180 精霊たちは自由




 憂いが完全になくなったわけではないが、皆と話し合ったことでクリスは随分と落ち着いた。むしろ「やってやる!」と、力が漲っている気がする。そんな元気なクリスを見て、ハパが提案してきた。


「そろそろ全員乗った状態で飛んでもいいのではないかと、我は思うのだが」

「あっ、そうだね」


 魔法都市ヴィヴリオテカを出発してすぐは街道に人が多く、その後もバタバタしていて皆が乗った状態での飛行訓練はできなかった。改造した時に家馬車がちゃんと浮くところまでは練習したが、それだけだ。


「おい、待て。もう少し人目に付かないところでやるぞ。普通の人間は精霊の姿なんて視えないんだからな」

「そうよ~。こんな立派な馬車がフラフラ飛んでいたらビックリされるわ」


 カロリンが「ねぇ」とエイフに語りかける。その視線がうっとりしていて、クリスは笑った。なにしろカロリンときたら、筋肉がっちりの男性が好みなのだ。時々こうして視線でちょっかいを掛けている。

 最初、二人が出会った頃は筋肉に触らせてくれと騒いでいたカロリンだが、一緒に旅をするようになってから言わなくなった。そのあたりは線を引いているようだ。

 とはいえ、エイフはカロリンの筋肉愛にたじたじになっていて、ほんの少し苦手に思っているらしい。さりげなくカロリンの視線を流している。


「まあ、そうだな。だが、フォティア帝国に入ってしまったら練習どころじゃない。下手な動きをしているだけでしょっ引かれる。練習するならギュアラ国にいる今だ」

「うむ。そうであろう。我もそう思って提案したのだ」

「とってつけた理由のようだぞ、爺」

「じー」

「やれ、若造が。先達を敬わんか。生まれたての精霊が真似をするではないか」

「はいはい。静かにして」


 ワイワイ騒ぎ出したので、クリスは精霊たちをひとりずつ握って窓から家馬車の中に放り込んだ。

 イサはおとなしくしていたので肩に止まったままだ。


「クリスよ、何故わたしまで!」

「二人が仲良く言い合いするからだよ。続きは居間でどうぞ。あ、いい場所があったら停まるからね」


 クリスが境の扉を閉めると「仲良くない」と、ふたりが同時に叫ぶ。御者台にいたエイフは苦笑し、カロリンは目を丸くした。



「クリスったら、精霊様に対して豪快ねぇ」

「あれぐらいでいいんだよ」


 いつの間にかカロリンと場所を入れ替わっていたカッシーが、家馬車の屋根の上で笑い転げている。彼は精霊スキルがあるため、精霊に対して信仰めいた気持ちがあったそうだ。残念ながらつい最近まで呪いを受けていたせいで、精霊の姿がはっきりとは見えなかった。解呪された今では綺麗に見えるそうだ。また精霊スキルがきちんと発動するようになると精霊の気持ちもなんとなく分かるようになったらしい。

 おかげで、あるいはそのせいで、カッシーは「精霊は神じゃないし、尊敬の対象でもない」と考えるようになった。しかも「クリスがぞんざいに扱うのを見てるとね」らしいから、ほんの少し責任を感じているところだ。



 といって、精霊たちはクリスが投げようとも怒りはしない。プルピが叫ぶのは、拗ねているだけ。あとで彼の機嫌を取ってあげよう。ハパは煽てておけばいい。そんな算段を付けたクリスだけれど、ククリだけはどうしようもなかった。


「くりちゅ!」


 目の前にパッと転移してくるや、クリスの額に張り付いた。糸の足がクリスの目に入りそうで怖い。


「ククリ、どこで誰が見ているか分からないんだから勝手に転移しちゃダメって教えたよね? 人間のいないところならいいよ。だけど街道は人が多いの。精霊が視える人だっているんだからね」

「……」

「ククリ~?」

「ちゃい」


 体を斜めにして謝る姿が妙に可愛く見える。もしかして分かってやっているのかなと思うが、ククリはこれで本当に謝っているのだ。

 屋根に乗ったまま身悶えているカッシーではないが、クリスもついつい頬が緩んでしまう。


「もう。狙われるから心配してるんだよ。分かってる?」

「あい」

「じゃ、髪の毛の中に入ってて。ほら、好きでしょ」

「ちゅき! くく、くりちゅ、ちゅき!」

「はいはい。わたしもククリが好きだよ。ほらほら、入って」


 根元から編み込んだ髪を少し緩め、ククリを追い立てると喜んで飛び込んだようだった。


 このようにククリはとても自由だった。まだまだ若い精霊らしく、人間で言うところの幼児レベルだ。それでなくても精霊は自由気儘と聞く。このククリに人間社会の常識を教えるのは大変だ。

 しっかりしているプルピの方が、実は精霊の中では異端というから驚きである。

 そのプルピに、ククリの教育を頑張ってもらわないといけない。なにしろハパは精霊らしい精霊で、今でこそクリスの意見を尊重して従ってくれているが、何故そうするのかが分かっていない。

 結果として、プルピがふたり分の指導をする羽目になる。

 ストレスも溜まるはずだ。


 クリスは、プルピをもう少し労ってあげようと思案した。

 でも何をしてあげれば喜ぶのか。エイフとカロリンの間に挟まれながら、クリスはうんうん唸った。

 街道には定期便と思しき馬車が走っていて時折すれ違う。中には冒険者が乗っているようだ。たまに親子連れがいて、小さな子が手を振ってくる。村から村への移動だろうか。


「うーん、プルピにこっちでの家を作ってあげようかな」

「また作ってやるのか?」


 聞こえていたらしいエイフが見下ろしてきた。クリスは「うん」と頷いて、視線を後ろにやった。

「もうずっと精霊界に戻っていないみたいだから、最初の家は誰かに取られているんじゃないのかと思って」

「そう言えば、夜になってもいたな」

「ハパが気になるんだろうね。ククリの面倒も見て、イサにも気を配ってるし。ストレス溜まるよね」

「違いない」


 エイフは「くくく」と小さく笑った。


「精霊界の家は別荘にして、本家を家馬車の中か、屋根にでも作って置いてあげようかな」

「いいんじゃないか?」

「となると、ククリも欲しがるよね」

「あー。そうだろうな。ハパも作れと言い出すかもな」

「うっ。そしたらまた言い合いになりそう」

「まあ、その時は『喧嘩したら作らない』とでも言えばいいんじゃないのか」


 そこで、話を聞いていたカロリンが口を挟んだ。


「プルピちゃんにはお礼としてプレゼントすればいいじゃない。ククリちゃんはそのオマケで作ってあげるの。小さい子なんだもの。理由なんて要らないわよ。ハパさんは大人なんだし、特に何もしてくれてないんだから、家が欲しければ対価をもらえばいいんじゃない?」


 クリスはポンと手を叩いた。


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