーっ?」

「おったまげたぁ。あんたさん、すごいんだねぇぇ」


 バリバラとグレンダにジッと見つめられ、クリスは「えへへ」と笑って誤魔化した。


 確かに魔法都市ヴィヴリオテカで「もうすぐ半金級になれるね」とギルド本部長には言われたが、まだ十件ぐらいこなさないといけない。そのうちの最低二件は護衛仕事と盗賊退治をこなす必要がある。盗賊退治はともかく、護衛はほぼ無理だ。だからカロリンの言葉は「はったり」である。


「これだけのメンバーを揃えていても、ナファルへ行くのに躊躇するのよ? まして、あなたたちは獣人族なの。それにね」


 カロリンはそこで一旦溜めた。

 妖しく笑うためだ。輝く金色の髪を手で振り払い、ゴージャスな笑みで二人の獣人族を交互に見つめる。


「とっても可愛い猫ちゃんと、美人の猫ちゃんが二人、狙わない男はいないわ」

「……うひゃぁぁ」

「ね、猫ちゃんじゃないわ~」


 猫じゃないと言いつつ、グレンダはぐんにゃりと力が抜けたようだ。

 そうだろうそうだろうとクリスは呆れてカロリンを見る。彼女の必殺技に勝てる人など少ない。

 クリスも旅の間に一度やられて、真っ赤になった。

 ちなみにエイフは絶句した後に眉を顰めた。それを見たカロリンが「ちっ」と小さく舌打ちしていたのを、クリスだけは知っている。


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