181 家馬車の飛行訓練
ハパが聞いたら「我も働いている」と言いそうな気もしたが、よく考えたら家馬車を運ぶぐらいしか彼には仕事がない。
そして家馬車は別に飛ぶ必要はなかった。運ぶと言い出したのはハパであり、全て彼の希望である。
カロリンの意見はもっともだった。
そもそも苦労しているプルピのためのプレゼントなのだ。
と、考えたところでクリスは首を振った。
「言わないかもしれないし、想像だけで決めつけたらダメだよね」
「あら、わたしはハパさんが『作れ』って言う方に賭けるわよ」
「俺もそっちに賭けるな」
「うううー」
二人に断言されると不安になる。クリスは左右を見、そのどちらにも笑われて肩を落とした。
「じゃ、さっきの対応策でいきます」
「ふふふ。そうしなさい」
「頑張れよ、クリス」
「はぁい」
ハパの件はともかくとして、まずはプルピの家作りだ。どんな家がプルピに合うのか、また好まれるのか。クリスはわくわくしながら考えた。
その日の夕方、街道から少し外れた田舎道の先で野営を始めた。
野営といっても寝床の家馬車があるからテントを張る必要はない。簡易キッチンも備わっているので火の準備も不用だ。
となれば、時間は十二分にある。
「じゃ、やってみようか」
「こっちは大丈夫だ」
「さすが、エイフだね。プロケッラが静かになってくれて良かった」
「ちょいと威圧すればいいだけだ」
なんてことないように言ってのけるが、竜馬をおとなしくさせるのは簡単ではない。
ペルは早々に諦めて吊られるのは同意してくれたが、プロケッラは練習時を思い出したのかまたも嫌がった。それを宥め賺して、専用の袋を取り付けたのがエイフだ。
「下の板にも乗ってくれた? ペルちゃんは安定してるけど、そっちはどうかな」
「問題ない。それより、そっちの方が軽くなるがどうするんだ?」
「荷物を寄せておいたよ。ねえ、もしかしなくても、家馬車を飛ばすより荷物の配置を考える方が大変だよね?」
「ははは、そうだな」
ハパはクリスたちが準備に勤しんでいる間も手伝うでなく――鳥みたいな形の精霊なので手伝うも何もないが――のんびりと握り手の棒を掴んで嬉しそうだ。
そんなハパをプルピが呆れ顔で見ている。何も言わないのは、空気を読んでいるからだろう。
「最終確認オッケー。じゃ、綱と握り手を繋ぐよ。ハパー、降りてきて」
「うむ!」
「ゆっくり飛んでね。ペルちゃんやプロケッラも乗ってるんだから」
「クリス、僕らの名前も最後でいいから並べて!」
「あ、うん。ハパ、カッシーやカロリンだって乗ってるんだからね。まあ、何かあれば人間組は降りれちゃうと思うけど」
「降りられないからねっ?」
「そうよ、クリス。わたしたちを人外にしないで?」
「そうかなー? 二人ともなんだかんだで強いんだもん」
エイフは問題ない。そこそこの高さから落ちても平然としていそうだ。クリスが御者台に座っているエイフを見ると、平然としている。
カッシーやカロリンは屋根の上にいた。見晴らしが良く、何かあったとしてもすぐに動ける位置だ。
クリスはペルが乗る板の上に立った。不安定な場所だから家馬車に移るよう皆に言われたが、それなら尚更ここにいなければならない。ペルを安心させるためにも一緒にいようと、鼻息荒く動かなかった。もっとも、ペルの胴体を丸ごと包んでいる安全袋とクリスのベルトを繋いでいるので、万が一足を踏み外しても宙吊りになるだけだ。問題はない。
というわけで万全の状態で飛行訓練を始めた。
「では、飛び上がるぞ。皆の者、最初は揺れるであろうから掴まっておけ」
偉そうに宣言したハパの言葉通り、家馬車が浮き上がる時に振動を感じる。
「おおー!」
「ひひん」
「大丈夫だって、ペルちゃん。だから服を噛まないで」
「ピピピ!」
「はい、動きません。ククリも動いちゃダメだよ。くすぐったいんだからね?」
イサはクリスの左の肩に乗っていてククリは右の肩にいる。ククリはプルピに「もし何かあったら転移してクリスを助けるように」と直々に頼まれ、やる気に満ちていた。そのやる気の糸の手がペチペチとクリスの頬を叩く。糸なので痛くはない。
プルピは少し離れた場所で浮遊していた。
第三者として家馬車が飛ぶ姿を「確認」するのだそうだ。
「爺、やはり上下に揺れているぞ。長時間続けば人間や馬には負担となろう」
「ふむ、これでもまだ難しいか。滞空状態が一番揺れるのう」
「少し動いてみてはどうか。ある程度の速さが出れば問題ないだろう」
「あい、分かった。クリスよ、聞こえたな? 前に進むぞ」
「はーい。あ、街道の方には飛ばないでね。このあたりをグルグル回る感じでお願いしまーす!」
「任せておれ」
家馬車がスイーッと進む。ちゃんと御者台を前方にして飛ぶのは、クリスとエイフが口酸っぱく言い含めたからだ。後ろや横に移動されると感覚がおかしくなる。そのため、進行方向は必ず御者台側と取り決めた。
「エイフ、そっちはどんな感じー?」
「面白いぞ。馬車の移動とは違う。飛行船とも違うな。初めての乗り心地だ」
「へぇ、そうなんだ。カロリンはー? カッシーも大丈夫?」
「こちらは平気よ。いつもより高い視線で楽しいわ」
「僕も大丈夫。さっきは上下に揺れてたから、ちょっと気持ち悪かったけどね。長く続いたら酔ってたかも。今はそうでもない。うーん、これ、なんだろうな。あ、『新幹線』の発車に似てるんだ!」
「ああ、それだわ!」
「あー、言われるとそうかも?」
ふわっと浮いて、同時にむいーんと連れて行かれる感覚だ。そこまでスピードが出ていないせいか、その感覚が長く続いている。慣れたら問題ない。クリスは今度はプルピに声を掛けた。彼は付かず離れずで外から家馬車が飛行するのを確認している。
「プルピ、どうかなー?」
「問題なかろう。動きも滑らかになってきた。爺、ゆっくりと元の位置まで戻って着地せよ。離着陸の訓練を何度か行う必要がある」
「良かろう」
ハパはプルピにとっては先輩精霊になるはずだが、指示出しについて彼から文句は出なかった。ひょっとしたら怒るかもしれないと心配していたクリスはホッとした。
それだけ真面目にやってくれているのだろう。
それにハパは口調ほど偉ぶっているわけではない。ちゃんとクリスたちのことを彼なりに考えてくれている。
クリスは一人で小さく微笑んだ。
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